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北辰一刀流の体系は、剣術と長刀兵法(薙刀術)からなる。 当流の伝承によると、千葉家の家伝であった北辰夢想流と、千葉周作が修行した中西派一刀流を統合して北辰一刀流が創始された、と伝えられる。しかし、北辰一刀流の組太刀(形)は中西派一刀流のものとあまり違いは見られない。竹刀と防具を用いた打込稽古を盛んに行う点も当時の中西派一刀流と同じである。 このことから、北辰一刀流が多くの門人を輩出した理由は千葉周作の合理的な指導法にこそあることがわかる。現在まで残っている千葉周作の著述等を見ても、平易な表現で懇切丁寧に剣術を指導したことがわかる。さらに、その千葉独自の指導方法に加え、中西派一刀流から受け継いだ打込稽古を発展させた。その一例が、竹刀を構えた時に剣先を常に揺らして変化にいつでも応じられるようにする「鶺鴒の尾」である。このように、現代剣道の技法の基礎を確立したといってよい。


== 北辰一刀流の組太刀 ==
千葉周作遺稿によると、他の小野派一刀流系の流派と同じく、「一ツ勝」より始まる太刀の組太刀43本(小野、中西派とは本数の数え方が違う)をはじめ、小太刀など、中西家で行われていた一刀流(中西派一刀流)の組太刀とほぼ同じものを伝えている。(ただし、北辰一刀流独自の点もいくつかある)

また、薙刀の形も初代・千葉周作が体系化し伝えている。

●現存する系統
===水戸藩の系統===
現在でも水戸に伝わった北辰一刀流の道場が茨城に2箇所、北海道小樽の剣道を伝承する道場が東京に1箇所現存している。日本古武道協会に加盟している茨城県水戸の東武館をはじめ、日本伝統技術保存会では北辰一刀流の形(長剣の形)43本のうち26本ほどが故・谷島三郎から継承されている。現在でも北辰一刀流の組太刀を復古させる為に、周作の流儀であった中西派一刀流や、東武館の協力を仰ぎ、北辰一刀流の形を再構成している。


==== 水戸藩伝の系譜 ====


千葉周作┬千葉道三郎―下江秀太郎┬門奈正
│   │
└小澤寅吉───────┴小澤一郎―小澤豊吉┬小澤武(水戸東武館)
  │
          └谷島三郎┬岡嶋泰治(日本伝統技術保存会)
  └椎名市衛(日本伝統技術保存会)

===杉並玄武館の系譜===


二代目を道三郎が継いだ、その門から明治の剣道界を背負って立った剣豪を多数輩出した。此の中に北辰一刀流の四天王と言われた、門奈正・内藤高治<ref>門奈正、内藤高治は水戸の東武館で北辰一刀流を学び、東武館の三羽カラスと呼ばれた内の二人であり、道三郎時代の四天王であった記録は無く、千葉家の玄武館の継承と関係した記録があるか不明。特に門奈正は、ここで四天王の一人とされている下江秀太郎の弟子であり、世代的にも時期的にも門奈が道三郎に学んだとは考えられない。門奈と同世代の内藤高治についても同じである。</ref>・小林定之・下江秀太郎がいた。道三郎の子の勝太郎勝胤が玄武館三代目と目されていたが、目に障害があり宗家を継がなかった。関東大震災に依って玄武館道場と共に貴重な遺品や極意書は灰燼に帰した。杉並玄武館への系譜の三代目は野田和三郎であり、小樽に玄武館道場を設立し指導した。五代目を継いだ小西重治郎成之は、野田和三郎三代目館長の内弟子となり、若冠19才にして玄武館の代稽古となる。戦争を境にして三代目は病没、五代目はパイロットとして戦野にあり、四代目はシベリアに抑留され道場は閉鎖、小樽の玄武館の土地建物は人手に渡った。

終戦後、小西重治朗は昭和20年8月、現杉並区善福寺公園を野天道場として少年指導を開始した。昭和25年の秋より屋内道場となる。その頃荻窪警察の渡会助教の好意で出稽古をすると共に指導した。その後、弟子達後援者により現在の玄武館を再建する。「交剣知愛」を説き、相手を思いやる剣を目指した。殺法としての剣術ではなく活法としての剣術、活人剣としての北辰一刀流を門人に指導し、剣術の心構えを普段の生活にまで活用出来るような指導方法であった。 対外活動として千葉周作先生の生家のある岩手県陸前高田市で毎年行われている、『剣豪 千葉周作顕彰 少年剣道練成大会』において、少年少女剣士に演武を披露する等、精力的に活動していた。

* 星 耕司 「よみがえる北斗の剣―実録北辰一刀流」 1993 河出書房新社

追記

千葉 さな子(ちば さなこ、天保9年3月6日(1838年3月31日) - 明治29年(1896年)10月15日)は北辰一刀流剣術開祖千葉周作の弟・千葉定吉の二女である。兄は千葉重太郎。北辰一刀流小太刀免許皆伝。長刀師範。学習院女子部舎監。漢字表記では坂本龍馬に与えた長刀目録に佐那と記述され、司馬遼太郎がその標記を用いたため、この名称が一般化しているが、千葉家の位牌には佐奈と記されている。初名を乙女といった。


間もなく七月も終わろうとしている。
猛暑が続く毎日、昼夜なく人目を避けて神木の前で神官との手合わせが続いていた。秋深まる頃までには三嶋に行かせようと剣術の基礎をすべて教えるつもりでいる。さすがに天性がある弥五郎、飲み込みも上達もはやい、日を増す毎に強くなっている。
今日も朝餉の後、神官と石段をのぼってきた。
神木に揃って一礼をすると、さあ、
「弥五郎、いくぞ」
神官は一尺ほどの薪を右の下段に、弥五郎は正眼の構え、お互いに気を整える。弥五郎は摺足(すりあし)で右へ体を移動し始めた。神官の気は見えない。その時、弥五郎は走り出した。神官は、
(何と)
そこへ、弥五郎の左上段から振り下ろされた木刀が神官の肩口へ、だが神官は弥五郎の頭へ薪を突きあてていた。
弥五郎はガッカリした。
「弥吾郎殿の勝ちじゃ、わしは足を滑らせてしまった。木刀だから命拾いしたまで、真剣なら真っ二つであった、見事」
「本当ですか」
「そうじゃよ、相手が動く前に見切って動くことはできている。気を誘う、操る事ができたか!わしは嬉しく思うぞ・・・ちと、稽古をしていてくれ」
しばらくすると神官は弥五郎に与えた刀を持ってきた。
「待たせたの、その木刀をわしに貸しなされ、弥五郎はこの刀を使え」
(なぜ、おれに真剣を渡すのだ・・・)
考えていた。
「さあ、弥五郎、わしを斬ってみなされ」
驚いている。心ではそんなこと出来るわけが無いとおもいながら真剣を抜いた。
(軽い、これなら思うように伝えられる。斬る手前で止められるだろう)
慢心ともとれるおもいが過ぎった。
「かかってこられよ、雑念、情けは無用ぞ・・・よし、こい・・・」
神官は眼を閉じ、二間ほどの間合いを取った。木刀を右手に垂らしたまま仁王立ちして弥五郎の目の前に立っている。それをみて、正眼に構えている弥五郎は迷っていた。攻められる筈もない。気のさぐりあいが暫く続いた。
神官の眼が開いた。
「おりゃー」
と物凄い気迫で弥五郎の正面へ上段から頭をめがけ振り下ろしてきた。弥五郎は左に身を引いて、右上段から手首を使い木刀めがけ斬りつけた。神官は木刀で見事に小手返し、刀の棟(刀の上部)を叩きつけた。
弥五郎の目の前に折れた刀が昇天した。
「参りました」
「弥五郎、やはりわしを斬る気にはなれなかったのう」
「おれには、恩義ある人は斬れません」
「それでよいのだ、そこまでの非情な人間ではこれまた、天下一には成れんからな」
「わかっていたが、どうもその刀が気になっていてな、獣を数多く斬ったような血曇りがあって、弥五郎に持たせて三嶋にいかせるわけに参らぬでのう。その折れた残欠の先身、神木に供養してもらおう」
「三嶋には大きな大社があってのう、弟の矢田部織部が宮司をしておるのじゃ。そこにわしの刀を奉納してあるので拵を持参すれば、必ず収まるはず。手紙(ふみ)を出しておいたので、ひと月もすれば研ぎあがっているであろう」
「そうでしたか」
「後で神木の側にでも埋めれば、獣たちの霊も満足だろう。木刀を返すぞ、わしは戻るでのう」
背を丸め、右こぶしで腰を叩きながら石段を一歩一歩確かめるようにおりていった。
(あの歳であの動き、やはりすごい)
まず神官を超えて・・・必ず天下一になると信念を燃やした。
後は、刀を交え、人を斬り覚えていかねばならないことも覚悟していた。
暫くぶりの緊張であったのだろう。神木に背をもたれ眠った。
二刻ほど経った。
「弥五郎さま」
鈴の甲高い声、弥五郎は目を覚まさない。側にきた鈴が弥五郎の耳元で、
「弥五郎、飯だー」
大きな声で言い放った。弥五郎は左に一間も飛び跳ね、木刀を振り上げている。
目の前には小さな鈴がいる。弥五郎は気が抜けた。
「鈴、何しにきた」
「夕餉の支度ができています。何度も呼んでいるのに眠っているから」
「そうか、気がつかなかった。ゆるせ・・・」
石段をおりながら考えている。
(なぜ鈴の気を感じることができなかったのか)
鈴は邪心を持たず、心清らかであり、風であり、妖精のようである。まして、ここは神木のある所、殺気・邪気は感じても鈴の気だけは寝ている弥五郎に感じることはできなかった。

これ以降は以下でご覧ください。パスワードは:0799


かねこよういち

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三日が過ぎ・・・
朝餉を終えた神官は、
「今日は多少刻がとれるので、立ち合いの稽古をしようかの」
「はい」
すでに薪割りの仕事は無く、今は境内の雑草を取り除く毎日である。
神官は彩に、薙刀を借り、目釘をはずして刀身を手にした、一寸(三㌢)ほどの欠けた鉄箸を目釘穴に挿し、突起の部分に手拭を挟むようにして縛りつけた。
「さあ、弥五郎、行こうか」
何処へ向かうのかとおもっていたら、何時もの場所である。石段をのぼり木陰になって涼しい。
神官は弥五郎に、
「木刀と刀の違いを教えるぞ」
「四歳ごろから木刀を振っているので叩くすべは心得ていると思うが、木刀は叩き合い、受け払いをするもので刀とは別なもの。まず、この刀を振ってみなされ」
薙刀の刀身を渡した。弥五郎は真剣を持つのは初めてである。
「気を付けなされ、己を斬ることも有るでのう」
「はい」
衣と下駄を脱ぎ、褌姿になった。心地よい土の冷たさが足の裏を掴んでいる。膝を曲げ体勢を低くとり、右足を踏み込むと同時に左肩を開いた。上段から振り下ろされた刀が、その切っ先の速さを増して地に激突、土にめり込んだでいた。
それをみて神官は、
「弥五郎、木刀は空を叩く、刀は空を裂く、それだけ速さが違うので、体で確り覚えねば、相手は殺せても斬り勝つことはできませんぞ」
「刀とは人を斬り、己を守る道具、刀を抜いたときは決して情けを持ってはならぬ、もてば殺れる。無に始まり、無に終わる」
「剣術とは非情の道、また、斬り勝って学(まなぶ)を繰り返さなくては成らぬ定。覚悟してかかれよ、先は長いぞ・・・よいな弥五郎」
弥五郎は考えていた。景久からの教訓である。
「・・・はい。稽古させてください」
「彩に昼まで借りると伝えてあるので思う存分稽古しなされ」
神官は弥五郎を残し、石段を下りていった。
土まみれになった刀の切っ先を拭と、波打った波紋に目をやり、何をおもったか左腕を前に突き出し右に持った刀を軽く振り下ろした。左腕にドンと刃が当たった。斬れない。刀の重みで上腕部に跡がついている。弥五郎は分かったのだろう。叩いては斬れない。骨を砕くだけ、これを引けば斬れる。切っ先三寸程度で斬り口をつくり、斬り入る為の反り、これが刀だと理解できた。殺気をおびた眼つきに鋭く変化した。鬼夜叉(おにやしゃ)である。連続的に空気を斬る音が、重なり合ってゴーゴーと聞こえている。凄まじい迫力である。そのうち弥五郎は刀を振り回し、神木の回りを走りだした。非常に難しいとされているのは走って刀を自由に操ることであり、並の剣豪にはできないことである。
一刻が過ぎ、汗まみれの弥五郎、咽がカラカラになってきた。
(すこし休もう)
下駄を履き、衣を左手に持ち石段を下りて井戸のところにやってきた。水をくみ上げ、桶を左手で軽く持ち上げてガブガブと飲んでいる。咽が潤ったのか残った水を頭の上からザァーとかけ、気持がよさそうに顔を洗った。フーとため息を吐き、刀の手元に巻いてあった手ぬぐいを解き、体や顔を拭って衣を着けた。刀を拾い上げて賄所に入ってきた。彩の姿が見えない。今日は皐月が賄の番のようである。鈴は相変わらず手伝いをしている。弥五郎は皐月ではなく鈴に、
「彩さまは」
「神官さまと田京の方へでかけています」
弥五郎に塩をまぶした胡瓜を持って来ていた。
「そう」
もらった胡瓜をかじりながら畳にあがって横になった。
一刻は過ぎただろうか、神官と彩が帰ってきた。
「弥五郎、いい物を貰ってきましたぞ」
城へ行っていたのである。彩は野菜などを駕篭にいっぱいもらってきた。神官の手には長刀で二尺八寸。柄巻はボロボロだが鞘は確りしている刀を持っている。弥五郎はまだ眠り足ない顔で
「はい、何ですか」
「弥五郎に村役から使ってくれるように言われてな、刀を持ってきたのじゃよ」
「本当ですか、嬉しいです」
「但し、これは鈍(なまくら)刀だが、稽古にはなるでのう・・・地を叩けば簡単に折れるぞ」
気まずそうに彩の方に眼をやった弥五郎。
「彩さま、刀、ありがとうございました。やっと扱いが出来るようになりました」
「お役に立ったのですね」
そこへ鈴とかがり、皐月が西瓜を切って運んできた。正吉も入ってきた。
皆で膳を囲み、塩をまぶして美味そうに食べている。弥五郎は貰った刀が気になるのか手元に置いて、チラチラ眼をやりながら種をバリバリと噛んで食べていた。
「弥五郎さま」
種は食べずにお出しになってください。と強い口調でかがりが言った。
「え、一緒に食べたら駄目ですか」
「この種は、き年、西瓜を作るためにとって置くのです」
「・・・分かりました」
弥五郎は殆ど食べ尽くしてしまった西瓜の種を探している。その様子をみていた。巫女たちは大笑いを始めた。
「弥五郎は好きなように食べればよいではないか」
神官が助けを出した。
「もう種は十分過ぎるほどあるじゃろう、き年は西瓜ばかり食わされるようでは先がおもいやられるわい」
冗談めかした言い方をしていた。するとかがりは、
「弥五郎さま、冗談ですよ」
と言った隣で、正吉もバリバリと種を噛んでいる。
暫くして弥五郎は、合掌して膳を片付け刀を腰に差し、神官、巫女たちのみている前を颯爽と出て行った。そのうしろ姿は一人前の剣豪である。
神官の持ってきた刀は城にある数多くの戦時品の中から選りすぐったものであった。刀身は無銘であるが、赤銅の鍔、これには蝉を蟷螂(かまきり)が捕えているその様をみている四十雀(しじゅうから)を浮き彫りにした名品であった。縁は蟷螂、頭は金の四十雀、目貫は金の蝶の拵(こしら)え金具である。これから剣術を目指す弥五郎に通ずるものである。また、三嶋大社にある矢田部景久(山崎盛玄)の備州一文字の刀が納まることを考えてのこと。弥五郎に賭けた夢の扉が間もなく開こうとしている。
この備州一文字刀は備州一文字派の著名な刀工である「則宗」の作品で、刀身は細身の平安時代の作風を残した優雅で美しい刀である。
一文字派は刀の銘に「一」の字を彫ったのがその名の由きと言われ、則宗は御番鍛冶の筆頭を務め、後鳥羽上皇に愛されて特別に天皇の象徴である「菊の紋」を彫ることを許されたので、江戸時代には菊一文字派と言われるようになった。
幕末の「新撰組」一番隊隊長、沖田総司の愛刀とも言われている。
足利家重代の宝刀といわれた「二つ銘則宗」は京都愛宕神社に現存する。

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ブルーインパルス は、航空祭や国民的な大きな行事などでアクロバット飛行を披露する、航空自衛隊の公式アクロバットチーム。正式名称は第4航空団第11飛行隊で
松島基地 をホームベースとしている。使用機材は初代ブルーインパルスのF-86F戦闘機、2代目のT-2練習機を経て、3代目の現在はT-4練習機が使用されている。
T-4はプロペラ機からジェット機への機体変更がスムーズに行えるように、素直な操作性と抜群の安定性を発揮、低速から高速まで安定した飛行特性を持つよう設計された高性能ジェット練習機。
機体重量の4.5パーセントは炭素系複合材などの新技術を採用しており、軽量化に貢献している。脱出装置はAV-8B ハリアーII等と同様のキャノピー破砕方式を採用、機上酸素発生装置を備えるなど、非常時の信頼性も高い。超音速ジェット練習機であった先代のT-2ブルーは、高速を生かしたダイナミックな演技が特徴であったが、T-4ブルーは低速での抜群の運動性能を生かした、よりアクロバティックな演技が特徴。

第二章 強さと成長

一ヶ月(ひとつき)が過ぎ、夏の暑い陽差が廣瀬神社を照りつけている。
弥五郎は神官から学問を学び、剣術の心得、技を貪欲に吸収している毎日であった。
この日は天正二年(一五七四)七月十六日―
みな揃って朝餉をとっている時である。
正吉が竹箒を持ったまま入ってきた。
「神官さま昨日、掛川の方で戦があったようです。武田軍が徳川方の高天神城を占拠したそうですよ」
この、高天神を制する者、遠州を制すともいわれた高天神城は、今川氏の勢力が衰えると、徳川方の城となった。戦国末期武田信玄・勝頼と徳川家康の二大勢力の境目に位置しており、両軍が激突する最前線となっていた。天正二年(一五七四)七月十五日、武田勝頼が二万騎の大軍で攻め落城し、城主小笠原長忠がついに城を開城する。しかし、武田軍が長篠の戦いで織田・徳川連合軍に敗れると徳川家康は高天神城を奪回したが、その時に焼き払われて廃城となった。
「そうか、まだまだこの戦国乱世、戦いが続きそうじゃのう」
巫女たちに目線を向けた。
「そう遠い所のでき事ではないので、落ち武者など、荒くれどもが、こないとも限らぬで、皆、心しておきなされ」
すると弥五郎は、
「神主さま、神社はおれが守ります」
「武芸者はこないのではないかな・・・」
神官は弥五郎の顔をみて微笑んでいる。
(頼もしくなったものだ)
その成長ぶりは毎日木刀を交え、ここ数日で十に一度勝てるようになるまでに成長してきたからである。
薪割りはすでに終わり、昨日束に重ねて小屋の中に積み終えたところであった。
朝から井戸の側で木刀を腰に差して落ち着かない様子。
「そうだ、今日は廣瀬神社の外に出てみよう」
世話になってからは、まだ一度も外に出ていない。神官を探しに本殿の前で大きな声を出している。背後に気を感じた弥五郎は振り向き様に木刀を肩に担いでいた。
「わしの気を感じていたか、今日の一番は、弥五郎の勝ちじゃ」
神官は気を消して近づいたつもりだった。
「社務に居たのだが何か用かね」
「はい、朝のうち、神社の外へ出掛けてみたいのですが」
「そうじゃのう、気晴らしに田京の、かの川でも行って稽古してくればよかろう」
「はい」
「街道は人の出入りが多いので用心していかれよ」
暫くぶりの開放感。参道、鳥居を抜け軽やかに下駄の音を響かせながら街道の方へと向かった。一町(一〇九㍍)ほど歩いて街道に来たが、やはり街道は活気があり人の往きも多い。かの川はどちらの方角か弥五郎は知らない。丁度、五十前後の百姓が荷車に肥桶を積んで弥五郎の前を横切ろうとした。
「あの、かの川へ行きたいのだが、どちらへ行けばよいのですか」
すると弥五郎の姿をみて、
「おめえ、廣瀬神社の人だら」
「はい」
「神社の人が木刀なんぞ差しておかしな態(なり)をしてらっしゃんな・・・まあ、おらには関係ねいが、街道を西へ突っ切れば一町ほど先に見えるだよ」
「然(さ)様(よう)か」
街道を渡り獣道を歩いて草むらを手で掻き分け進んできた。眼下にかの川が見える。本当に美しい。
岩魚(いわな)が透き通った水の中を泳いでいる。何気なく、動きに目を凝らしてみていると。
緑色した小さな蛙がゆったりと岩魚の方に近づいてきた。するとこの岩魚、蛙を騙し、反転して泳ぐとみせかけパクリと飲み込んでいた。
尾鰭(おびれ)を上手に使ってまさかと思わせての一瞬のすきを捉えていたのである。
(すごい)
剣術の極意を自然は教えている。すぐさま木刀を抜いて岩魚の動きを真似してみることにした。草むらの中に大きく伸びる桑の木が見える。
(そうだ、この桑の木を人に見立て、稽古してみるか)
木刀を右手に持ち背を向けた。
(あれ、何だ、桑の木の鼓動が聞こえる)
体が動かない。弥五郎は桑の木を叩こうとしていたのである。
(駄目だ・・・考えている)無だ、無にならなくては)
気持を落ち着かせ目を伏せて気を整えていた弥五郎。桑の木の鼓動が気配へと変化した。みえた。弥五郎は振り返り様、
「おりゃー」
と大きな声を発し、太さ一寸五分ほどの枝を叩き落としていた。この硬い桑の木、人間なら即死の状態であろう。木刀を腰に納め弥五郎は左手で土を掴むと、斬り取られたかのような痕にすり込んだ。枝木を左手で拾い上げ小枝と葉を取り除いて体の向きを変え、ビュ、ビュビュと振っている。息をゆっくりと吐いて納得した表情をみせた弥五郎はこの場を後にした。
腰に二本の木刀を差して武芸者気取りである。胸を張り街道へと戻ってきた。すると、向かい側にある茶屋で女を四人の男たちが手篭めにしようとしている様がみえた。
(これは助けねば)
息もきらせず走ってきた弥五郎。
「お前ら、何している」
四人の男たちが弥五郎の方をみた。
「何か用か・・・うん、可笑なかっこしているやつだな、邪魔するな」
弥五郎は、下駄を脱ぎ、桑の枝木を抜いた。
「女を放せ」
「何だと、お前よくみるとガキじゃねいか、そんな枝木を振り上げて、飴でもしゃぶってな」
女を掴まえている男の右手首と首筋を続けざまに枝で叩いた。手首はパンと骨の欠ける音がし、首筋はドンと鈍い音をたてた。男は声も出せず地面に崩れた。気を失っている。他の三人がその様子をみて刀を抜いた。神官の言葉が脳裏にふと浮かんだ。
「このやろう」
一人の男が上段から斬ってきた。体を左にスーと開くと弥五郎は男の右肩口を叩いた。
「グェー」
大声を出し地面にうつ伏せになり苦しんでいる。呼吸ができないのであろう。残っている二人は左右から同時に弥五郎めがけて斬りつけてきた。
弥五郎は無になっている。相手の気は見えていた。低い体勢をとり、大声を発し、後ろへ引くとその場で二尺ほど飛び上がった。物凄い力で木刀を上段から刀の棟(みね)に向けて叩きつけていた。男たちの刀が交差した時である。二本の刀が真二つに欠け、刀半分は両側の地面に見事に分かれて突き刺さっていた。男たちは唖然とした顔を見合わせて恐怖に駆られていた。
すると弥五郎は、
「二人の男を連れ、この場から立ち去れ」
男たちは仲間を介護しながら三嶋方面へ逃げるように去っていった。
桑の枝木と木刀を腰に戻して、息を整える。
どこかで聞いたようなせりふ・・・神官の教訓は身についていた。そこへ、城(じょう)から女を助けに駆けつけてきた数十人もの男たちが、それぞれ手には鎌、刀、鍬などを持って集まってきた。
この城(じょう)とは正式には根小屋式山城(ねごやしきやましろと)いい、数十戸ほどの村をいくつか束ねて統治する領主が自前の城と居宅を一つにした居城で、個々の村にも城と称する避難所を兼ねた要塞を村民独自の力で築いていた。村と村との争いに欠かせぬ要塞と、領主間の戦に必要な要塞という、二つの城が並存していた』
弥五郎の方をみて、
「こいつか」
取り囲んだ。それをみていた女が
「ちがうよ、その人が助けてくれだが」
集まった男たちの目線が弥五郎に集中した。そこに一人の男が
「おめぇが、これはありがてぇいこった・・あれ、廣瀬神社の方でねいが」
「はい、神社でお世話になっています」
「正吉さんから聞いているよ、弥五郎さんだら、強いだってねー・・・」
三十前後の女が手に何か持ってきた。
「助けてくれで、ありがてぃよー。これしょまんで食いな」
大きな西瓜をもらって懐に抱え込んだ弥五郎は礼を言うと、照れくさそうにして神社へ戻ってきた。
「あれ」
誰かが、参道をこちらに向かって走ってきている。ゼイ、ゼイと息をきらしている神官である。
「弥五郎、大丈夫か、無頼の男たちが茶屋の女を託って暴れていると正吉から聞いて、飛んできたが、どうなったのかな」
「もう終わりました」
大きく深呼吸して、
「そうか」
「何人倒された」
微笑んで聞いた。
「四人です」
うなずいて、弥五郎の抱えている西瓜に目を移し拳で軽く叩いた。
「美味そうな西瓜じゃのう、礼に貰ってきたのか、これは甘そうじゃのう」
鳥居をくぐり境内へと二人は戻ってきた。
大きな声で、
「彩は、おらぬか」
勝手口から彩が出てきた。
「はい、何ですか」
「弥五郎が、お土産を貰ってきましたぞ、でかい西瓜(すいか)じゃ」
「これを水がめに入れて冷やしておいておくれ、冷えたら皆で食べようではないか」
「弥五郎さまが、ですか、どこで貰ってこられたのですか」
顔をみた。
話すと長くなりそうなので、弥五郎は説明も無く、
「お礼に頂いたものです」
「さようでございますか?」
そこで神官は、余計なことをいった。
「街道の茶屋の女を助けたお礼じゃよ」
彩はむっとした顔をした。弥五郎から西瓜を取り上げ賄所へと戻っていった。神官と弥五郎は呆気にとられている。
「ところで、腰に差しているものは桑の枝木ではないか」
かの川でのこと、また、無頼の男たちを倒した様子などを話した。
「自然の営みには、剣術に通ずる極意が数多く存在しているものじゃよ」
「その桑の枝木を削って、小木刀にしてあげなされ」
「はい」
弥五郎は枝木を持って勝手口から賄所にやってきた。そこには彩と鈴がいた。
「彩さま、湯を頂きたいのですが」
そこへすかさず鈴が、
「はい、何をされるのですか」
と側にきた。弥五郎は困惑して、
(そんなに側にこなくてもよいのに!)
困惑しているその顔をみて、彩が、
「鈴は、弥五郎さまが好きなのですよ・・・お兄さまのようで」
おもわず、鈴の頭を撫でていた。弥五郎には兄弟が居ない。鈴も弥五郎と変らぬ境遇で両親兄弟も居ない孤児で神官が育てている。笑った鈴は本当の妹のようで可愛。
「ところで、湯ですか」
聞き返した。
「桑の枝木を湯がいて皮を剥きたいとおもいまして」
「わかりました。こちらの竈(かまど)を使ってください」
その竈の方をみると、もう鈴が薪に火を点けてくれている。大なべに水を入れ、畳に横になり、ウトウトと時間が過ぎるのを待っていた。湯が沸くまで休んでいようとしたがそこへ、彩が話しかけてきた。
「助けた茶屋の女(ひと)はいくつぐらいの方でしたか?」
「余りよくみていないですが、三十後半に見えましたが」
急に声を高めて彩は、
「然様ですか、大変でしたね・・・湯が沸きましたようで」
「はい」
起き上がり、手にした桑の枝木を沸騰している湯の中に入れて半分ずつ数分ほど煮て取り出した。枝の先を歯でくわえ一気に皮を引き剥がすとほのかに赤みのかかった美しい肌に生まれ変わっていた。
さっそく形を整えようと包丁を借りると勝手口から出て行った。
外にでると陽差しが肌を刺すように痛い。陽陰になっている壁に背を向け、削り始めた。
半刻を過ぎてもまだ削っているのか。いや、弥五郎は首を垂れて眠っている。
そこへ神官が城からきた男たちと宿場の男たち数十人を連れ立って弥五郎の所へやってきた。
「弥五郎、村役が話したいことがあるそうですぞ」
弥五郎はすでに、一町先の気配(けはい)を感じている。目を覚まし、枝木の最後の仕上げにかかっていた。
「はい、何か」
先頭に立っていた六十歳前後の男が、弥五郎に話しかけてきた。
「おれっちは田京の村役で庄介といいますだ。弥五郎さまが強いと聞いてよ、神官さまに城の守り役をしていただけねいかと、代表で話しただよ」
「神官さまには駄目だと断られてよ、弥五郎さまに一応聞いでみだがったでよ、申し訳ねーよ」
「ええ、これから三嶋に行って剣術の修行を続けなければならないので」
「へい、そんがー聞いていましたがよー、まだ神社には居るんらじゃ」
「神主様には、まだまだ教えていただくことがありますので、秋まで逗留させて頂くつもりです」
「逗留中に騒ぎさぁあったら、宜しくおねげいしますだよ」
弥五郎は神官に眼をやった。うなずいている。
「はい」
「ありがていよ」
男たちは揃って神官と弥五郎に頭をさげて村役とその男たちは安堵したのか、揃って街道の方へ戻っていった。神社は静けさを取り戻しているが先ほどから弥五郎は気になっていた背後の気に振り返った。そこには、彩が薙刀を持って勝手口から出てきている。弥五郎はびっくりしてみている。
神官は彩に向かって、
「もう済みましたぞ」
平然としている。
「彩さま何ですか、その格好は」
冷静になった弥五郎は毅然(きぜん)として薙刀(なぎなた)を持った強そうな彩にびっくりした。すると神官は弥五郎の方に目線をかえして、
「彩は幼いときから薙刀を操っているで、強いぞ」
彩は、直心影流薙刀術松本備前守紀政元の親類筋にあたり、四歳の頃から薙刀の稽古をしている。
弥五郎は彩と立ち合いをしてみたくなり、
「彩さま、お手合わせ頂けないですか」
「宜しいですか、神官さま」
「そうですな、手合わせの条件が一つあるでのう」
「彩の身に決して触れてはいかん、分かったかな弥五郎」
「はい、では・・・」
下駄を脱いだ手には小木刀。そこは真夏の陽射で熱くなっている石畳の上である。左右の足が熱い。交互に足を上げながら、まるで赤鬼が踊っているような格好である。集中などできない。彩はすかさず下段から弥五郎の小木刀めがけ斬り上げた。見事に小木刀が真っ二つに斬られていた。
「それまで」
神官が大きな声を出した。
「さあ、西瓜が冷えている頃、みなでご馳走になるか」
弥五郎は呆気にとられ、折角、削った桑の枝木を簡単に彩に斬られてしまっていた。
「弥五郎さま、すみません、その木刀・・・」
「いや、それにしても、彩さまの薙刀は凄かった」
弥五郎は神官が彩の身に触れてはいけないといわれたこと、怪我のないように薙刀をどう払うかと頭の中が混乱していた。まして戦うにも拘らず、状況の判断に誤りを生じて下駄を脱いだらどうゆうことになるか、それさえ忘れていた。反省中である。相手が彩だったので気を緩め与えてしまったのだろう。神官は弥五郎が手合わせなど言ったものだから、少し懲らしめもあったようである。ただ、鬼夜叉(おにやしゃ)となった時には神官さえも危うい筈。



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ブルーインパルスのフライトが行われます。
ちょっと見に行ってきましたところ、出店(でみせ)・イベントの準備をされてました。


かねこよういち


「鬼夜叉一刀斎」第一章 3より



一刻(二時間)ほど眠っていただろうか、目を覚ました弥五郎は疲れがすっかり取れた様子、足取りも軽く勝手口の外にやってきた。そこには六尺ほどの高さに山積された杉の枝など伐採したものがあった。その中には太さが一尺ほどある丸太も数多くあり、これは割る、切る(切落し)の動作の繰り返しが必要とされる。これが神官の意図していた剣術修行の第一歩であった。
もう夏の陽差しが照りつけているが、この年も不安定な気候で空梅雨である。斧(おの)を振り上げ、一心不乱に薪を割っている弥五郎である。
午の刻(十二時頃)であろうか、彩が塩をまぶし、にぎりめしにした赤米を持ってきた。
「弥五郎さま、昼でございます。新官さまが、お休みくださいと言っておられました。こちらにおむすびを置いておきます。手を必ずお洗いになってからお食べになってください」
「はい」
初夏の太陽の光が空気の匂いを刺激している。
井戸で手を洗い、汗を拭って戻ってきた。
にぎりめしを掴んで高々と放り投げ、その間に背筋を伸ばしていた。間に合わないとみえたが、もう弥五郎の口へ収まっていた。これは生れ持った察知(さっち)と反射神経の能力が人一倍あるのだろう。背後でみていた神官はゆったりと拍手を送っていた。
「弥五郎薪割りで気を会得したかな」
「何ですか、気とは」
「そうか、まだ弥五郎は気を、存じないか」
神官の左手に真白な木刀がみえた。
「良い物を持ってきましたぞ」
まぶしいほど白い、白樫(しらかし)の木で作られた五尺(一五一、五㌢)の長い木刀で反り八分(二.四㌢)もあるものである。
「持たせてくれませんか」
「これは弥五郎に差し上げるもの、好きに使われよ」
嬉しそうに、
「神主さま忝い。早速剣術の稽古に使わせてもらいます」
「弥五郎、お主、確り話せるではないか、それでよいのじゃ」
「大島では浪人たちの中に混じって人足仕事をしていましたが、おれをみて話しかける者はいなかったので、今まで話すことがなかったのです。武士言葉は話せます。」
「よし、今後は人を敬う気持、目上への尊敬と確りとした言葉遣いで心から話されよ、もし、おかしな言葉遣いであればその都度注意するのでよいな」
「はい、畏まりました」
とすぐさま、弥五郎は斜め上段から気を発し数回振りおろした。そのすさまじい速さと気迫に神官は受けの態勢をとっていた。
「弥五郎、剣術の稽古は夜半から好きなだけできますぞ、まあ、楽しみにお待ちになればよいではないですかな。それより確り食べて休んで、薪割りに励んでくだされよ」
刻は過ぎ、割った薪は三割ほど、まだ山のように残っている。
夕餉(ゆうげ)を終え、待っていた自由な時間である。神官は夜半過ぎといっていたがもう、気持が先走り素足のまま木刀を持って、石畳が敷きつめられた境内の方へ出ていった。
その姿を追ってみていた神官は、
「弥五郎は元気がよいの、まだまだ体力があるようで・・・頼もしいのう」
弥五郎は社殿の奥へと進み一気に三十段の石段を駆けのぼった。目の前には大楠(おおくす)の木が昼間とは違った表情をみせていた。やさしく弥五郎を包み込みこんで大きく呼吸をしている。弥五郎は木刀を左手に持ってご神木に一礼した。着衣を脱ぎ、褌姿(ふんどしすがた)。
まだ酉の刻(十八時)暮六ツぐらいだろうか、空は薄っすらと明るい。弥五郎は神官の目にとまらぬ速さで振りおろした右手の使い方を真似しようと上段から真直ぐ木刀を振りおろしているがどうしても地面に木刀の先が当たってしまう。この長い木刀では並みの剣豪でも思もうように扱えないだろう。暫く考えて、何か掴んだのであろうか、今度は右肩に木刀を担いで左足をスーと前に踏み込んだ。ものすごい速さで手首を使って振りおろし、加速のついた木刀を追うように右へ半身回転しながら後方へ拳を天に突き上げていた。弥五郎のもつ天性の素質である。
何度も繰り返し稽古している。
しばらくすると、石段の方から微かに聞える摺足の音。辺りは静まり返っているが、人かどうか判断はできない。だが弥五郎はその音を心で感じ、すでに神官とわかった。その顔は昼間の顔とは違う夜叉の如く髪を振り乱し、稽古に没頭している顔。
赤銅褐色した筋肉のこぶが波打っているようにみえた。
「弥五郎、稽古が進んでいますか。竹筒に水を入れてきましたぞ」
(なるほど、これでは鬼夜叉(おにやしゃ)じゃとは、よく言ったものだ)
「忝い。今やっと神主さまの右手の使い方がわかりました」
「そうか、それは早いのう、もう会得されたか、ではみせてくれないか」
「はい」
木刀を右肩に担いだその瞬間もう右拳を天に突き上げていた。
あまりにもすさまじい速さに言葉が出てこない。
「会得されたな弥五郎」
景久は己の十四歳の頃に重ねた。この少年は己とは比較にはならないほど希な素質、才能がある。天下一、二を争う剣豪の姿が見えていた。
「これから毎日一技を教えよう」
「はい、宜しくお願いいたします」
「休みをとりながら稽古に励んでくだされよ、夜は長いでの」
といって石段をおりていった。
弥五郎は父、伊藤弥左衛門友家唯一の形見の書から、五つの構え(上段・中段・下段・脇構え・八相の五つを指す)を繰り返し稽古した。
間もなく丑(うし)の刻(こく)八ツ(二時頃)、弥五郎もさすがに疲れた。何度も木刀を振り、走り回っていたのだから無理もない。月光に照らされた大楠(おおくす)の木に背を持たれ座り込んだ。目を閉じて無想となっている。
大楠(おおくす)の中から聞こえる水流の音が鼓動に変化した。子守唄でも囁かれ心地よい気持になった赤子のようである。大楠(おおくす)の木は霊気となって弥五郎の気を浄化していた。
「どうしたのだ?・・・何か、ご神木と何か話していたのだが」
不思議な感覚にとらわれていた。目頭を左手で擦りながら、
(さあ、少し休んだのか?稽古しなくては)
右手に木刀を持った。だが、もう辺りが明るくなってきた。
(もう、こんな刻になっていたか)
一刻(二時間)ほど大楠(おおくす)の木に背をもたれていたのである。弥五郎にとっては、ほんの少し目を閉じた感覚であったのだろう。
何も無かったかのように再び自然の営みが木々たちに呼吸をさせている。朝の神社の始まりである。
石段をおりて境内に向かった。そこには庭番の正吉が石畳に水をまいている。
「正吉さん、おはようござる」
挨拶された正吉は、まだ、弥五郎とは正式に挨拶をかわしてはいない。この正吉は通いの雇い人で妻子を養っている。
「弥五郎さま、おはようごぜいます。こんなに早よから起きていたのけー」
「ええ、昨夜から毎日剣術の稽古を、ご神木のある所でさせていただくようになりましたので」
驚いたように、
「え、あのご神木のある場所で・・・昨夜からで・・・何も起こらなかったけぇ」
と聞き返した。
「集中して稽古できました。ただ、夢をみていたような刻(とき)がありましたけど清々しい気持です」
「ほうけ、そんがーですか、さすがに神官様が見込まれた方らじゃ」
その理由は、丑の刻八ツ(午前二時)にあの場所へ行くと大楠(おおくす)の木が人の魂を吸うと、昔から言われていたからである。だが事実は違っていた。そのことは神官、景久は知っていたので弥五郎をあえて稽古の場と刻を指定したのである。
「何か手伝い事はありませんか」
「とんでもねーさ、結構でよ」
そこへ、神官が大あくびをしながらやってきた。
「両名、おはようござる」
「一日目の稽古は満足できましたかな」
「はい、初めてです。大島の三原山で稽古をしていた時は型に拘って稽古していたのですが、あの場所では無になってしまい勝手に体が木刀を振っていました」
「そうだ、弥五郎それが気じゃ、そこに相手がおれば動きが先に見えるもの、稽古で身につきますぞ」
「はい」
「後で一手をご指南しよう」
「お願いします」
「さあ、朝餉、朝餉、参ろう」
朝餉も済ませ、かがり、彩が弥五郎と楽しそうに笑いながら出てきたかがりは男っぽい姉御肌(あねごはだ)である。今日の賄いの支度は皐月だったようだ。そう、相変わらず鈴は賄いと洗いものの手伝いをしていた。
かがりと彩は社務へ向かった。弥五郎は腰に差している木刀を勝手口の塀に立て掛け、薪割りの続きを始めた。
一刻(いっとき)(二時間)が経って神官がきた。
「少し休憩したらよかろう」
「今日は確りと午後の休息をとられよ」
その途端、薪を左手に持ち弥五郎の頭めがけ振りおろしてきた。弥五郎はその場から動こうとはしなかった。
弥五郎の頭の上で薪を止めようとした。弥五郎は神官の気を読んでいたのである。頭上で止める事はわかっていた。
(読まれたか)
弥五郎は二尺ほど飛んで勝手口の塀に掛けていた木刀を取ると、神官が右足で踏んでいた薪を払い打ちした。神官もすばやい。もう体勢を整え右手に持ち替えた薪を正眼(せいがん)に構えていた。正眼とは切っ先(きっさき)を相手の眉間につける構え。
「示唆しぶりじゃ、本気で何処からでもかかってこられ」
鋭くなった眼の神官は怖い。弥五郎は殺気を感じた。鳥肌が全身を覆(おお)っている。凄まじい気迫である。百戦練磨(ひゃくせんれんま)の剣聖を本気にさせたが、神官の気を感じることができない。仕方なく、大きな声を発し突きにかかった。
もう神官ではない山崎盛玄である。突きをかわし右足を引くと同時に弥五郎の木刀の手元に一撃を加えた。木刀は弥五郎の手を離れ地面に叩きつけられていた。景久に読まれていた。
「わしの動きを予測してはならん。頭の上で薪を止めることは気付いていたのであろう。それは弥五郎が無の心でいたから相手の気を感じることができたのだ。決して考えてはいけませんぞ」
やさしい老人の神官の顔に戻っていた。
弥五郎は暫くの間、呆然としていたが、これで相手の気を見切ることが出来るようになろう。と、神官は感じた。
「あまりの気迫に我を忘れて攻めの一手を考えてしまいました」
「汗を拭き、少しやすみなされ」
弥五郎は痺(しび)れている両手をみて考えていた。
(無の心か、そういわれればあの時、冗談かともおもったが、神主さまの考えていることがわかったし、何の恐怖心も無かった)
心でそう呟いていた。
相手の気が強ければ強いほど見切れるはず、また、相手に気をみせなければ読まれず。己の気を心で操ることだと弥五郎は感じていた。
それにしても神官景久は修行と戦いを繰り返して頂点に立って見えてきた気の極意を簡単に弥五郎に教え始めた。それは一部の頂点に立った剣豪でも会得することは難しいのである。
剛(発すこと)と柔(吸収すること)の気を合気といい無念無想の修行を重ねなければできないこと、景久は老いて剣を捨てたことの未練が心の片隅にあった。未完成とする刀を持って合気を操る奥儀、夢想剣心技一刀流を弥五郎に託すことが出来るとおもっていた。弥五郎のその素質は鍛錬修行を重ねることで益々進化していくことであろう。


第二章に続く