大阪一のお父様3
新次郎は松造の話をした。
「あのとき松造はわてに
いうたんや

人殺しってな・・・あんだけ
仲よかったのにな・・・」


「あの時の松造はもう松造では
あらへんかった。
お金や世間に苦しめられて
人が変わってしもうたんや。」

「人殺し

新次郎さんのおとうちゃんのせいで
わてのおとうちゃんが
消えてしもうた・・・
おまえのお父ちゃんは金の亡者や。
ひとでなしや。
わての一家はお金に殺されたんや。
みんなおまえのお父ちゃんのせいや
加野屋なんかつぶれてしまえ」


わては松造のいうとおりやった。
でも、お父ちゃんの悪口をいわれて
ゆるされへんかった。

新次郎と松造は
とっくみあいのけんかとなった。

翌日
松造と母親は町から
消えてしまった。

「炭鉱で会ったとき
まさかとおもった。

名前も変わっていたし・・
でもあの、強い目が
松造の目やった・・」

と新次郎はいう。

松造は、子供のころから
目に力がこもっていたらしい。
ひとを威嚇するようなめである。
あさも、炭鉱でサトシから
そんな目で見られていた。

それでも新次郎は
うれしかった。
生きててくれてたのかと
思うと
うれしかった。
あの親子があのまま
死んでいたのではと思って
いたので・・
うれしかった・・つぎ
あったときはためしに
声をかけてみようと
思っていたら

そんなのんきなことを考えて
いたら
こんな事故が起きたと
新次郎が言う。
「あの事故は自分のせいだ。
あの事故は・・・
自分が甘かった」と
新次郎は
あさに謝った。

「ほんま
堪忍・・・
堪忍だす・・・・・。」

あさは、新次郎のかたに
手を当てた。

正吉の部屋で栄三郎と
正吉が話をしていた。
よのは、正吉の部屋に香炉を
もってきたが
入れずに
話を廊下で聞いていた。

栄三郎は
松造とはどんなひとですかと
聞く。
正吉は
「新次郎がきずだらけになって
帰ってきたときがあった」という。
あのときだけ・・
喧嘩をした。

そのご、新次郎はお金を扱う
加野屋の商売を毛嫌いを
するようになったという。

正吉はそれは自分のせいだと
いった。
「それで新次郎を分家にだした。
だが、新次郎にはあさという
いい嫁がついているから」
と、正吉が言う。
だから、栄三郎の襲名披露の時
はあさも、一緒だったのだ。

「もし、栄三郎が
あさを
目の上のたんこぶだと
おもうようになる時が
あるかもしれない。」

栄三郎は「そこまでおもわない」と
いう。

「どんなことがあっても
おまえたち三人が
手を携えてさえいたら
どんなことも乗り越えることが
できるし・・
栄三郎は立派になったし
新次郎にはいい嫁がいるし・・
ホッとしている」と
正吉が言う。

「そんなこと言わんといて」と
栄三郎は、正吉が
あの世に行ってしまうのではないかと
おもって涙が出た。

「おまえはいい男だが
気の小さいところがあるしな」
そういって、正吉は笑った。

ふと・・・
いい香りがした。

つぎの日
また、弥七が
おかしな男を店の前で見たという。
ふゆがみて
弥七が見て・・・
その男は・・・・とうめがいいかけると

女中がしらのくまは
橋の向こうに住んでいる
色気のある八ちゃんという
大工ではないかという。
かれはふゆのことが好きなのではと
勝手に話しを盛り上げた。
ふゆは驚いた。
うめはくまが
向うに行った後亀助に
「やっと大阪に帰ってきたのだから
うまいことやりなはれや~~さっさと。」

といった。

「はっちゃんて
だれかしらんけど・・・」と亀助が
いう。

「いいえ、そのひとではありません。
あの人は、店を睨み付けて
いました。

それに、うちにみたいなもんが
人に見染められるなんて・・・。」

亀助は
必死で
「おふゆさんは
結婚したいとか
思うのか?」と聞く。

ふゆは、はつや、あさをみて
結婚したいと思っていたけど。

新次郎が
ふゆに、「がんばりやさんやな」と
いったことが忘れられない。

「結婚は大変だから
考えられない」といった。

「ふゆだったら大丈夫だ」と
亀助が言う。
「番頭さんは優しい人だすな」と
ふゆがいうと
亀助は
「おもったことをいうただけです」と
いった。
そして、
ふゆは
亀助が
「おにいちゃんみたいだ」といった。

ふゆは、六人姉妹なので
兄が欲しかったという。

「それやったら
お兄ちゃんと思ったらええわ。」
ふゆは、よろこんだ。

亀助はそれでもうれしかった。

店ではその不審者が
話題となった。

あさは、「そのひとはもしかしたら
松造さんかもと
思う」といった。
ちょうど店の外にその男の影が
うつっていた。

新次郎もそう思うという。

栄三郎は「松造は加野屋を憎んでいるから
火をつけられたら大変だ」といった。

亀助は「警察に言うべきだ」というが
新次郎は「自分にまかせてほしい」という。

あさは、夜泣きの千代をおぶって
うめといっしょに
夜の散歩に行った。

あさのときは、夜泣きはしないでよく寝たと
うめがいう。
あさは「自分は親孝行やったんや」と
うれしそうにいった。
うめは
「育ってしまってからが
大変でしたが・・・」という。

あさは、町の角から新次郎が提灯を
もって誰かと歩いているのを見た。
そのひとは・・・
松造だった。
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正吉の助言で
険悪だった栄三郎とあさの仲が
一応落ち着いたようである。
栄三郎もあさを悪くは思っていない。

そして、不審者は
はたして・・
松造だった・・・
という話となる。

子供のころのどうにもならない
大人の事情で松造は、加野屋を
憎むようになった。
それは厳しい商売の余波では
あるが、松造には
両親の苦しみを感じた不幸なできごと
だった。
新次郎もその件があってから
商売をすることができなくなった。
これは、お互い、不幸なことだった
のだと思った。