私は
俗に言う
『おばぁちゃん子』
です

正確には
でした
です

夏休みなどは
ずーっと
田舎の
祖母の家に
預けられていました

母が離婚して
祖母の家に
出戻ってからは
祖父母の家が
私の家になりました

小さい頃は
子犬のように
祖母についてまわり

毎年
誕生日には
必ずプレゼントを
送ってました

ところが
私が大学の頃
祖母は癌で闘病の末
他界しました

初めての
近しい人の死が
最も好きな人の
死で

二十歳そこそこの
私には
どんなに頑張っても
受け入れられず

『ご臨終です』

医師に言われた後も
段々冷たくなる
祖母の足を
まるで
蘇生させるかのように
ずっと擦っていました


そこからは
何日か
記憶がなく

点滴を受けて
お葬式に
出た気がします

そして
棺桶の窓を
打ち付けるなと
ワーワー泣いて
お棺に張り付き

身内に
引っペがされた
記憶があります


今でも
何かにつけ
おばぁちゃんは
みていてくれるかなぁ
などと
思いを馳せたりします


今回は
そんな私の
お話です


皆さん
ちょっと前から
流れている
AmazonのCMを
ご存知ですか?


若い男の子(孫)が
お母さんに頼まれ
一人暮らしの
おばぁちゃんの様子を
半分しぶしぶ気味に
バイクで見に行きます

よく来たね
おばぁちゃん


孫の為に
台所に立ち
何か作ってる
おばぁちゃんの後ろで
ふと見ると


若き日の
おじいちゃんと
バイクと写ってる
☆のマークの
ヘルメットの
おばぁちゃん


それを見て
少し考え

Amazonで何かを
注文する男の子

次の日
Amazonから
荷物が
届きます


不思議に思い
開けてみる
おばぁちゃん


すると
中には
若き日に
おじいちゃんの
バイクの後ろに
乗った時に被った
★のヘルメットが・・・


その後
田舎の道を
走り抜ける
1台のバイク

前には男の子

後ろには
嬉しそうに微笑む
おばぁちゃんの顔


ありがとね

言わんばかりに
孫の背中に
頬寄せる
おばぁちゃん



このCMを
初めて見た時

亡くなった
私の祖母を
思い出し
いつの間にか
ボロボロ
泣いていました


生きているうちに
もっともっと
色んなことを
してあげればよかった

もっともっと
色んなことを
伝えればよかった


そんな思いが
10何年の時を経て
溢れ出しました


嬉しい事を
真っ先に伝えれば
『良くやったね』
頭を撫でて
くれただろう


落ち込む顔を見れば
何も言わず
優しく
微笑みながら
温かいご飯を
出してくれただろう


そして
寝ている
私の背中を
ポンポンと
叩きながら

大丈夫だよ

無理せんようにな

手で伝えてくれただろう


どんなに伝えたくても
もう
伝えられない

私よりも
喜んでくれる
あの
嬉しそうな顔は
もう見れない



大事な人を
失くした時

人はみな

何で
生きてるうちに
もっともっと
伝えれなかったんだろう

出来なかったんだろう

後悔します

それは
多分
どれだけやっていても
そう思うのでしょう


でも


まだ

大切な人が
生きてて

問えば
答えてくれる

伝えれば
応えてくれる

そうであるならば


どうか

一緒にいられる時間を

大切に

感謝して

沢山の思いを
伝えてください

言葉で

行動で



同じ時代に

同じ国で

同じ時を

共に過ごせるのは

気の遠くなるような
確率を超えた
奇跡です


それは

親子かも

恋人かも

友達かも

ペットかも
しれない


あなたの周りに
散りばめられた
沢山の奇跡

その奇跡に

沢山の
ありがとう
伝えて下さい


いつか

ではなく