2012年1月、綾野剛はNHKの朝の連続ドラマ『カーネーション』に出演。
この時、ブレイクし、《綾野剛》の名を全国的に全世代に定着させた。
しかし、綾野の出番は26週ある朝ドラのうち僅か3週・13話だけであった。

彼の役どころは、長崎で原爆に遇い、家族ともども命ばかりは助かったが、全てを失い、ヒロイン・小原糸子(尾野真千子)の住む大阪に親戚を頼ってやって来た紳士服職人・周防龍一。

「おいは長崎で紳士服の職人ばしよったですばってん、ピカドンにやられて、なんでんかんでん、店でん家でん焼けてしもたばってん、岸和田の親戚ば頼って来たとですよ。そうばってん、嫁と子供たちも命ばかりは助かったと、まだ良かかと思とっとですよ」


綾野の周防の何が良かったのか?
周防は長崎で原爆に遇い、妻がその後遺症を負っていて、それを一生背負って生きていかなければならない、また、その暮らしは決して楽ではない、そして次から次に不運が襲う。
なのに、悲壮感を全く感じさせない、さり気なく微笑み、悲しみや苦しさをさらりと躱している。
だから爽やかでなのある。
糸子でなくても心持っていかれる好青年、それが周防龍一である。

その役を綾野も、さらりと演じている。
この僅か2年前、尾野と綾野の二人は、日本テレビのドラマ『mother』で、芦田愛菜を虐待し、ごみ袋に入れて捨てる母親とその恋人の役を演じている。
だから、綾野にとって、この周防の役は、大いにチャンスなのだ。
けれど、朝の連続ドラマだからだとか、大抜擢だからとか、大チャンスだとかいう気負いや計算が全く無い。
得た役を、いかに忠実に、いかに誠実に、生きるかということだけを考えて取り組んでいる。
だから、あざとさや嫌みが全く無く、周防龍一同様、好印象を与えている。
たぶん、綾野の自身、この役でどうにかなろう、伸し上がっていこうなどという、考えは全く無いのだろう。
周防という男をいかに生きるか、それ以外のことは考えていないのである。

だから、余計な力が入っていないし、不必要な計算も無い。
周防を演じるに当たって必要最小限のもの以外、何も纏っていない。
驚くくらい自然体なのだ。

正直、私は今回、『カーネーション』を観て、綾野の何の飾りも無い、計算の無い、どこまでも自然な演技に驚いた。
綾野のと言えば、役に入り込み、徹底的にその人に成り切って演じるイメージが強い。
しかし、こんなにさらりと演じることも出来るのだと発見した。

否、私たちが勝手に《綾野は熱演》というイメージを抱いているだけで、綾野自身はいつもさらりと演じているのかも知れない。
周防というキャラクターが、それを明確に浮き彫りにするものだっただけなのだろう。

確かに『そこのみにて光輝く』の佐藤達夫も、『Life』の田北勇も、『孤独な惑星』の金田哲夫も、『シャニダールの花』の大滝賢治も、『コウノドリ』の鴻鳥サクラも、綾野は決して熱演などしていない、さらりと演じている。





「朝から不倫を演じてました」と綾野は苦笑いしながら言う。
だが、その周防龍一が爽やかで好青年に写ったのは、綾野剛が余計なものは何も纏わず、さらりと演じていたからだろう。
熱演しないことの、価値を感じさせるドラマだった。

糸子「周防さん、ウチは今日で最後です。そやから言わせてください。好きでした。それだけです。ほな、さいなら」
(言い置いて去ろうとする糸子の腕を掴み、抱き寄せる周防。)
周防「おいもです。おいも好いとった、ずっと」
(二人、きつく抱き締め合う。)
ああ、なんと美しい❗

この二人は最後に1度だけ結ばれる。
そして、その朝に永遠の別れを告げ合う。
ああ、なんと切ない❗

不倫だけど、どこまでも心優しく、どこまでも美しいのだ。


だが、綾野に葛藤が無かったわけではない。
「方言って難しいですね。相手がアドリブで演じ掛けてきてくれても、全く返すことが出来ない。相手の芝居を潰すのは、苦痛です」

綾野剛、どこまでも求道の役者である。
大いに贔屓目だが………😁