常子、ビジネスに挑戦する1
昭和11年春
常子は女学校の最終学年5年生と
なった。
滝子の学費の援助のためか常子は新しい
制服を着ている。
この時代、女学校を出るとたいていは
お嫁に行くものだった。
が、常子はトトとの約束のために
就職を希望した。
 しかし、いくら働いても女性は男性の
半分の賃金の時代である。
女性が経済的に自立するのは難しいと
されていた。
常子のクラスに新しい先生がきた。
東堂チヨという。
先生は、みんなの前で挨拶をして
そしていった。
「床に座ってください。」
みんな、ざわざわした。
「床に胡坐をかいて座ってください。」
でも誰もしない。
先生は床に胡坐をかいて座るとは
こうするのですとやってみせた。
なぜ、胡坐をかかないのかと近くの
生徒に聞く。
生徒は「お行儀が悪いからです」と答えた。
先生は「そうですね」といって
続けて質問をした。

「では・・
男の人が胡坐をかいてお行儀がわるいから
やめなさいといいますか?」と聞く。

みんなざわざわした。
そのとき東堂先生は大きなハリのある
こえである文章をそらんじた。
「元始、女性は太陽であった。真正の人であった。
今、女性は月である。他に依って生き、
他の光によって輝く。病人のような蒼白
い顔の月である。私共は隠されてしまった
我が太陽をいまや取戻さねばならぬ」

みんなびっくりした。
「この言葉の意味を考えていきましょう」という。
これは雑誌青踏にのった
平塚らいちょうの言葉だった。
その言葉に打たれた常子は先生に
雑誌を借りて、めずらしいことに
必死で読書をしていた。
そして、すっきりした思いを感じた。
一方鞠子は悩んでいた。
進学したいのだが・・・・
いいだせなかったのだった。
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出てきましたか・・・平塚らいちょう。
大島優子です・・・
たしか、あさの大学の学生で
平塚明(はる)というお名前でした。
婦人解放の先駆者とされています。
この女性は太陽であったという
文章は素晴らしいと思います。
この時代の女性の置かれている
状況を的確にわかりやすく
書かれています。
それゆえ、常子たちも
びっくりしたことと思います。
だが、庶民からは支持されなかった
思想でした。
というか、これを理解するには
まだまだ教育と文化の発達が伴って
いなかったのですね。
一部のエリート階級には指示された
ということでしょうか。
日本はなかなか女性への関心が
薄い国だと思います。
女性を教育していく国は
発展します。その国の半分を
しめる人口が力を持つことに
なります。また、子育てという点では
子供をかしこく育てようとします。
だから、女性を大事にする国は発展します。
男は、それでも大事にされていますので。
同じ労働でも賃金が男の半分だなんて
絶対理不尽ですよね。