◎最後は「独り善がり」
満足のいく人生を送るにはどうすれば良いのか?
その答えは・・・
「知らんがな・・・。」です。
まあ知ってたら本書いたり、講演したりと、もっと広い世界で行動して富や名声を得ようとしてるかも知れません。(欲深で罪な俗物なので・・・)
全人類が共通して満足の送れる人生のマニュアルなんて存在しないし、今の形のままでは永遠に無理でしょう。
(ムーンショット計画等、デジタル空間で人類を幸福?(管理)にしようとする世界が実現すれば見せかけの理想郷は出来るかも知れませんが・・・)
哲学や宗教など本質を突いた学びや教えなどはありますが、全ての人間が受け入れ実践するコトなどは不可能です。
マニュアルはありませんが、少しでも近づく方法はあります。(あくまで個人的な考えです)
いくらでも自己啓発等で語られているので、今更ではありますが目標を持ってそこにたどり着く欲求を満たす為に行動していくコトに尽きると思います。(俗に言う夢を叶える・・です。)
簡単では無いかも知れませんが、そこに向かう行動を淡々とこなして行く(習慣化)コトが大事なのでしょう。
日々の暮らしや環境、体調等、好不調の波を
いかに無視して、出来る限り感情に振り回されずに継続していくかがポイントみたいです。
あとは社会的な価値観に振り回されず、己の価値観を大事にするコト。
究極を言えば人に害を与えるコトに価値観がある人はその価値観に従って行動すれば良いかと思います。(ただしその行動を起こしたコトによる他者からの反発も自己責任として受けなければならない。)
長期的に自己満足を得ようとすればやはり敵は作らないほうが良いので、他者に害を与える
様な欲はやはり好ましくはないでしょう。
「夢や目標がない」と言う人は多いと思います。(私も確固たる夢や目標と言うモノはまだ模索中です。)
探すモノか探さぬモノかはさて置き、もし夢や目標がなく、それを得ようと欲してもその手段がない人は取り敢えず大人が失ないつつある「子供心=好奇心」を取り戻してみるコトから
始めて見るのが良いかも知れません。
成長するに連れてそれ迄の価値観や経験が邪魔をして「知ったかぶり」や「こんなもんだろう」(冷めた心)が好奇心を疎外してしまう。
興味を持つが「めんどくさい」が出てきて結局行動を起こさない。
まずはこの壁を突破するのがスタートです。
些細なコトも実は色々行動して見ると知らなかったコトとか面白いコトが見つかるかも知れません。

まあ夢や目標がない人で、満足を得たいならまずは「やってみる」これに尽きるでしょう。
あれがダメならコレの繰り返しで良いかと思います。
(私もまだこの辺りです、もし何をしていいのか、何に興味を持ったらいいのか分からない場合は男性でも女性でもランニングや、筋トレ、読書をオススメします。少なくとも私は行動力や思考力が変わった感じがします。)
そしてゴールが定まらない内は価値観の軸をずらして行動したコトに重点を置く。(行動した自分を肯定する。)
目標が見つかれば感情を無視して淡々と歩みを進めて行く。
(打席に立ち続ければ、いつかまぐれでもヒットや本塁打が打てるかも理論?で)
3日ボウズでもまた3日ボウズを繰り返して行く。
もちろん皆が叶えるコトはほぼ不可能かも知れませんが、その道程(経験や成長)に軸を置ければ後悔は少なくなるかも知れません。
(社会で共存していく為には夢や希望を叶えるだけでは無く他者との関係もあるので、そのバランスも大事ですが・・・。)
自分の価値観で生きる「独り善がり力」と「他者とのバランス」が自己満足を追及する鍵なのかも知れません。
(自己満足=独り善がり・・・だと私は思っています。)
また繰り返しになりますが、「コロナ禍」によって時代の変革がより鮮明になってきました。
意図して起きたのか、起きてしまったのかは不明ですが、社会のルールがより厳しく変化してきています。
この既存の世界の「リセット」に希望を持って生きるか、絶望するかはもちろん各々の課題ではありますが、今まさに世界と言う画用紙に描かれていた絵が消され、新たな絵が書き込まれている最中です。
オノレの自己満足と言う鉛筆で好きな絵が書き込めるチャンスではないでしょうか?
あの世や、生まれ変わり等、あるか分からないので望んで生まれたのか意図せず産み落とされたのかは分かりませんが、いずれは去っていくこの世界。
自己満足を追及して精一杯生きてみるのも良いのかも知れません。
結局人生とは・・・
生まれた目的等は後々の後付けで、生まれた瞬間から「自己満足=独り善がり」の追及なのかな?と現時点での私の考えです。
