自分が簡単って思うことは、出来たことがあるから
自分が辛いと思うことは、嫌な思いを感じたから
自分が楽しいと思うことは、初めて出会って、幸せを感じるから

どれも自分が経験したことで
他の誰かも同じじゃないとわかるまで
時間がかかる

どんなに考えても、解らないこともある

あなたが違うことを人ってわかるまでに、どれほどの時間がかかるのか

もちろん、私があなたと違う人だとわかるまでに、どれほどかかるのかは不明

どんなに好きなことかを語ってくれても
どんなに嫌いなことかをはなしてくれても
興味のないことが自分が
思ったように親身で聞けていないと
相手に感じて
気づいていたとしても


笑っていること
怒っていること
悲しんでいること
楽しんでいること

その感情の一部を感じることは

簡単?


深くを理解するばかりが
親しい仲

ではないような気もする今日この頃

簡単程、自分のスキルに左右されているものは無いと感じます

できないこと、知らないことを、普通に補えればいいのに
どうして、分かり合えないと感じてしまうのか

そして、分かり合えないことを嫌に感じてしまうのか

自己の葛藤と戦っています





朝起きて、夜寝る

少しだけ夜更かしするとかの生活をしていて


改めて、自分と人は違うんだということと

多くの人がいいと思うことが自分にいいというわけではないと思う日があった


また、何が怖いと思う理由が、ゆっくりと時間がたってわかったことがある


人は、自分のためにいいと思うことを人にし、

また自分の嫌なことを人にしない というようにしているものの


人によっては反対になる場合、見ているしかなくなる


見ているということはすごくエネルギーがいる

放置するのであれば、エネルギーは必要ないけれどね


だから、他人をかまえる人は、非常にエネルギー量が高いということになると思う

それはどんな質のエネルギーなんだろう


今回は、他人からのエネルギーが怖いと思った事について


他人からのエネルギーというか感情がマイナス方向に行ったときには

人に対しての攻撃になるとおもうのですが

攻撃方法も人によっていろいろだけれど、相手方に傷をつけようとしていることは間違いないと思います

ただ、それが、本人の自衛によるものである

は、認識できるのですが、自分が防御できないのは、その部分に思考の傷があるから


思考の傷は

生きていて経験した結果なので、それを書き換えるのは容易でないことがわかります。


私自身は、今回の防御に対して失敗したことは


今まで使っていた机が、長方形で、生活には大きなものだったことと

大きいので、いろいろなものを置いたまま食事をしてしまうこと

を改善したくて、お客さんが来た時に大きくできるけど、普段は小さい正方形というものを選びました


ただ、その机の色が、まだ小学生?だった時に、兄弟げんかをしている最中

機嫌の悪かった父の逆鱗に触れてしまい、大激怒をされたことがあります

その時と同じ色だったんです。


確かに、形は違うのですが

同じような状況で、怒る人を見ていると、かなりダメダメになってしまい、しばらく口も目も合わすことができませんでした。


相手が気にして話をしてきてくれるのですが、机を見ながら

また怒るかもしれない

またなにかいわれるかもしれない


いいことは全く思い出せず、また、悪い事だけを考えてしまうようになった二日間でした



いま、こうして内容をかけるのは、内容がわかったからです

わからなければ、恐怖のみになり、きっとリバース

リバースということは、恐怖から抜け出せないので、トラウマ等になり

そこから、どうすればいいのかの解決策も奪ってしまうことになる


というのが現状だと思います


世の中で、起こってもいないことを心配する理由は

いままで、自分が経験してきて、この部分が同じ様子だから、この危険があるかもしれない

という、自分を守る防衛策として起こり得る内容であって

それは、個人が経験してきたものだから、人それぞれということになります


その経験があり、人を支える、助けることができるのですが

その価値観も人によって違う


どうすればいいのかは、やってみないとわからない ってことになりますよね

きっと、だから見ているだけって感じなんでしょうね


自分自身が考えて、答えを出すことができる環境って、自分が育つこと

人に考えを説明できるだけの言葉がうまいとかでなくて、伝わるように言葉にすることが必要


見えているものがすべてではないけれど


見えているものは、考えの一部であることは、間違いないんだから

隠れている部分をどうするか


きっとそれを考えて、人は、落ち着いて対応となるんでしょうね。


傷を修復するということはできなくても、治るように処置する必要もあるはずだから

傷がついた自分はどうすればいいかを考えたいとおもいます。



































この世から離れると
星になれるのだろうか?

星になると
高いところから現実を

冷静に見ることができるのだろうか


いま、この世にいて
果たさないといけないことが

あるから、まだ命が続いているのだとは思うんだけど

いらない子だったんでしょという気持ちが

いまだに自分の中で深く根がはっている


きっと
わたしがわたしであることを

わたしが認めていないだけ


生は問い
死は答え

そうであれば
わたしは生きている間に何度問いかけて

ひとつの答えをみるんだろう

どうか
問いかけの答えがでますようにと

星にねがいを