って言ってる時点で『秘密』じゃあなくなってるのだけども(笑)
中学校の頃から書き溜めてる詩集のファイルがありまして。
中学校の頃の文章はやっぱり幼くて。
がんばって背伸びしてる感満載でおもしろい(笑)
高校にあがって。
『べつに難しいコトバを並べなくてもいい』ってゆ-ことを教わってからは、
背伸びした文章を書くことがなくなった。
『小学生が書けるような文章でも、
ちゃんと自分のコトバで書けてるならそれはれっきとした自分の文章だ』って、
ある人に教えてもらったから。
でもね。
うちが書く文章は、
全部全部抽象的な文章だったの。
その人からは、
うちが書いた文章を見せる度に『具体的じゃない』って決まり文句。
当時のうちはその意味が全然わかんなくて、
『はあ?』ってちんぷんかんぷんだった。
でもね今なら『抽象的』っていう意味がわかる。
ようやっとわかったの。
まあ、
今さらそのことに気づいても遅すぎるんだけど。
でもねその人から、
うちが書いた文章を1回だけ褒めてもらえたことがあって。
メールだったから原稿用紙に文字をおとしたらどれくらいの文章になるかわかんないけど。
でもね褒めてもらえたの。
うれしかったなあ。
文章書いた上で、
誰かに読んでもらって褒めてもらえるのはうれしいけど、
でもその人は文章の専門職だったから。
そんな人に褒めてもらえたらやっぱりうれしいよね。
うれしさが違う。
その人がいなくなってから、
うちは文章を書くことはなくなった。
誰も見てはくれなかったから。
でもね。
誰も見てくれなくていいから、
また『文章書きたい』って思うんだ。
うちは文章を書くことが好きだから。
『抽象的』ってゆ-意味はわかってても、
やっぱりまだ抽象的な文章を書くと思うけど。
それでも文章書きたいって思う。
今度原稿用紙も買って来ようかな(笑)
日常で思うこととか
自分で勝手にテーマ決めたりとか。
それとも高校の頃に出してもらったお題に沿ってでも書こうかな?
文章ってね。
その人を表すものだと思うの。
その人がどう思ってるのか。
どんな人なのか。
『文章』って文化はいいものだと思うよ(笑)
個人的な意見だけどね。