誇り高き人生5
惣兵衛が倒れたとの連絡を
うけて
おどろくあさたち。
藍の助は和歌山へ帰った。

惣兵衛は肺の病といわれて
熱が続いていた。
それで藍の助を呼んだらいいと
医者がいったという。

はつは心配そうに横になっている
惣兵衛を見る。

「そないな顔せんといてくれ。
笑ってくれ・・」

はつは、困った。
笑えないといった。

はつは惣兵衛がいなくなったら
もう笑えなくなると
惣兵衛に言った。

惣兵衛は「ようよう弱いところを
見せてくれたものだ」という。

今まではつに助けられてばかり
だったという。
おちぶれて行方不明になった
ときどん底にいた惣兵衛を
探し出して連れて逃げてくれた
のははつだった。
藍の助が生まれたときも
「いまさらいい旦那様になろうと
思わなくていい、いいおとう
ちゃんになってください」と
いったのもはつ。さんざん
はつに助けられた惣兵衛だった。

惣兵衛ははつの手を借りて
起き上がり
藍の助と養の助を呼んだ。
「おまえらに言うておきたい
ことがある。

わしな・・



ええ

人生やった・・・

ふふ

ええ人生やった・・・

誰に愛想笑いをして頭を
さげることもなく
土の上に立って
土地を耕して
みかんを作って
家を建てて
子供を育てて
こんなええ人生ない

孫まで

みせさせてもろて


ありがたすぎて

おつりがくるわ

だから

笑ってくれ」


はつも

「ええ・・・」

といいながら

笑った。

夜になり
ひさしぶりに

惣兵衛は
はつの
お琴を聞き
うれしそうだった。


その日の明け方

惣兵衛は

静かに息を引き取った。

そのことはあさのもとに
連絡が入り
あさと新次郎が
和歌山に駆け付けた。

お弔いも終わり


ぼーぜんとする

はつだった。

そのはつに

あさは声をかけた。

「初めて惣兵衛さんにおうたこと
覚えてる?」
あさははつに聞いた。

「おぼえてます。
あんたが
あのひとのまえに
ころんでな。
あのときは
こないになるとは
思いもよらなかった
けどな。」

あさは
惣兵衛から聞いた言葉を
伝えた。
あのときから
惣兵衛さんは
はつに一目ぼれをして
いたという。
このあいだ、新次郎が
ぶらりと和歌山に来たとき
惣兵衛がそんな話をしていたと
あさはいった。


「はじめておうて
お琴を聞いた日から
わし
はつにひとめぼれやった
さかいな・・・
あのころは
よう
笑うことも
笑わせることもできへんで・・

いまは・・
なにかちょっというたら
すぐに笑ってくれますからな・・」

「えらいのろけを聞いたわ」

二人は笑った。

惣兵衛は
はつが笑っていたら
何もいらないといった。


はつは
「笑っていきなあかんな

でも

悲しいな

寂しいな」

はつは

あさのよこで泣きじゃくった。

あさは

はつを支えた。

新次郎は
縁側で
お茶を入れた。

それをのみながら

つぶやいた。

「惣兵衛さん

そっちはどないだす??」


それからの大阪でのこと。
ある日
成沢は
加野屋に立ち寄った。
成沢は
休みのたびに学生がお邪魔してと
挨拶をした。
新次郎は
「いつもばたばたしています。
この頃は近しい人がなくなり
寂しい思いをしていますので
学生さんが来ることは
にぎやかでいい」と
いった。

成沢は「慰めになるかどうか」
といいながら
「私にとって生と死は大きな違いは
ありません。

生があるから死があるのです。
この体は衣服のようなもので
この奥に生が
ありまして
それは滅びませんから。」


その夕刻
新次郎は
その話をひとりで
考え事をして
いた。

あさは

ずっと気がかりなことをあったが
この時も
それを感じていた。

新次郎を見てあさは
声をかけた。

「旦那様・・・・・」
****************
近しい人がなくなる。
これは
さみしいことです。
さっきまでいてた人が
亡くなる。
もう会えなくなる。
もしかしたら
どこかで会えるかもしれないと
いう別れではなく
絶対二度と会えないという
別れは
それはそれは
重たいものです。
会いたいと思っても
どこにもいないのです。
金輪際会えないのです。

その永遠の別れに
はつは
遭遇し
そして
あさも
本能的に新次郎になにか
異変を感じていた
のではと思います。