小さな許嫁4
京都から大阪の加野屋に
挨拶に行ったあさとはつと
忠興は新次郎が少しだけ
あいさつした後すぐに
出て行ったことで
驚くばかりだった。
自分たちより大事なことがあるのか
それとも
大阪へ来たことが迷惑だったのか

よくわからない。

あさたちは姉のはつの嫁ぎ先になる
山王寺屋にいった。

ここでは
はつが挨拶をする。

「はつと申します
嫁ぎましてからは
山王寺屋さんのご繁盛のため
ええ嫁になるよう励みます。」

そういって
頭を下げた。

眉山菊は
姑になる。

「これはこれは、結構なごあいさつでした」と
ほめ

眉山栄達は
「えろう美しくお育ちなされて・・」と
喜ぶ。

「さぞかしお嫁に出すのは
もったいないと思ってるのでは」と
いうと忠興は
「お琴も舞もしっかり身に着けていますので
こういってはなんですが
自慢の娘です」という。

「だったら後でひいてもらいましょか」と
菊がいうが
肝心の息子が何も言わない。

「どや、惣兵衛、おまえの将来の
お嫁さんやで」と菊がふった。
そうべえと言われた若者は
「へえ」といったきりだった。
正座したひざは
ゆれている。
貧乏ゆすりか・・・

顔は表情がない。

はつは
はじめてみる
将来の夫を見て
そうべえの後ろの柱の上に
かかっていた
能面をみた。
なにか、不気味である。

あさは
畳の上にはう
虫に気が付き

アッと思った。

「御商売はいかがですか」と忠興が
聞くと
「商売ですか・・・」
と栄達はためいきをつくと
菊が
即座に答える。
「心配おまへん。
大阪も不景気だというけど
ここ山王寺屋の蔵の
金銀は淀川の水が枯れる
ようなことがあっても
のうなるようなことはあらしま
へん。
今井さんとこは
京都一でしょうが
この山王時寺屋も負けていません。」
と菊は
滔々と仕事の話をする。「その山王寺屋に
嫁に来てもらう限りは
しっかりしてもらわな
あきまへんで」
とはつにいう

はつは「へえ」といって
頭を下げた

菊は
「浪速一の山王屋の嫁になるんやから
な」といって
「あはははは」と
笑った。
先ほどから大人の話にあきて
虫を見ていた
あさは
虫を捕まえようとして
スライディングをしてしまい
そうべえに向かって
足を出してしまった。
そうべえは
よけたが
一同はびっくり

あさは「すんまへん」

といいながら
立ち上がろうとしたが

そうべえは
身をかわして
居住まいを正そうと
すわりなおした。

はつは

お琴を披露した。

「なかなかのもんやな」
と菊がいう。

そうべえは
それでも
表情が変わらず
能面のようだった。

「妹のほうでなくてよかった」と
栄達が言う。

そこへ客が来た。
「たのもう
拙者は薩摩島津家の
家中御舟奉行副役の
五代才助というものだ。
殿様の命により
上海で買い付けた
船の代金の
用立てを頼みたい」
という。

あさはその侍が
この間のピストルの男に
おどろく。
そして
「薩摩???」

とあさは首をひねる。

そうべえは
「来客中だというのに」
とぶちぶちと
怒っていたが

「これはこれは
薩摩様ですか」

と態度を一変した。

客の前では
態度が変わるらしい。

従業員の前では

えらそうにしている。
丁寧に
挨拶をした後
「実は幕府に御用金を納めた後
なので蔵にはお金がない」
という。

「すこしでも
ご用意できるよう考えますので
今日のところは
お引き取り下さい」と
そうべえは
丁寧に言う。

あさは
「さっきは蔵にたくさんのお金があると
いったのに」とつぶやく。
あさを五代はちらっとみたが
店を去って行った。

五代は
「なんで武士が商人にこんなめにあうのか」と
ぶつぶついった。
この時代、侍といえども
お金がものをいう。


菊と栄達は「なにごとだ」と
聞く。

そうべえは
「薩摩なんぞにだれが金を貸すもんか」と
つぶやく。
そして
「すみません、無粋な客が来てしまって」と
いって、店の者に
「掃除をしておけ」といった。

一部始終を忠興は見ていた。

座敷でひとりになったはつは
お琴の前でじっと考えて
いた。
そしてまた
あの能面を見た。

藤の家という居酒屋で
さっきの五代と
大久保一蔵が飲んでいた。

山王寺屋の件を聞いて
大久保は笑ったのだった。
「商人が考えておくというのは
断られたのと同じだ」と
いう。
五代も「わかっている」といった。
「商人はみせかけだけだ」と
怒った。

そして、女中に「おかわりだ」と
お酒を注文したが
無視された。

大久保は「駄目だ」といった。

そして、
「おねえさん、これ頼むで」と
いうと
「はあい」といって
お姉さんではなくおばさんみたいな
女中がにこにこしてきて
お酒のお替りを持ってきた。
「あれはどう見ても
おねえさんではない」と
五代は言う。
そして、あさが山王寺屋にいたことを
思い出した。

「あの娘の金持ち商人の
娘か・・・
ふん
大阪商人など
イギリスとの
交易がはじまれば
こん才助がいのいちばんに
つぶしてやるぞ」
と怒鳴って立ち上がったので
他の客が殺気をもって
同じく立ち上がった。

ここで飲んでいるのは
皆商人だった。
「銭があれば天下人。
今日のおまえは
下人だ」と
大久保。

ここの支払いの話になって
お互いお金を持っていないことに
焦った。

明治にはこの大久保は大久保利通
でありこの五代才助も・・・
でもそれはまだずっと後の話です。

京都に帰ったあさとはつ。
夜になって
はつとあさは
並んで寝ていた。

はつは
あさに声をかけたが。

「ええな、あんたは。
いつでもぐっすり寝られて」
という。
あさは
眠くても起きて
「はつに寝れないのか」と聞く。

つかれているのに寝れない。

あさは山王寺屋で
とんでもないことをしたことを
はつにわびた。

はつは
そうべえが一度も笑わなかったこと
あさが倒れているのに
手を貸さなかったこと
冷たい人だと思ったという。

「細い目をしていた」とあさ。
「蛇みたいだった」という。

はつは「そんなこといわんといて」と
いった。
自分の許嫁である。

あさは新次郎も三味線を優先して
出て行ったことを
怒ったが
はつはそうべえにそれ以上なにかを
感じていた。

あさは
気が付かず

「ま、ええか
寝よ」という。
しかしはつの様子が
おかしい

「お姉ちゃんないているの?」
「泣いてない・・・」
あさははつに手拭いを差し出した。

「平気や平気やと
思っていたけど
なんやかなしいな

大阪
行きたくないな

でも
どうしたらええんや

どうもできへんな」

そういいながら

はつは泣いた。
大声で泣いた。

そんなはつを初めて見た
あさは
はつを抱きしめて
一緒に泣いた。

大声だったので
久太郎がびっくりして
梨江を呼んだ。

はつがないた。
あさが初めて見た
はつの涙だった・・・・
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加野屋さんは
まだ、なんだかやっていけそうだけど
山王寺屋は
なんでしょうね・・・
不気味なそうべえ。
力のない栄達。
口やかましい
菊・・・

はつは、こんなところに嫁いで
行くのでしょうか。

この時代、女には
自分の人生を決める権利がなかった
のですね。
勉強すらさせてもらえない。
芸事ばっかりで
舞妓さんみたいです。