ブログを再開すると言っておきながら、大変お久しぶりの更新になってしまいました。
世間はちょうど、お盆休みですね。

早春に神経痛発症、どんどん悪化→レントゲンとMRIで異常発見→簡単な整形外科手術、と
今年もまあ見事に多難な日々が継続中で、落ち着いてパソコンに向かう余裕がありませんでした。

手術後なので今も脊椎を固定したままの生活なのですが、猛暑の中、体に補装具を巻いたまま
過ごすのは、とんでもなく暑いし、とにかく厄介。

傷口がふさがるまではお風呂にも入れない、といった問題もあるので(私の場合、丸一ヶ月)
どんな軽い手術であれ、時期が選べるなら絶対に寒い時期に限る、と改めて痛感した次第。


さて、お盆。


親が真面目に無神論者をやっていたおかげで
日本で生まれ育った日本人なのに、仏教も神道もまったく詳しくない私。
大人になるまで、仏壇と神棚の区別すらついていなかったくらい。

お盆に祖父母のところへ帰省するなんてことも、したことがなかったので
お盆は特に、謎めいた行事だと思っていた。

祖先が家に帰ってくるのをお迎えするというのに、墓参りにも行くなんて
そこからして不思議すぎる……。

けれども、いつだったか、しばらく前にTwitterで回ってきた説明が非常にわかりやすくて
最近では少し、日本の仏教徒の感覚がわかってきたような気がする。

うろ覚えだけれど、大体こんな感じの説明だった↓

  人が他界すると,49日かけていくつものイメージファイルが
  あの世というサーバに転送される。
  49日過ぎるとこの世からのログインが可能になって、こちらからアクセスすると
  あの世に送られたファイルをもとに故人のイメージが再構成される。

  お盆に戻ってくるのは、ファイルのバックアップを取るためだと考えてもいい。

  命日や回忌法要などの行事を経て転送が完了すれば、故人のイメージは仏壇・お墓・
  遺品など、この世のさまざまなアクセスポイントからつながることのできる
  クラウド対応となる。

いや、決して、人の死をちゃかしているわけではない。

亡き人の存在をおびただしい量のデータになぞらえ、自分が普段使っている情報保存システムの
枠組みを使って説明してもらうと、お墓にも仏壇にも話しかけたりお供えをしたりする、という
不思議な供養のしかたが、何だかすとんと理解できるように思えたのだ。

今年は、これに加えてもう一人、わかりやすい説明をしてくれた人がいた。
テレビのニュースで拝見した、お盆の入りにお墓参りに来ていた方が、インタビュアーに
「午前中にお墓参りをして、午後には家にお迎えします」と答えていたのだ。

なるほど!とても納得しました。

帰省した家族やご先祖さまを家に迎えて、和やかなお盆の時間を過ごされますように。