大番頭の手のひら1
ある日加野屋に元大番頭だった
雁助が事故にあったと
雁助の妻から
知らせが来る。
雁助は神戸でマッチ工場を
営んでいたのだが。
工場で棚の上から石油缶が落ちてきて
運悪く雁助の頭に当たったという。
それで意識不明になっているという。

うめは心配した。

雁助の妻はそれだけではなく
お金の融通をしてほしいと
書いてあった。

栄三郎と新次郎は雁助の所へいこう
という。
あさは、女子大学校の設立への
仕事が手がいっぱいで
神戸に行くことができない。
あさはうめにも雁助の所へ
いってもらおうと思って
行くように言ったが
うめはそんなご縁ではないと
断った。
だが、うめにはなんにつけても
雁助を思う思い出がたくさん
あって
気になって仕方がない。
一緒に行くことになった。

翌日
成沢から手紙が来たという。
伊藤閣下の尽力で
文部大臣西園寺
国家教育社の近衛との面会が
かなったという。
あさのいうとおりあきらめなかったら
道は開けると思ったという。
人脈が広がっているという。
後は板垣退助と渋沢栄一へ
あってくるという。

ますます頑張るあさだった。

ある、資産家に寄付の話をもって
いくと
「あんたがあの悪名高い女頭取か」と
いわれた。
「おなごの大学校は一切興味がない
ので帰って欲しい」という。

あさはあきらめずに「伊藤閣下や大隈様にも
ご賛同を得ています」というが
「だれが賛同しようと自分には関係ない」と
いって、家の中に入っていった。
あさは、「趣意書の本を
ここに置きますので
お時間のある時にでも
ちらっと見てください」と
いって本を玄関の横に置き
去ろうとした。

一緒に居た宣は
立ち去りがたく思った
のかじっとしている。
「行きますよ」といって
宣をせかした。

なかなかあさに成果が出ない。

家では工藤がやってきて
あさと平十郎と話をしていた。
あさは
「時代的に女子教育の機運が
高まってきていると
いっても、おなごに学問はイラン
という古い考えはやすやすと
消えないのだな」という。
そのうえ
あさの悪名も通っている。
宣は
「あのおばさん、刺されてもまだこりて
いないと聞こえるように陰口を
いわれた」という。

工藤も同情をした。
「懲りてへんなとわしも思う」という。
「出資して寄付が集まらなかってできなかったら
どうしますか」と工藤がきく。
あさは、
「出資してくれる人に迷惑をかけないように
自分と山倉さんとで
のこりのお金を負担しようと
話し合っています」という。

平十郎は
「へ?」といった。

「どうか工藤さまも懲りへんおばさんが
またそんなこというてなと
思っておいてください」
といった。

工藤が帰ってから
平十郎は
あさにそこまで資金の責任を取る
のは無理だと
反対をした。

「この国がいくら発展しても
おなごに対する教育の偏見が
永久に変わることは
ないでしょう。
永久に・・・」

「永久に・・・て・・・・」

宣がいう。

あさは、平十郎の素直な気持ちが
ありがたかった。
「まだ懲りてへんと言われても
恐れずに飛び込む
ペンギンはようけ必要なんです。

自分がフカに食べられても
ほかにまた飛び込むペンギンが
ようけいるように
開拓をしていかなあきまへん」
とあさは
いった。

そのころ神戸に到着した新次郎たち
だった。
雁助の妻ツネにあった。

ツネは「夫が長い間お世話になりまして」と
いった。
娘とその夫もいた。

雁助は頭を打った時に
脳に出血をおこしたかもしれへんと
いうのだ。

状況は悪い。
「これでうちのマッチ工場は終わりだ」と
娘婿がいった。
雁助が倒れた途端
急に今まで貸したお金を返せと
いわれたという。
栄三郎は
雁助を見舞った。
ベッドに寝たまま動かなかった。


店では
平十郎があさにある資料を見せた。

あさはそれを見て
「これはホンマだすか?」と聞く。
「へえ・・」と平十郎は言った。
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古い考えの払拭はなかなかできない
ものだ。
古い考えを新しい考えに
シフトするには今日明日では
今年来年では
なかなか
できないものだ。

特に、まだまだ時代が古い考えを
残したまま
急ごしらえのように進んでいる
日本であった。

制度や政治は
発展しても
なかなか人の価値観までは
変わることが遅いものだ。

特に女子教育とは
時間もお金もかかる。

いっそうのこと
年頃になったら
お嫁に行って
くれたら安心だというのが
世間の考えだった。
おなごが社会で働く場など
ごく限られていたし
おなごが働くというのは
みっともないものだとも
思われていた時代だった。

はつのことを考えてみよう。
親の言うとおりに素直に
良妻賢母になるだろうと
期待されて成長した。
山王寺屋にいって
若奥様として、奥の暮らしを
していた。
ご主人がどんな仕事をしているのか
そんなことも知らずに
本来は大店の奥さんは
着飾ってお芝居を見に行ったり
着物を買いに行ったりするものだ
そうだ。」
しかしご一新の影響で
両替屋は窮地におちいっていた。
武士にお金を貸しても
帰って来るあてがない。

そんな時代となっていた。
そして銀の両替ができなく
なった。
それが両替屋をつぶしにかかった。
加野屋も取り付け騒ぎが起きた。

が、加野屋はあさの根性と
気迫で乗り越えた。
そして、あさはならの豪商玉利のところ
へいってお金を借りたいと
申し出た。

あさは、お商売に興味があって
積極的に
働いていたのでその仕事を手伝う
ことができた。

しかしはつは
いま、世間では何が起こっている
のかと、不安になるばかりで
誰も本当のことは教えてくれない。
やっと菊の実家の今井にいって
お金を貸してもらってきてほしいと
いう申し出にとんでもない状況なのだと
わかった。
が、はつにはそんなことをする
理由がわからない。
今井忠興にいったところで
お金を貸すわけがないと
思っていた。そのとおりだった。
気がつけば
山王寺屋は
夜逃げとなっていた。

なぜこうなったのか?
はつはずっと考えていた。
もし、自分が加野屋の嫁
だったら、どうなっていたかと
新次郎に聞く。
もしはつが加野屋の嫁だったら
加野屋はつぶれていたと思う。
あの大きな変化を乗り越えたのは
あさと正吉と
加野屋の従業員たちの団結のたまもので
ある。
だから、商売の知識を知らないはつには
加野屋の嫁をやっていたら
支えることはできなかったと
思う。
また逆にあさが山王寺屋の嫁だったら
菊とけんかして、出ていったはずである。
これでよかったんですと
はつは納得した。

話しは元に戻すが女子にも働くための
知識と教育は必要だと
思う。
たとえ家政学であったとしても
学問である限り合理的な理論の上に
たっているので、なんだ、家事育児かという
次元ではないと思う。