なぜこだわりにはこだわらないの?
大昔に愛護協会からの論文の依頼を受けた😅
日本で最初に自閉症と認定された人の
当時入所施設(更生施設)で生活している様子を
「名大医学部」「愛知県コロニー」の次に
「◯◯荘」(私が当時所属していた法人)
での生活をまとめて発表せよと言う
業務命令を受けて一年かけて論文(?)に
まとめた😅ことがあって
論文なんざ書いたこと無いのに
どうすればいいのかわからない状態で
彼の行動を起床時から就床時まで
朝イチの彼のこだわりを受け入れずにいると
奇声、自傷、ジャンピング、他害、不眠という
フルコースになること
一旦受け入れて違う形で指示することで
フルコースは出てこないこと😅
彼の要望は大したことではなく
受け入れても他の利用者さんに
迷惑がかかる訳じゃない😅
職員の手間がかかるだけ😅
そこを省くともっと手間がかかるのだけど
訳の分からない規則で縛りつける結果
作りあげていることがわかった😅
論文にまとめる際には
石井の爺ちゃん先生からのアドバイスも
いただき、どうにかまとめあげることができ
その機会をいただいたことで
こだわりにはこだわらないと考えるようになる。
支援する中で
(支援って嫌いな単語😅普通に生活していくことのアプローチ?)
不安定な時の要因を探るのも必要だけど
安定している時の理由を探る方が
(分かりにくいけど分かり易い場合もある)
必要だと思うようになったのもこの頃😅
理由がわかったら外的要因なのかその他か?
外的要因の中の何がいけないのか
どう変えていけるのか検討できる
同時に不安定の要因も探るけどね。
その理由は推測するしかない場合もある😅
やっぱり観察力が必要だと思うよ。


