生きるものは
産まれてきたら
死んでしまうまで

この与えられた自分という器を使っていきのびないといけないんだ

自分は
生き延びるための武器?


いえいえ

きっと
自分を守って
人を守る事を学ぶために

きっと生きているんだよ


例えば
カマキリの赤ちゃんが風で飛ばされて

てのなかに飛び込んできたら

そのまま低いところに
はなしてあげるだけで
飛んだ生活から逃れることができるかもしれない

でも、小さいから他の生き物に食べられるかもしれない


でも
一瞬でも命が繋がったんだ

そして
いいと思うことを選んだんだ

結果がどうだったとしても

その時はそれがいちばんだった


もし、それが
いい結果なら
また、同じ出会いがあったときに使えばいい

反対に悪い結果なら
次は変えてみればいい

進んだとき、時間

同じことはなく

自分の魂はかわらない

きっと
ずっと一緒だ


何かを学ぶために
私はまだ生きている

何かを教えるために
あなたはいない


なんども繰り返しよせては引いていく波のように

気持ちもなんども揺れながら

止まる時間がくるまで

感情の波打ち際で歩き続ける


一瞬の強い光は
生きている思い
水の上でたくさんに分かれながら

集めるのにため息をつかないで

そっと、まってみてもいい

諦めないで
まだ生きている

まだ時間は来ていない
ばっちり人の子なので

いやなときは嫌だし
疲れるときは疲れる!!


お金持ちではないので
小さなことでせこせこしてしまうし

中途半端に大きなことを言われると
ついていけなくなります


なんとかするのは自分だけど

出来ないことを断るのも
優しく断れないくらい

疲れてんねん!!って大阪弁で言ってやる~


って凄んでみましたとさ
伊勢神宮で
夜の深い闇を尊んで浄闇と言うそうです

闇と言う文字は神様との対話を意味するそうです


闇が好きな私が思うに

夜が明ける前は
闇が深くなり

自分の中をおくふかく旅するから

きっと
人は闇を恐れ
明るさを求めるんだろうな


闇は会話する時間

こころと言う名の思考と向き合い
自分が何者かを知る時間になるんだろうな


明るさはすべてをあきらかにするかも知れないけれど

光に闇ができるのはきっと


存在をしているからなんだね




まだ、生きているからだね


たぶん
闇は暖かい
そして受け入れてくれる


本当に怖いのは自分自身


だから
向き合える闇を怖がる人が増えたんだね
きっと