大阪一のお父様5
サトシは新次郎に連れ垂れて
警察に出頭した。

店のみんなはこれでほっとした
とか
一段落やとか
怪しい男の正体がわかったし
とか
いうが
弥七は「そやけど
わてがみたのは
あの男やおまへんでと
いう。
弥七の話にみんな緊張して
「やっぱり八ちゃんか」とか
「それは違う」とか

またいろいろ言い始める。

栄三郎が来て、「まだ炭鉱の一件は
解決したわけではない」と
いった。
犯人が捕まったからと
いってあの男から償い金を
取れるわけではなし
石炭がしばらく取れないことにも
変わりはない
やっぱり

あの炭鉱は

もう・・・・」

「うちは、あの炭鉱は手葉しません
事故が起きたからと言って
手放すようなことは
決してできへんのだす。」
あさは栄三郎に言い切った。

うめは、あさがきつくいう
ので注意した。
だがあさは
「いや、
こればっかりは
ひかれしまへん!」
と、いう。
栄三郎とあさは
にらみあった。

亀助は

「またはじまった・・」
とつぶやく


栄三郎と
あさがにらみあっている
ので

新次郎が

やってきて

「これは何をしてますのや?」
といって
二人を交互に見る。

あさのほっぺたを
ひっぱって
おもしろく
いじると

あさは
「いたたたたた・・
なにしますのや!」と
怒った。

栄三郎はため息をついて
「はぁ~~~
わかりました。

ひとまず・・

ひとまず
今はお姉さんのいう事を聞き
ましょう。」

あさは、驚いた。

あの頑固な栄三郎が譲った。

というのも雁助が送ってきた
帳簿を見ると
どないかなるかもと
思ったという。

あさは、よろこび
「うちもあの帳簿を見て
どないかなるかと
思たんだす!!!!」
といって栄三郎の手を取って
喜んだ。

あの見積りのとおりに再建が
うまいこといくと
二年ぐらいでまたもうけが出ると
あさは、予測したという。

よのは「楽しそうやな」といった。
うめは「商売の話だす」という。

栄三郎は「二年は早いかもしれない
三年はかかるかもと思ったほうがいい。
それに今すぐ当面のお金は、借りなくては
いけないし・・・」

あさは、「そうだすな。
すぐに蔵から帳簿をもって
きます。」
と、いって立ち上がった。

栄三郎は
これであさが蓄えていたお金も
亡くなってしまうし
銀行も遠のいてしまいますのやでと
不安材料を言うが

あさは、ふりむいて

「あきらめるわけではないけど
ひとまず
ひとまず今は

銀行のことは置いておくこと
にしましょ!!」

あさは
そういって大股でさっていった。

うめはあきれた。
「馬車馬のほうに働くかたや」と
栄三郎が言う。
新次郎はわらいながら
「ほんはにな」といった。
「わて一人では到底とめられまへんわ。」

栄三郎は雁助が早く帰って
きたらいいのにと
なげいた。

新次郎は
栄三郎に

「おおきに」

といった。

栄三郎は

「お礼を言われても困ります。
おにいちゃんもこれからは
わての味方をして
おくれやす」と
お願いした。

よほど・・・
あさの相手が
大変らしい。

新次郎は
「へぇ」と
了解したので兄弟は
大笑いをした。

よのは、その姿をみて
笑った。

正吉は新次郎から
サトシの一件をきき
警察に行ったことをしみじみと
思った。

あのころは新次郎にもつらい思いを
させてしまったと
正吉は言うが
新次郎は、正吉をただのケチだと思って
いたという。
正吉は「あほな・・」
といった。

「今やったらわかります。
お家を守るのはそういう大変な決断の
積み重ねだと」

正吉は
「その都度人にお金を借りていると
だめになるので
しんどい時こそ
がんばらねば」と言う。
そして新次郎は
「すこしでもあさの仕事を手伝おうと
思った」といったので
正吉は
「うれしい」といった。

「よのさん・・
今日はちょっとキャラの香りが
きついな・・・
ほな、マナカにしましょうか?」
「そうして・・・」

そこへ千代の泣き声が聞こえた。

「また、泣いてますがな・・・」

あさが外でふゆと千代を
あやしていたが・・
新次郎があさを呼んだ。

あさは千代をだいて
家の中に入った。
正吉の部屋だった。

正吉を囲んで
よのと
栄三郎がいる。

「千代ちゃん、来てくれたか?」
そういって千代の顔を見た。
「かいらしいな
おおきなったらどんな
べっぴんさんになるのかな~~
みていたいな~~」

「わがままいうてますわ・・・」

栄三郎はいった。

正吉は
栄三郎に、「早よ結婚して嫁を貰え」と
いう。「婚礼のことはよのに任せたら
いい」という。
栄三郎は
自分は
よののようなかわいらしい女性を
妻にもらってきっと正吉のような
いい父親になるといった。

「うれしい」と正吉は言う。

「そうや、あさちゃん・・
うちは男の子ばっかりやった
から、あんたが来てくれてから
うちのなかが明るくなった・・
あさちゃん・・・
うちのこと
よろしく頼む・・・
な?」
「はい・・・」

正吉はほっとして
よのと二人にしてくれと
いった。

みんな部屋から出て行った。

よのの膝枕で正吉はいう。

「すまんな
お伊勢さんいかれへんかった・・・」
「大丈夫だす
きっといけれます・・・」

「そうか・・暗がり峠を越えて・・
奈良や・・ん~
あれ
そこから榛原へ行って
その先はお伊勢さんまで一本道や」

「お店がぎょうさん出てましたな」

「そうやなんでもすきなもん
かいなはれや」

「買い物はあと、お参りが先・・」

「大きな鳥居やな~~~~」

「人がぎょうさんいてはりますな~~
はぐれんように・・」

「よ、よのさん・・
神さん
頼んまっせ
加野屋と私の一家が
あんじょう生きていけますように

よのさんが
うまいこと
生きていけますように・・・・

よろしゅう
頼んまっせ・・・・・」

よのは声を出さないで泣いていたが

「おまえさま

おまえさま

おいていかんといて
おくれやす

おまえさま

おまえさま・・・」


正吉は

こうして
逝ってしまった・・・

その声を部屋の外で聞いた
あさは、泣いた。

よのは、自分の髪から
櫛を出して
正吉の髪の毛をなでつけた。
手が震えていた。
泣きながら
髪を撫でつけた。


そして
正吉のいなくなった
加野屋にも
新しいあさが
やってきた。

店であさは、正吉が座って
いた場所を見て

つぶやく

「お父様・・・・」

『うちのこと
よろしく頼んまっせ・・』
正吉の遺言だった。
***************
人の生き死には不思議なものだと
思う。
ひとは、一人で生まれてきて
一人でこの世から去っていく。
それがいつなのか
どういう状況なのか
自分のことだけど
わからない。
どうやって
この世に生まれてきたのか・・・

その時の記憶もない。

ただ、願わくは千代のように
みんなに祝福されて生まれてきたのだと
信じたいと思う。

そして去っていくときは

正吉のように

みんなに見送られて
去っていきたいと
願う。

あの、真っ白な
病院では

いやだなと

思っているからだ。

よくひとは
畳の上で死にたいというが

名言だ。

昔は畳の上で死ぬのが
よくあることだった
のだろうが・・・

いまは、
事故ではない限り
病気だと
どこかの病院で
死ぬことになるのだろう・・・

そっとこの世から去るのも
いいかもしれないけど・・

正吉は、主らしく
大往生だったと
思った。