柔らかい心3
あさは新次郎と一緒に
庭を見ていた。
記念の植樹の梅の木は
まだちいさい。
ちいさいけどつぼみができて
いるのをみて
二人で喜んだ。
あさが、梅の木を選ぶとはと
新次郎は言う。
てっきり縁起を担いで
お金借りんの
カリンか
何を転じて福となすの
南天かと思っていたという。
ところがあさは
自分にとって梅の木は
特別な木だという。
むかし新次郎がくれた
あかいそろばん、ぱちぱちはん
が、梅の木だったとあさはいった。
新次郎はよくわかったものだと
感心した。
あのそろばんを頭にのせて
う~~さぎうさぎ
何見て跳ねる~~と
歌いながら踊っていた
あさを忘れられないという。
新次郎はそろばんを使っている
あさが好きだから
自分のために隠居しないでほしいと
いう。
あさは「もう十分働きました
ので旦那様のそばにいても
いいでしょう」というと
新次郎は「だれよりもお商売が
すきなあさが
お商売よりも自分が大事だと
いってくれたと思っていいのか」と
きく。
あさは
「そうだす」と
答えた。
「旦那様より大事なものがあるはずが
ない」と答えた。
「そうか・・・
それやったらしょうないな。」
「へ、うちにもゆっくり奥さんを
させてください。」
「あさ・・・
おおきにな・・」
あさははっとしたが
うめが
新次郎を呼んだ。
医者が来たと。
新次郎がさっていくと
あさは
ひとりになり
涙をふいた。
すると亀助がやってきた。
「堪忍だす。
亀助さんうちがやめると
いうてもやめないでくださいね。」
亀助は、無言で答えて
「実はあの例の学生さんが
きています」と
いった。
あさは、三人の学生たちと
テーブルを挟んで座った。
ひとりは平塚明
そして高橋ゆか
斉藤のり
と名乗った。
あさは顔に見覚えが
あった。
「寒いところをきて下さって
おおきにな。」
平塚は「三年生の田村宣さんから
文句があるなら堂々と言え
陰で言うなら卑怯者のすることだと
言うあなた様の言葉を聞きまして
卑怯者とは何事かと
ふんまんやるせない
気持ちで大阪まで参りました。」と
いった。
「あれま・・」
「それでは堂々と申し上げます。
大阪の銀行家がどれほどえらいこと
かはわかりませんが
私はあなたを女子教育の
恩人としてはたまた
女の先輩として
ひとつも
尊敬したり
感謝したりする気に
なれません。
私は成沢先生の御本を読み
大学校に入ることを
心待ちにしておりました。
しかし設立の貢献者という財界人や政界の
大物が何かにつけて学校に来ては
えらそうに講釈を垂れたり
したり顔で成沢先生や学生のもてなしを
受けたりしているのを見て
いやになります。
あなたの弁舌も
私は学はないがこれほどすばらしい
成功者になった。
その素晴らしい私があなたたちに
熱心におしえてやっているのだ。
なのになぜもっと感謝しもっと立派な
学生にならないのかという
傲慢な気持ちが見え透いて
おりまする。
不愉快でたまりません。
白岡あさ女史がいけすかない
老婦人というのは
我々の間ではすでに一致した
みかたです。」
高橋も斉藤もそうだといわんばかりに
うなずいた。
「そうだすか・・
いいたいことはそれだけ
ですか・・・
そんならうちからもいわせて
もらいましょ」
平塚は目を見開いてあさをみた。
あさは笑っていった。
「あんさんみたいなおなごはんが
出てくるやてなぁ。
まぁまだ未熟で偏ったところも
ようけありますけど
それでもここまで自分の意志を
もってきちんと物が言えると
いうのは、これはなかなか
大したもんだす。
平塚明さん
あんさん
なんやひとかどのおなごはんに
なりはるかもわからしまへん
なぁ。」
「えっと
わたくしは・・・」
「がんばってな。」
あさはあとのふたりにも
目線をくばり
「どうか存分に学んでください。
せや
秋の運動会ででも
おあいしまひょ
ことしはうちも
あんさんかたと一緒に
自転車乗り
参加さして
もらいますよってなぁ。」
あさは笑顔で言った。
じっと見ていた
亀助と千代。
亀助はホッとした顔を
した。
平塚は目線を落とした。
加野銀行を出るとき
高橋が
「面白いお方だったわね」と
いう。
平塚は
「どこがですの?」と怒った。
「あ~~~~はらがたつ。
ホント傲慢な女。」
といった。
それを聞いた千代は
「傲慢というかおおざっぱと
いうか
けど
そないな人が道なき道を
切り開いてくれたからこそ
いまそうやって
女も自由にものが言えているのかも
しれませんな。
江戸の昔やったら
あんたなんて座敷牢に
入れられてはったわ。」
平塚は
「江戸の昔なんて知らんこっちゃ
です。」
と反論した。
千代は笑って
「まぁ
そうだすな?」
といった。
平塚は
「でもお会いできてよかったです。
わたくし・・・あの方を
こえる新しい
女になってみせます。」
そういって平塚は千代に会釈をした。
後の二人もそれにつづいた。
この女学生は
のちの平塚らいてうである。
こののち
雑誌青鞜を創刊し
「原始、女性は太陽であった」
と高らかに宣言し
数々の婦人運動に
邁進する。
千代は家に入って
うめとあさがいるさっきの部屋に
もどった。
「何が新しい女や。感謝と言う言葉を
知らんのかな」というと
うめは
「お千代さまがそれを言うとは」
と笑った。
あさががっくりしているので
千代は声をかけると
「こんどばかりは立ち直ることが
できない」とあさはいう。
「これからのおなごのためにと
ずっと、ずっとがんばって来た
つもりなのに人望どころか
あんなに嫌われていたとは
な・・・」
「そんなことで気落ちするとは」
千代は笑った。
「嫌われても
堂々としてはったら
よろしいのに」と千代が
いう。
あさは、「そうやな
これがうちだす
見返りなんかいらん
これからのおなごの
小さい小さい踏み台
になったらよろしいのやな?」
千代は「そうだす」といって
笑った。
あさはずっと
仕事をやめて新次郎のそば
にいた。
美和が珍しいお菓子をもって
きてくれるので
あさは美和さんは新次郎のことを
思っているのかなと
いう。
新次郎はあさはにぶいなという。
そのわけは
この間美和が来たとき
平十郎が美和に
「美和さん」と声をかけた。
美和は「美和さんではなく
美和と呼んでほしい」と
いった。
そして
落としたかばんを
「それとっておくれやす」という。
平十郎は
「へぇ」といって足元のカバンを
とりあげたので
美和は
「へぇというものやめてほしい」という。
「なんていえばいいのですか」と
平十郎がきく。
美和はそばに近寄って
「なんやおまえというたら
よろしいねん」
といった。
平十郎は
言われたとおりに
「なんやおまえ」といった。
美和は
笑って
「へぇ、ではいきましょう
おまえ様」という。
平十郎は
「へぇ」といって
美和の後をついて行った。
新次郎はその話をしたのだった。
「千代はお菓子のせいか
ふとったみたやな」と
新次郎が言うと
あさが「ふたりめができた
見たいで」という。
「あ、ほんまか
うれしいな・・・」
新次郎はそういった。
そして、「あれはどうだすか?」
とあさに聞いた。
あさは、「お持ちしましょ」といって
立ち上がった。
*****************
一日一日があさにとって
新次郎との大事な日となった。
平塚がきたことは
あさには、痛くもかゆくもないが
こんなおなごはんが出てくるとは
時代はどんどん変わって行くと
思っただろう。
自分たちが蒔いた種が
どのように実を結ぶか?
それを見たいと思っただろうか。
正直今のあさにはそれを思う余裕は
ないと思う。
新次郎との一日が大事な一日
なのである。
あさが年を取ったと思ったのは
大事な学生から嫌われていることに
愕然としたことだった。
もともとあさは、
大事な娘からも嫌われた。
千代は平塚の抗議の言葉に
過去の自分を見たのかもしれない。
それは、未熟であるからこその
言動だったと
気が付いた。
あさとは生きる道は違えども
あさを尊敬する気持ちはあると
千代は悟ったのだろう。
だから、千代は平塚に
江戸の昔だったらという話をした
わけで、道なき道を切り開いた
母の苦労を
よく知っている千代だからこその
思いが込められた一言だったと
思う。
平塚が江戸の昔など知らないと
横を向いていったとき
千代はそれに乗ることなく
そうだすなぁ~~と
相槌を打った。
あさも千代も感情的な舌戦にならないのは
柔らかい心を持っているからだと
思った。これがクッションになって
すっと相手の心を開いて
行ったのではと思う。
千代は今後
平塚があさをよく知って、人生を味わえば
きっと道なき道を切り開くことの
大変さをわかるはずだと思ったことだろう。
平塚は日本史上
日本人として初の女性解放の活動家
となった。
その下地にあさとの出会いがあったのか。
ひとりの偉大なひとがいて、歴史は動く
とはこの事だろう。
あさは新次郎と一緒に
庭を見ていた。
記念の植樹の梅の木は
まだちいさい。
ちいさいけどつぼみができて
いるのをみて
二人で喜んだ。
あさが、梅の木を選ぶとはと
新次郎は言う。
てっきり縁起を担いで
お金借りんの
カリンか
何を転じて福となすの
南天かと思っていたという。
ところがあさは
自分にとって梅の木は
特別な木だという。
むかし新次郎がくれた
あかいそろばん、ぱちぱちはん
が、梅の木だったとあさはいった。
新次郎はよくわかったものだと
感心した。
あのそろばんを頭にのせて
う~~さぎうさぎ
何見て跳ねる~~と
歌いながら踊っていた
あさを忘れられないという。
新次郎はそろばんを使っている
あさが好きだから
自分のために隠居しないでほしいと
いう。
あさは「もう十分働きました
ので旦那様のそばにいても
いいでしょう」というと
新次郎は「だれよりもお商売が
すきなあさが
お商売よりも自分が大事だと
いってくれたと思っていいのか」と
きく。
あさは
「そうだす」と
答えた。
「旦那様より大事なものがあるはずが
ない」と答えた。
「そうか・・・
それやったらしょうないな。」
「へ、うちにもゆっくり奥さんを
させてください。」
「あさ・・・
おおきにな・・」
あさははっとしたが
うめが
新次郎を呼んだ。
医者が来たと。
新次郎がさっていくと
あさは
ひとりになり
涙をふいた。
すると亀助がやってきた。
「堪忍だす。
亀助さんうちがやめると
いうてもやめないでくださいね。」
亀助は、無言で答えて
「実はあの例の学生さんが
きています」と
いった。
あさは、三人の学生たちと
テーブルを挟んで座った。
ひとりは平塚明
そして高橋ゆか
斉藤のり
と名乗った。
あさは顔に見覚えが
あった。
「寒いところをきて下さって
おおきにな。」
平塚は「三年生の田村宣さんから
文句があるなら堂々と言え
陰で言うなら卑怯者のすることだと
言うあなた様の言葉を聞きまして
卑怯者とは何事かと
ふんまんやるせない
気持ちで大阪まで参りました。」と
いった。
「あれま・・」
「それでは堂々と申し上げます。
大阪の銀行家がどれほどえらいこと
かはわかりませんが
私はあなたを女子教育の
恩人としてはたまた
女の先輩として
ひとつも
尊敬したり
感謝したりする気に
なれません。
私は成沢先生の御本を読み
大学校に入ることを
心待ちにしておりました。
しかし設立の貢献者という財界人や政界の
大物が何かにつけて学校に来ては
えらそうに講釈を垂れたり
したり顔で成沢先生や学生のもてなしを
受けたりしているのを見て
いやになります。
あなたの弁舌も
私は学はないがこれほどすばらしい
成功者になった。
その素晴らしい私があなたたちに
熱心におしえてやっているのだ。
なのになぜもっと感謝しもっと立派な
学生にならないのかという
傲慢な気持ちが見え透いて
おりまする。
不愉快でたまりません。
白岡あさ女史がいけすかない
老婦人というのは
我々の間ではすでに一致した
みかたです。」
高橋も斉藤もそうだといわんばかりに
うなずいた。
「そうだすか・・
いいたいことはそれだけ
ですか・・・
そんならうちからもいわせて
もらいましょ」
平塚は目を見開いてあさをみた。
あさは笑っていった。
「あんさんみたいなおなごはんが
出てくるやてなぁ。
まぁまだ未熟で偏ったところも
ようけありますけど
それでもここまで自分の意志を
もってきちんと物が言えると
いうのは、これはなかなか
大したもんだす。
平塚明さん
あんさん
なんやひとかどのおなごはんに
なりはるかもわからしまへん
なぁ。」
「えっと
わたくしは・・・」
「がんばってな。」
あさはあとのふたりにも
目線をくばり
「どうか存分に学んでください。
せや
秋の運動会ででも
おあいしまひょ
ことしはうちも
あんさんかたと一緒に
自転車乗り
参加さして
もらいますよってなぁ。」
あさは笑顔で言った。
じっと見ていた
亀助と千代。
亀助はホッとした顔を
した。
平塚は目線を落とした。
加野銀行を出るとき
高橋が
「面白いお方だったわね」と
いう。
平塚は
「どこがですの?」と怒った。
「あ~~~~はらがたつ。
ホント傲慢な女。」
といった。
それを聞いた千代は
「傲慢というかおおざっぱと
いうか
けど
そないな人が道なき道を
切り開いてくれたからこそ
いまそうやって
女も自由にものが言えているのかも
しれませんな。
江戸の昔やったら
あんたなんて座敷牢に
入れられてはったわ。」
平塚は
「江戸の昔なんて知らんこっちゃ
です。」
と反論した。
千代は笑って
「まぁ
そうだすな?」
といった。
平塚は
「でもお会いできてよかったです。
わたくし・・・あの方を
こえる新しい
女になってみせます。」
そういって平塚は千代に会釈をした。
後の二人もそれにつづいた。
この女学生は
のちの平塚らいてうである。
こののち
雑誌青鞜を創刊し
「原始、女性は太陽であった」
と高らかに宣言し
数々の婦人運動に
邁進する。
千代は家に入って
うめとあさがいるさっきの部屋に
もどった。
「何が新しい女や。感謝と言う言葉を
知らんのかな」というと
うめは
「お千代さまがそれを言うとは」
と笑った。
あさががっくりしているので
千代は声をかけると
「こんどばかりは立ち直ることが
できない」とあさはいう。
「これからのおなごのためにと
ずっと、ずっとがんばって来た
つもりなのに人望どころか
あんなに嫌われていたとは
な・・・」
「そんなことで気落ちするとは」
千代は笑った。
「嫌われても
堂々としてはったら
よろしいのに」と千代が
いう。
あさは、「そうやな
これがうちだす
見返りなんかいらん
これからのおなごの
小さい小さい踏み台
になったらよろしいのやな?」
千代は「そうだす」といって
笑った。
あさはずっと
仕事をやめて新次郎のそば
にいた。
美和が珍しいお菓子をもって
きてくれるので
あさは美和さんは新次郎のことを
思っているのかなと
いう。
新次郎はあさはにぶいなという。
そのわけは
この間美和が来たとき
平十郎が美和に
「美和さん」と声をかけた。
美和は「美和さんではなく
美和と呼んでほしい」と
いった。
そして
落としたかばんを
「それとっておくれやす」という。
平十郎は
「へぇ」といって足元のカバンを
とりあげたので
美和は
「へぇというものやめてほしい」という。
「なんていえばいいのですか」と
平十郎がきく。
美和はそばに近寄って
「なんやおまえというたら
よろしいねん」
といった。
平十郎は
言われたとおりに
「なんやおまえ」といった。
美和は
笑って
「へぇ、ではいきましょう
おまえ様」という。
平十郎は
「へぇ」といって
美和の後をついて行った。
新次郎はその話をしたのだった。
「千代はお菓子のせいか
ふとったみたやな」と
新次郎が言うと
あさが「ふたりめができた
見たいで」という。
「あ、ほんまか
うれしいな・・・」
新次郎はそういった。
そして、「あれはどうだすか?」
とあさに聞いた。
あさは、「お持ちしましょ」といって
立ち上がった。
*****************
一日一日があさにとって
新次郎との大事な日となった。
平塚がきたことは
あさには、痛くもかゆくもないが
こんなおなごはんが出てくるとは
時代はどんどん変わって行くと
思っただろう。
自分たちが蒔いた種が
どのように実を結ぶか?
それを見たいと思っただろうか。
正直今のあさにはそれを思う余裕は
ないと思う。
新次郎との一日が大事な一日
なのである。
あさが年を取ったと思ったのは
大事な学生から嫌われていることに
愕然としたことだった。
もともとあさは、
大事な娘からも嫌われた。
千代は平塚の抗議の言葉に
過去の自分を見たのかもしれない。
それは、未熟であるからこその
言動だったと
気が付いた。
あさとは生きる道は違えども
あさを尊敬する気持ちはあると
千代は悟ったのだろう。
だから、千代は平塚に
江戸の昔だったらという話をした
わけで、道なき道を切り開いた
母の苦労を
よく知っている千代だからこその
思いが込められた一言だったと
思う。
平塚が江戸の昔など知らないと
横を向いていったとき
千代はそれに乗ることなく
そうだすなぁ~~と
相槌を打った。
あさも千代も感情的な舌戦にならないのは
柔らかい心を持っているからだと
思った。これがクッションになって
すっと相手の心を開いて
行ったのではと思う。
千代は今後
平塚があさをよく知って、人生を味わえば
きっと道なき道を切り開くことの
大変さをわかるはずだと思ったことだろう。
平塚は日本史上
日本人として初の女性解放の活動家
となった。
その下地にあさとの出会いがあったのか。
ひとりの偉大なひとがいて、歴史は動く
とはこの事だろう。
