
実家に帰るとよくやることがある。
それは、寝る前に自分の部屋の物から
過去を振り返ること。
好きだった漫画を読んだり
お気に入りのシーンを探したりする。
新たな発見もあるけれど
結構かわらないものだ。
高校時代の現代国語の教科書を
3年分引っ張り出して見てみた。
なんの話だったか思い出せないが
イモリが出て来る話を読み返したくて
端から乱読する。
富岳百景では…ないと。
ついでに悪人礼賛とゆう名の好きだった話をよむ。
結局、一年のときの教科書のなかに
イモリは潜んでいた。
志賀直哉「城の崎にて」でイモリと対面。
記憶とちょっとちがってた。
庭先にいたと思っていたイモリは道端にいて
庭先にいるのは、富岳百景の中に出て来るミツバチだった
。
でもどちらも死んでいる姿を
描写している点は共通してたから
そのあたりを記憶してたんだろぅ。
教科書3年分を棚にもどし
視線を左にずらすと
高校時代の英語の副読本が目にはいった。
高校入学前の春休みに一冊配布され、
それからは一年のころより一ヶ月に一冊、
宿題で出されていた英語の本たち。
勝手に購入され配布された本のうちの数冊は
隣のクラスの担任が書いていた。
手にしたWORLD HERITAGEとゆう本、
世界遺産の写真と説明が
おもしろく書かれている。
22歳がみてもおもしろい。
当時のわたしは
ダージマハルのページが
気に入っていた。
春休み、この本のどこかに行きたい衝動。
英語を読み進める。
頭の中で訳さなくても
文章が消化される感覚…まだある。
この感覚を手にいれたのは
高校受験に力をいれた中学3年くらい。
と同様にいつのまにか
英語の辞書をひくときに
「ABCD~♪」と歌わなくても
瞬時にアルファベットの前後がわかる感覚も
手にいれていた。
でも高校時代より確実に脳はにぶっていて
読むスピードがおちていた。
記憶がどんどん薄れていく
脳みそがつるつるになっていってるんじゃ
と心配になりつつ
消える記憶を勿体ないと思う。
消えるほどの
何を記憶しようと生きているのだろう