たぶんなれないのだろうなぁと思う

同じ人が二人いないように

一人一人が違うから


色々な課題をもち、生まれてきたこの世の中は

それぞれの課題をどうとらえるかで人生はかわるかな?

方法はともかく

人を考え動く事が、人を傷つける事もあるかもしれない

迷惑をかけることもあるだろう

だから
もう一回よく見よう


違う方向から見てみよう


きっと平等だと思うときには人を羨むことなく

まっすぐ自分を見るだろう

足りないものばかりを比べずに
あるものを使ってしっかり自分で考えるだろう

そして
相手の事も考えるだろう


そのときはじめて同じ位置にいるのではないかと

それが平等ではないかと

今日にまた感じた


前回心は脳のなかにあると考えましたが

見えない心の傷と言うけれど

実は、思考パターンのエラーによるもの?なのではないかとぼーっと夢うつつな頭で仮定してみました


なので
同じような出来事に遭遇すると同パターンで嫌な気持ちになるのを避けているのかもと考えました

例えば
仕事で誉められます!
快感と興奮は嬉しい!!って感じます

しかし、その仕事は
睡眠・デート・約束など自分の生活の一部を犠牲にして苦しんだ事が嬉しいを上回っている場合
次の事を考えて憂鬱になってしまう
したくないと考えてしまいます


なにが優先になるかは
選ぶ人が考える価値観
つまりいままでの生活が関係しますし

まったく違う考えの人は
いままでの生活がまったく違うかったんだろうと思われます


自分にとって
楽しくないことをしないといけない

これをしないと
怒られる
罰がある

それらの脅迫のような気持ちは

しなかったときに待ち受ける嫌な気持ちが
思考のパターンになっている

それが
気持ちでの傷なのでしょう
深ければ、深いほど
思考の転換ができないからエラーも増え

そして
さらに
できないことに
深く傷つく自分ができてしまうのでしょう
しんどくて泣きそうか時でも

泣いていいから
ないたら次には一緒に笑おうね


おいしいものを食べて幸せなときも

あー
次は一緒に食べれたらがいいなぁ

寒いときも
一緒にいるときは暖かいね
次の寒いときはそばでぬくぬくしようね


暑いときも
あぁ、窓を開けて風を通した場所で
ゆっくりした服でねっころがろうね



そんな風に
心にいた影にいつも話ながら生きてきた

だから
私はいつもひとりでない

痩せ我慢でもなく
そう生きることのできる人みたい


そう育ててくれた

そう感じて育った

きっと足りることを
教えてもらったんだろう


種があったんだろう
優しい雨が降ったんだろうだから
気持ちが次を待てる芽がでるんだろう


ありがとう