若さと悟りは反比例

いつからか
この法則が
とても
身につまされる様に
なりました

物事の大切さって
何故
歳をとらないと
分からないのでしょう

そして
それがわかった頃には
もう
それを
行動に移せるだけの
体力
気力は
残っていません

なのに
気力も体力も
有り余る頃には
まだ
自分には
若さも
時間も
いつまでもある
と思っています

先輩諸氏に
言われた言葉を

学生達に
同じ様に
言ってる自分が

まるで
あの頃の
自分に
言ってるような
気がします

しかし
あの頃の自分は
その言葉の
本当の意味も
全く分かって
いなかったことも

また
わかっています

あの頃
こんな気持ちで
大切な事を
伝えてくれていた
親や
先輩諸氏の言葉を

なぜもっと
神妙に
聞くことが
出来なかったのか

分かったつもりで
全然分かっていなかった

いや
それこそが
若さなのか・・・

人は皆
同じ様な事を
繰り返しながら
生きている様な
気がします

おそらく
ずっと
ずっと昔から・・・


よく
人生は
生きる事が
即ち
修行なんだと
言われますが

何度生まれ変わっても

やはり
若さは
未熟で
無謀で

その可能性を
失ってからでないと
その可能性の価値に
気づかないような
気がします

よく
何歳の頃戻りたい?

なんて話を
しますが・・・

その時
私は必ず

今のこの頭を
持ったまま

と言う前提で
答えます


でなければ
また

若さと言う無知で
可能性を
ムダにしてしまう

単に時間が
巻き戻っただけで

同じ事の
繰り返しだからです


今の
この気持ちを
持って
もう一度
子供の頃に
戻れるのなら

間違いのない
選択が出来るのに


なんて
どうしようもない事を

苦い後悔と

過ぎてしまった
取り返せない
時間の中にある
若さと言う名の
可能性への
願いにも似た
諦めと共に

ふと
思ったりする


そう思える自分は

あの頃の自分よりも
間違いなく
豊かになっている
のかな


やはり
若さと悟りは
反比例だ