誰が最初に東遊園地(という名前の公園。テーマパークではない)に「希望の灯り」を置こうと
提案したのか、誰が最初に、そこで行われる毎年の追悼式で1.17という形に並べた竹筒の
灯りを置こうと考えたのか、詳しい経緯を私は知らない。「阪神淡路大震災『1.17希望の灯り』」
という名前の、認定NPO法人さんが行っている活動だということくらいしか知らない。
けれど、毎年、寒く暗い闇の中で行われる追悼式をテレビ越しに見ていると、この灯りのおかげで
奇妙に心が落ち着き、安らぐのを感じる。たくさんの痛ましい出来事や辛い光景をありありと
思い出す日ではあるけれど、ちらちら揺れながら光るあたたかな色の灯りを見ると、何となく
気持ちがなごむ。
もう一つ、折にふれては思い出し、ふっと心が安らぐものがある。
ある本で見た、焼け野原の写真だ。
神戸中心部の焼け跡の写真。第二次世界大戦中に空襲を受けてほとんどの建物がなくなり、
ガレキが広がっていた当時の写真。空襲とその前後の神戸は映画「少年H」で見事に描かれている。
昔の焼け跡の写真を思い出すと安らぎを感じるのは、理解しがたい感覚かもしれない。
写っている荒廃を見て安らぐわけでは、もちろんない。
そうではなく、私の知っている神戸は、ほんの50年ほど前、戦争によってこれほどまでに破壊
された街の跡に、再び人々が集まって作り上げた街なのだということに、写真は改めて気づかせて
くれた。そのことに、私はある種の慰めを見出したのだ。
神戸だろうとどこだろうと、人の営みは破壊と再生、繁栄と衰退を大きな時間の流れの中で
何度も何度も繰り返している。写真はそのことを、しっかりと実感させてくれた。
震災はあまりにも……大きく、唐突で、理不尽で、当たり前の日常を完膚なきまでに破壊した。
そのために私は、時間の流れがおかしくなったような感覚に陥っていた。来るはずだった明日が
来ず、時の流れが不自然に断ち切られたように感じていた。そんな時にこの写真を見て、
何というか、非常にすとんと腑に落ちたというか……納得した。
ああ、これも歴史の一部なんだ。
そう思えた。
時間の流れはおかしくなんかなっていない、大丈夫、明日はちゃんと来るのだと、また思える
ようになった。必ずしも望むような明日ではないかもしれない、昨日の続きの明日ではないかも
しれない、けれど、明日は必ずやって来るのだと。
そう思うと、いくらか安らげた。
この感覚は後にさまざまな大きな事件事故や災害のニュースに接した時も、そして東日本大震災で
世間に衝撃と不安が広がったに時も、常に私の支えとなり、可能な限り冷静さを保つのに役立って
くれている。
提案したのか、誰が最初に、そこで行われる毎年の追悼式で1.17という形に並べた竹筒の
灯りを置こうと考えたのか、詳しい経緯を私は知らない。「阪神淡路大震災『1.17希望の灯り』」
という名前の、認定NPO法人さんが行っている活動だということくらいしか知らない。
けれど、毎年、寒く暗い闇の中で行われる追悼式をテレビ越しに見ていると、この灯りのおかげで
奇妙に心が落ち着き、安らぐのを感じる。たくさんの痛ましい出来事や辛い光景をありありと
思い出す日ではあるけれど、ちらちら揺れながら光るあたたかな色の灯りを見ると、何となく
気持ちがなごむ。
もう一つ、折にふれては思い出し、ふっと心が安らぐものがある。
ある本で見た、焼け野原の写真だ。
神戸中心部の焼け跡の写真。第二次世界大戦中に空襲を受けてほとんどの建物がなくなり、
ガレキが広がっていた当時の写真。空襲とその前後の神戸は映画「少年H」で見事に描かれている。
昔の焼け跡の写真を思い出すと安らぎを感じるのは、理解しがたい感覚かもしれない。
写っている荒廃を見て安らぐわけでは、もちろんない。
そうではなく、私の知っている神戸は、ほんの50年ほど前、戦争によってこれほどまでに破壊
された街の跡に、再び人々が集まって作り上げた街なのだということに、写真は改めて気づかせて
くれた。そのことに、私はある種の慰めを見出したのだ。
神戸だろうとどこだろうと、人の営みは破壊と再生、繁栄と衰退を大きな時間の流れの中で
何度も何度も繰り返している。写真はそのことを、しっかりと実感させてくれた。
震災はあまりにも……大きく、唐突で、理不尽で、当たり前の日常を完膚なきまでに破壊した。
そのために私は、時間の流れがおかしくなったような感覚に陥っていた。来るはずだった明日が
来ず、時の流れが不自然に断ち切られたように感じていた。そんな時にこの写真を見て、
何というか、非常にすとんと腑に落ちたというか……納得した。
ああ、これも歴史の一部なんだ。
そう思えた。
時間の流れはおかしくなんかなっていない、大丈夫、明日はちゃんと来るのだと、また思える
ようになった。必ずしも望むような明日ではないかもしれない、昨日の続きの明日ではないかも
しれない、けれど、明日は必ずやって来るのだと。
そう思うと、いくらか安らげた。
この感覚は後にさまざまな大きな事件事故や災害のニュースに接した時も、そして東日本大震災で
世間に衝撃と不安が広がったに時も、常に私の支えとなり、可能な限り冷静さを保つのに役立って
くれている。