東京物語4

あさが牛鍋やで待ち合わせをした
人物とは・・
久太郎だった。
いまや忠嗣というが。仕事も立派にこなして
いるらしい。
久しぶりの再会だった。
あさは、久太郎に家族の安否を
聞いた。
みんな元気だという。
梨江は近いうちにあさの子供の
顔を見に行きたいという。
父は聞かなくとも元気だろう。

久太郎はアメリカへ行った話を
聞いてほしいといった。

先ほどから牛鍋やのすみっこで
顔を隠してあさの様子をうかがって
いる男がいた。
福沢諭吉だった。

あさは、「そうだ、アメリカの話が
一番聞きたい」という。

「あちらの方は六尺五寸って
ほんま?」と聞いた。

うめは「せっかく東京にきたのに
実家に挨拶に
伺わないなんていいのですか?」と
聞く。

あさは、自分が東京に来た理由
つまり、お商売のことで勉強に
きたといったら忠興は
絶対おこるといった。
そのうえ、千代を新次郎や
姑に任せたままである。


「せやな、そらえらい怒らはるやろな。」

男の声がしたので
「久太郎が言うたの?」と聞く。
久太郎は、そわそわしている。
うめも、驚いている。
あさがその方向を見上げると

忠興が立っていた。

「は・・・!!!!」

あさは驚いた。

「おとうはん・・・・・」

忠興は

怖い顔をしていた。

忠興は座った。
あさは「お久しぶりだす」と
いった。

「お久しぶりやあらへん。
なんでいわへんのや。」

「おとうはんが怒るから」と
あさはいう。
「そら怒るやろ。

嫁いだ娘がこっちにくると
いえば、孫連れて土産をもって
挨拶に来るのがあるべき姿や。

それが、親には知らせない。
千代は連れてこない。
勉強だけしに来たって・・・」

あさは、「土産やったらあります」と
いって、堀江の阿弥陀池で
こうたあわおこしを出した。

久太郎は
「これはええな~~」と喜ぶ。

が、忠興は「土産なんかどうでも
ええんや!」

と怒りが収まらない。

福沢諭吉はさきほどの
あわおこしに反応した。

あさは、近頃は自分が育って
きた時代と違って
おなごも学問をしたほうがいいと
いう風潮になっていると
いった。

そこであさは諭吉の
学問のすすめの話をした。

「天は人の上に人を作らず
人の下に人を造らず」

つまり、

男も女も平等だという考えだ。
三年前に刊行された
第八巻に
男も人、女の人だという場所が
気に入ったという。
この世は男と女で成り立っていて
両方が力を合わせることが大事なの
だという考えだという。
諭吉は、はっとして
あさの話に聞き入った。

「そもそも男と女の違いは
腕っ節の強さだけです。」

諭吉はうなずき
立ち上がった。

「・・・せやのに
女というだけで男の言うことは
何でも聞かなあかんというのは
理不尽だす。
これからはおなごが勉強をして
男の方と意見を交わしあうと
言うのはあっておかしくないことだと
思います。」

「そのとおり、
ザッツライト!」

諭吉は口をはさんだ。

「ご無礼
ご無礼・・」
と諭吉は言いながら
輪の中に入っていった。
「まさしく男女は体のつくり以外は
おなじである。
男も女も熱いお茶を飲めば
熱いのである。

甘いお菓子を食べたら甘いと
思うのは同じだ。

男が遊びたいなと思う
のと同じで女も
遊びたいなと思うものだ。

男が大いに学んで世の役に
たちたいと
思うなら
女もよく学問をして世の役に
たてるものだ。
男女は全く同じものだ。

現実はどうかな?
男がお茶を熱いと
いったら、女はぬるいと
思っていても
ああ、その通りですと
いわなければならない。
男が
遊びも仕事のうちだと
いえば、ああそういうものですかと
家で家事をしながら
じっと我慢をするものだ。
日本の婦人は
生まれては親
嫁いでは夫
年を取ったら子供
に従えと
そう教えられてきたのだから
そうなっています。

はたして、我ら日本男児はその
ように従えますか?

従えますか??

従えますか????」

諭吉の迫力に
他の客たちは
「おおっ」と声を上げながら
首を振った。
久太郎は
「無理です」といった。

「うん。」
諭吉は満足した。

「いかなる人間でも
自由と独立を妨げられては
なりません。
それが私の考えです。
婦人に対しても同じです。」

「おなごがそのように生きるには
大変難しいことです。
理解ある親や夫に支えられて
いますのに・・・」

諭吉はあわおこしの包みをやぶって
一枚取り出した。

「それでも難しいのは何でだす
のやろ?」

「それは婦人も経済の自立を
確立する必要があります。
夫や親に頼らずに世間に
対して責任をもって
働くことです。
独立自尊です。

大いに学び
しっかり働いて
しっかり稼ぐ

あなたは

おなごの
社長になりなさい。」


あさは驚いた。

忠興は
「もしやあなたは
福沢先生?」
といいかけ

「ご無礼
ご無礼・・

これ一枚だけいただき
ます」といって
「なつかしい、アー愉快だった」と
いいながら
去って行った。

「日本にも新しいおなごが
出てきたか・・・」

この7年後
諭吉は
新しい時代のおなごを提案する
日本婦人論を刊行する。


福沢の書物はこの先もあさを支えて
いった。

忠興は
牛鍋を食べながら
あさが大久保にあったことに
びっくりした。

あさは、大久保は大変なお仕事の
合間を縫ってときどき
五代に会いに来ているので
内緒にしてほしいという。
大久保との握手は
感激したとのこと。
おおきな、温かい手だったと
いう。

うめも「偉ぶるところのない優しい
お方で・・・」という。

久太郎は
感心した。

忠興は
「なんちゅうことや」といいながらも
「炭鉱はどうした」と聞く。

「やりがいのある仕事です」と
あさは答えた。:
「今は辛抱の時と思います。

銀行への道は遠くなった
けど・・」

忠興は「銀行経営は難しい。
まだ貸出の制度を
理解されていないから」と
いう。

「この国の文明はまさに
花開こうとしています。
今井のお金をきっといまに
金にかける人たちが出て
きます。」

あさは、東京を見学しながら
そう思ったという。

「おたがい
辛抱の時だすな」と
父に言うと

父は怒った。

「生意気だ!!!」

すぐに諭吉の考えになる
わけにはいかない。

帰る道々
忠興は
「認めざる得ないようだな」と
久太郎に言った。

牛鍋やを出るとき
忠興は久太郎に
そういった。
「あさと話していると
おなごと話をしている
気持ちになれない。
男とか女とかではなくて
あいつは一人の商売人やな。」

忠政が昔言った。

『あさを男として育ててみたら
どうなんだ?
実はあさは男だったということで
今井の家督を継がせるんや』
といった。

「負けたわ・・・

おとうはん・・・」

忠興は

そうつぶやいた。

五代の家では

大久保が来ていて
いっしょにスコッチを飲んで
いた。
それは、五代が大事に
イギリスからもって
帰ったものである。

「いいのか、これを飲んでも。
大事なものなんだろう」と
大久保が聞く。

「これを共にあけるのは
大久保さんしかいないと
思う」といった。

「おまえも俺が姑息な政治家
になっていると思うか?」

五代は
なにをいうか。
大久保でなくてはできない
仕事があるのだからと
励ました。

政治の世界には足のひっぱりあいが
あるのだろうが
友だちとの間では
お互いを認めながら
讃える気持ちがある。

大久保は「外国やら
藩閥に干渉されて
なにもできなかったが
これからはそんなことに
邪魔されないように
日本を強い国にしたい」と
いった。

「日本が強い国になるには
あと20年かかるものだ」と
いう。
「この先10年は
民の産業を整え力を
つける時代だ。

その先の10年でようやく
新しい日本ができあがる」
という。

「力ではなく。
戦は破壊だけだ。
もう
こりごりだ・・・」

五代は
チェリーを手に取った。
大久保は産業、経済、文化と
いろいろ考えているが
女性を育てる道も大事だと
いった。

「それは・・
見落としていたな。

そのなかに戦いなくして
強くする方法が隠されて
いるのかもしれない。

ファーストペングインの
出番だな。
おまえのおなご好きも悪い
事ばかりではないな・・」
と大久保は笑った。

五代は「なにをいうのですか。
飲みに行きましょう。
もっと日本の話をしましょう」と
いった。
ふたりは笑い合った。

そして

いよいよ

あさたちが
大阪に帰る日となった。

五代は、二日酔いで
ぼぉっとしていた。

三坂が

「また昨日もお泊りになったのですか?」

と、苦言を言う。

五代は
飲み過ぎたと言いながらも
あさの汽車を見送りに行く時間だ
という。

三坂はその後は渋沢との会合だと
念を押した。

「わかっている
わかっている・・・」

ためいきをつく
五代だったが・・・

窓の外を見て
「今日はあまり天気がよくない
ようだ」

とつぶやく。

そこへ、大変なニュースが飛び込んで
きた。

あさも、汽車にのるみちみち
号外を配るっているところに
出くわした。

「号外だ」

「号外だ」と

叫びながら
人が走っている。

その号外を
みると・・・

大久保内務卿の
暗殺の報道だった。


「暗殺って・・・」

明治11年5月14日の
ことでした・・・。

******************
五代と大久保は
江戸時代、貧乏な薩摩藩士のときから
一緒に、話をしあいながら
新しい日本をどう作っていくものかと
模索していた。

そして、
明治になり、大久保は政府のトップに
なった。
それでも、まだまだ
日本は諸外国にばかにされ
思い通りにならない
時代でもあった。
その中で日本の力を示すには
まずは、貿易からと
産業を興していった。

五代は、そのために政府にはいって
本来なら
産業を興すために
働くことになるはずだったのに。
なぜか

大阪にこだわった。

あさ・・ファーストペングイン・・
の存在かもしれない。

大阪の昔からの商売の力を
信じたのかも
しれない。

そういて民と官に分かれても
日本の将来のために
働く二人だったが。

ここで大久保は

道を

断ってしまった。

五代ははたして
どうなる?