Do think after feel! -6ページ目

Do think after feel!

感じるのも大事だけど無駄なこと考えるのは楽しい

女性論客と言われる人達による議論でいつもと違うかと思って興味深く見ました。でもいつも通り大体似通った立場の人が多くて、自分の中での結論ありきの議論というか異論を排除するような論調で、現状への不満と決まった方向に導くための方法論の是非のみを語り合うことに終始していたように思ってしまいました。

例として最初から夫婦別姓が正しいって結論の立場の人が多くて、選択制で個々人による自由(自己責任)の幅を広げようというのがコンセンサスのようだったけど、夫婦別姓にすることによる社会的なメリットってなんだろうか?簡単にリベラルと保守の対立構図や女性の立場の向上ということだけですませてよいのかな?

最初に私自身の立場はというと別姓には懐疑的ですが、以前結婚を考えていた女性にそちらの姓に変えてもいいよって話をしたら「男として情けない!」と変なキレ方をされてしまったほどなので、別に女性蔑視してるわけではないつもりです。(結局その人とは結婚しませんでしたが)

で選択制での夫婦別姓のメリットですが、女性差別解消の為とはいうけど現在は選択制夫婦同姓だから制度的には差別はない。それでも男性の側の姓を選ぶ人が多いからその現状を解消する為いうのは夫婦別姓を広げなければいけないという結論ありきだと思ってしまいました。

また、女性の社会進出が進むというのもパネラーの吉木誉絵さんが少し言及してたように多くの会社で通称使用が認められているのだから、それをもっと広げて会社での通称使用を強制にすればいいのでは?と思いました。それは皆が通称を名乗ることを強制するということではなく、会社として通称を認めなければいけないという法改正で良いのではないでしょうか。

望む人がいるのだから認めてあげるべきというのは社会的なしばりは出来る限りない方が良いという規制緩和の方向での理論の組み立てに思えてしまいますが、別姓を名乗る自由というのはそこまでして守らなければいけないほどの価値はあるのでしょうか?雇用機会の均等に関しては男女同権を実現する為ということで絶対に必要でしょうし、これは社会的なしばりを増す方向としての規制強化ですが必要な規制だと思います。

別姓にすることで男女同権をといいますが現状では女性の側の姓になることを認めるということですでに男女同権は実現できています。夫婦別姓が本当に女性差別を解消する道として正しいとはどうしても思えない上に、夫婦別姓にすると家族の単位がさらに狭くなって個人単位の社会に向かっているという気分が蔓延してしまう気がします。

単純な話ですが母親と子供の姓が別になる場合は確実に増えるでしょう。(同時に父親別姓の場合も増えますが)今の社会的通念のまま選択制夫婦別姓をすすめても別姓の夫婦の間に生まれた子供は大概父親側の姓になるという事例がどうしても多くなるだろうし、それが子供の立場において良いことってあるんでしょうか?木村君のお母さん(お父さん)の田中さんっていうのにはなんか違和感を感じてしまうし、それが普通になった時に親子の心理的な距離は今よりも遠くなる場合が圧倒的に多くなってしまうような気がします。

海外では別姓が普通というのもよくある海外コンプレックス丸出しの論調で、どうもグローバルスタンダードが好きな新自由主義者みたいで違和感持ってしまいます。日本ってそんなに遅れてますかね?そんなに海外と同じにならなきゃダメですか?別に日本独自の文化だと思えばいいんじゃないでしょうか。

別姓にできる自由を享受する利点が、別姓にすることによる家族制度を壊すほどあるようにはどうしても思えないです。別姓にして家族の絆が弱くなったり、離婚へのハードルが下がる確率って本当にゼロなんでしょうか?人間ってどこかにしばりがないと楽な方に流れてしまうというのは自戒も込めて実感しているので、多少のしばりは多大な心理的苦痛を誘発しない限りにおいて必要だと思います。

偏見かもしれませんが、なんかこういう場に出てくる女性パネラーってどこか専業主婦を劣ったものとして見下しているように思えてしまいます。男女同権というとどうしても女性の男性化みたいな方向で話が進みがちですけど、男性が育児休暇をとれるようにという方が夫婦別姓よりもよっぽど男女同権に近づく道だと思います。まぁでも現在のような厳しい経済状況が続く限り難しいんでしょうね。我々庶民は皆生きるのに必死ですから。