◎自己満足の追及
 前述した「何の為に生まれた?」について、視点の捉え方で様々な答えが出てくると思います。
 人間の本能に基づき、遺伝子を繋げるタメに
生まれた?

 世の中の役に立つタメに生まれた?

 夢を叶えるタメに生まれた?
 
 誰かを守るタメに生まれた?

 男女関係の末にただ生まれた?

 社会に害をもたらすタメに生まれた?

 
 様々な答えや解釈があり、価値観や理念、宗教等の視点や考え方など立場により誰しもある程度、大雑把にはそれぞれ現時点での解答を持っているかと思います。

 何のタメに生まれたかの問いはそれぞれにおまかせし、生まれたアトの~のタメは持論ながらそれぞれ共通しているかと思います。
 
 何が共通しているのか?それは、生まれて死ぬまでの「自己満足の追及」ではないでしょうか?
 赤ちゃんは生まれた瞬間にまず泣くコトで自分の欲求を伝えます。(もちろん何らかの事情で泣かない子もいます。)

 存在をアピールしているのかも知れません。

 お腹が空いているのかも知れません。

 身体の不調を訴えているのかも知れません。

 それぞれ何らかの理由が本能的にあるのでしょうが、やはり欲求があり、それを満たした「自己満足」を追及する所に有ると思います。
 
 生まれた瞬間から何かを欲するコト。

 死を迎えるまで欲するコト。

 それを得て満足するコト。

 精神的にも物質的にも欲求があり、それを得て満足しようともがいているのかもしれません。
 良し悪しは有れど心からの欲求を満たすことによって得られる「自己満足」を生まれた瞬間から本能的に追い続けるのが「人生」なのかも知れません。

 そこから派生する「私は~をするタメに生まれた」は先程も伝えた通り各々が自分を問いただし見つけていく答えです。
 
 ただ現在は昔より選択肢が多い上に日常の情報過多、社会の複雑化や価値観の急激な変化などに対し個々人がその答えを見つけにくい様です。
 また夢や希望を持ってその志のままに生きて行ける人達はごく少数で、ほとんどの人は日々の生活に精一杯で望んだ人生を送れずにいる様です。(私もその一人デス・・・)

 生きてる意味を見いだすことすら困難で、まさに「迷える羊達」なのかも知れません。
 では、どう生きれば満足のいく人生が送れるのか? 

 
 (人生とは・・・3に続く)