一念岩をも通す3
工場の倉庫で
悟の荒れように政春は話を聞いた。
すると悟は「地獄を見てきた」という。
「気が遠くなるような寒さの中
牛や馬のようにこき使われた。
飯はこれっぽっちの黒パンが一個。」
と、いって悟はおやゆびと人差し指で
輪を作った。
「まずい大麦のスープを無理やり
腹に流し込んでも腹が減って
腹が減って
消化されなくて排便された大麦を
もう一回洗って食うんです。
おじさんは自分の出した便を
食うたことがありますか?」
政春は驚き頭を振った。
悟は政春をちらっとみたが
またうつむいて話し始めた。
「辛い労働のあとにはオルグが
まっている。
日本の軍隊を否定して
日本が間違っていると
認めない限り日本には返してもらえない
のです。」
悟は倉庫にしゃがみ込んで樽に
背をつけて三角すわりをした。
「みんな自分が先に帰国したい一心で
日本人同士が足の引っ張り合いじゃ。
わしはだれにも心を開かんと
『日本が悪い、間違っていた』と
大きな声で言い続けた。
ようやっと解放されたんです。」
悟の声は涙声だった。
「しかたない・・・」
政春は言う。
「それが戦争に負けるということだ。」
「おじさんはわかってない。
わしは、お国のために死ぬ気で戦った。
だのにその国を否定せな生き伸びる
ことができなかったのです。
ナホトカから船に乗って
祖国について
何年ぶりに酒を飲んだか・・。
うまかった、涙が出た・・・
その酒をおじさんは偽もんじゃ
といった。」
「いや、それは・・・」
「本物ってなんですか
わしにとってあの三級の酒が本物
じゃ。
仲間を裏切って
帰国したわしを
最初に許してくれたのがあの酒なん
です。
偉そうなことを言うて
高い酒を造って
今の日本人はだれも飲めない。
のめない酒をなんぼ作っても
それは作ってないのと一緒です。」
「ちがう・・・・
それはちがうど・・。
わしは諦めておらん。
いまは飲める人が少なくても
日本は必ず復興する。
それを信じてわしは本物の酒を
造り続ける・・。」
「未来が見えん人はどうすればいいん
です?」
悟の批判めいた顔に言葉が出ない。
悟は去って行った。
エリーはじっと見ていた。
先に家に帰って考え事をするエリー。
政春が帰ってきた。
「マッサン?」
「ああ・・・」
政春はテーブルの前に座った。
「わしはこの国に新しいウイスキー
の時代が来ることを信じてやり
続けてきた。
これからも今まで通り本物に負けない
うまいウイスキーを造り続ける。
だけど大事なことを忘れていた。」
「大事なこと?」
エリーは政春の前に座った。
「命の水じゃ・・・・」
「命の水?」
ウヰスキーとはゲール語の
命の水に由来すると政春は説明
した。
「人は水がないと生きていけない
ウヰスキーは人の命をつなぎ
その心を満たすものじゃ
わしはこれまで三級種はウイスキー
ではないと思っていた。
だけど悟の話を聞いてよくわかった。
命の水に本物も偽物もない
一級も三級もない
いま求められているのは
安いウイスキーだから
皆に飲んでもらえる酒を作り
続ける」と政春は決めた。
エリーは、「マッサンならできる」と
いった。
安いのにうまいウイスキーを造ると
いう
マッサンの新たな挑戦が始まった。
政春の研究所には俊夫がそろえた
全国の三級ウヰスキーがそろっていた。
どんなウイスキーが出回っているのか
と政春は俊夫と調べることにしたの
だった。
意に反して驚くほど多くの三級
ウヰスキーが出ていた。
ウヰスキーは原酒がなくても
アルコールと資金があれば
誰でも作れる時代である。
香料と着色料を分析
しようと政春は言った。
メモは俊夫である。
始めようとしたとき
廊下に悟がいた。
「どうしたんじゃ?」
政春が聞くと悟は
「いや・・・・」と
言葉を濁した。
「悟、昨日はありがとう。
悟のおかげで今自分が
やることに気が付いた。
皆に飲んでもらえるやすくて
うまい三級種を作ろうと思う」と
いった。
「一級酒も作るが・・・」
「ちいと見学していきますか?
たまげますで。」と俊夫は悟に言って
入るように促した。
そして、椅子を進めて座らせて
先ほどの続きをはじめた。
政春は「まずは香りからだ」と言って
グラスにウイスキーをつぐと
においをかぐ。
「これはエッセンスが入っている。」
飲んでみると苦い。
エッセンスを入れると苦みが強く
なるらしい。
「つぎは、爆弾が入っている」という。
それは工業用のアルコールである。
「つぎは甘味料にサッカリンを使っ
ている。
しかも焦げ付かせている・・・」
「なぜそれがわかるのか」と悟はきく。
「お坊ちゃまの鼻は犬並です。」
俊夫が言う。
「何で犬だ?」と政春が反撃するので
俊夫は「言い直します。
犬以上です」といって笑った。
「わしもかがしてもらっていいですか?」
悟が嗅いでみるという。
「わかったか?」
「ちいと油臭いような・・・」
政春が嗅ぐと
「ようわかったのう・・・
これは
フーゼル油香だ。
こがな不純物が混ざった酒を飲んだら
かなりの悪酔いになる」と政春が言うので
みんなが笑った。
「そんなことまでわかるのですか?」
悟が聞く。
政春はこの道一筋にがんばってきた
話をした。
何十年もやってきたんだという。
俊夫は政春の前世は犬だという。
悟に「一緒にやろう」と俊夫はきく。
「一緒にやるか?」政春が聞く。
悟はうれしそうに
「ハイ」といった。
酒蔵に生まれ長年の修業でさらに
研ぎ澄まされた
マッサンの嗅覚と集中力に
悟は目を
見はるばかりだった。
そんな叔父の姿を見て悟は少しずつ
ウイスキーづくりに興味を
抱き始めていた。
******************
餅は餅屋というが
酒蔵に生まれた政春と政春の姉の
息子、悟。
悟は未来に希望を持てずに悩んで
いた。
それが、政春の影響で
一気にDNAに火がついた。
酒造りのDNAである。
思えば悲惨な思いをしてきた悟
だった。
極寒のシベリアでよくぞ無事で帰って
きたものだとおもう。
オルグとは社会主義思想への
啓蒙活動をする活動家を
さすのではないかと
思います。
つまり、悟は社会主義思想を徹底
して叩き込まれたという
ことです。
個人の自由な思想を否定する
言論弾圧の構図です。
悟は天皇陛下と日本のために
死んでもいいと思って戦争に
いったのです。
しかし、それは間違っていたと
言わねばならないシベリアでした。
日本に帰るためにも
日本を否定して社会思想に染まりました
ということを見せなければならない
わけですね・・・・。
で、戦後にわかに社会主義者とか
共産主義者が増えたのでしょうか。
・・・
この辺はわかりませんが
60年代
体制を批判することは格好いいと
思う学生が多かったと、思います。
工場の倉庫で
悟の荒れように政春は話を聞いた。
すると悟は「地獄を見てきた」という。
「気が遠くなるような寒さの中
牛や馬のようにこき使われた。
飯はこれっぽっちの黒パンが一個。」
と、いって悟はおやゆびと人差し指で
輪を作った。
「まずい大麦のスープを無理やり
腹に流し込んでも腹が減って
腹が減って
消化されなくて排便された大麦を
もう一回洗って食うんです。
おじさんは自分の出した便を
食うたことがありますか?」
政春は驚き頭を振った。
悟は政春をちらっとみたが
またうつむいて話し始めた。
「辛い労働のあとにはオルグが
まっている。
日本の軍隊を否定して
日本が間違っていると
認めない限り日本には返してもらえない
のです。」
悟は倉庫にしゃがみ込んで樽に
背をつけて三角すわりをした。
「みんな自分が先に帰国したい一心で
日本人同士が足の引っ張り合いじゃ。
わしはだれにも心を開かんと
『日本が悪い、間違っていた』と
大きな声で言い続けた。
ようやっと解放されたんです。」
悟の声は涙声だった。
「しかたない・・・」
政春は言う。
「それが戦争に負けるということだ。」
「おじさんはわかってない。
わしは、お国のために死ぬ気で戦った。
だのにその国を否定せな生き伸びる
ことができなかったのです。
ナホトカから船に乗って
祖国について
何年ぶりに酒を飲んだか・・。
うまかった、涙が出た・・・
その酒をおじさんは偽もんじゃ
といった。」
「いや、それは・・・」
「本物ってなんですか
わしにとってあの三級の酒が本物
じゃ。
仲間を裏切って
帰国したわしを
最初に許してくれたのがあの酒なん
です。
偉そうなことを言うて
高い酒を造って
今の日本人はだれも飲めない。
のめない酒をなんぼ作っても
それは作ってないのと一緒です。」
「ちがう・・・・
それはちがうど・・。
わしは諦めておらん。
いまは飲める人が少なくても
日本は必ず復興する。
それを信じてわしは本物の酒を
造り続ける・・。」
「未来が見えん人はどうすればいいん
です?」
悟の批判めいた顔に言葉が出ない。
悟は去って行った。
エリーはじっと見ていた。
先に家に帰って考え事をするエリー。
政春が帰ってきた。
「マッサン?」
「ああ・・・」
政春はテーブルの前に座った。
「わしはこの国に新しいウイスキー
の時代が来ることを信じてやり
続けてきた。
これからも今まで通り本物に負けない
うまいウイスキーを造り続ける。
だけど大事なことを忘れていた。」
「大事なこと?」
エリーは政春の前に座った。
「命の水じゃ・・・・」
「命の水?」
ウヰスキーとはゲール語の
命の水に由来すると政春は説明
した。
「人は水がないと生きていけない
ウヰスキーは人の命をつなぎ
その心を満たすものじゃ
わしはこれまで三級種はウイスキー
ではないと思っていた。
だけど悟の話を聞いてよくわかった。
命の水に本物も偽物もない
一級も三級もない
いま求められているのは
安いウイスキーだから
皆に飲んでもらえる酒を作り
続ける」と政春は決めた。
エリーは、「マッサンならできる」と
いった。
安いのにうまいウイスキーを造ると
いう
マッサンの新たな挑戦が始まった。
政春の研究所には俊夫がそろえた
全国の三級ウヰスキーがそろっていた。
どんなウイスキーが出回っているのか
と政春は俊夫と調べることにしたの
だった。
意に反して驚くほど多くの三級
ウヰスキーが出ていた。
ウヰスキーは原酒がなくても
アルコールと資金があれば
誰でも作れる時代である。
香料と着色料を分析
しようと政春は言った。
メモは俊夫である。
始めようとしたとき
廊下に悟がいた。
「どうしたんじゃ?」
政春が聞くと悟は
「いや・・・・」と
言葉を濁した。
「悟、昨日はありがとう。
悟のおかげで今自分が
やることに気が付いた。
皆に飲んでもらえるやすくて
うまい三級種を作ろうと思う」と
いった。
「一級酒も作るが・・・」
「ちいと見学していきますか?
たまげますで。」と俊夫は悟に言って
入るように促した。
そして、椅子を進めて座らせて
先ほどの続きをはじめた。
政春は「まずは香りからだ」と言って
グラスにウイスキーをつぐと
においをかぐ。
「これはエッセンスが入っている。」
飲んでみると苦い。
エッセンスを入れると苦みが強く
なるらしい。
「つぎは、爆弾が入っている」という。
それは工業用のアルコールである。
「つぎは甘味料にサッカリンを使っ
ている。
しかも焦げ付かせている・・・」
「なぜそれがわかるのか」と悟はきく。
「お坊ちゃまの鼻は犬並です。」
俊夫が言う。
「何で犬だ?」と政春が反撃するので
俊夫は「言い直します。
犬以上です」といって笑った。
「わしもかがしてもらっていいですか?」
悟が嗅いでみるという。
「わかったか?」
「ちいと油臭いような・・・」
政春が嗅ぐと
「ようわかったのう・・・
これは
フーゼル油香だ。
こがな不純物が混ざった酒を飲んだら
かなりの悪酔いになる」と政春が言うので
みんなが笑った。
「そんなことまでわかるのですか?」
悟が聞く。
政春はこの道一筋にがんばってきた
話をした。
何十年もやってきたんだという。
俊夫は政春の前世は犬だという。
悟に「一緒にやろう」と俊夫はきく。
「一緒にやるか?」政春が聞く。
悟はうれしそうに
「ハイ」といった。
酒蔵に生まれ長年の修業でさらに
研ぎ澄まされた
マッサンの嗅覚と集中力に
悟は目を
見はるばかりだった。
そんな叔父の姿を見て悟は少しずつ
ウイスキーづくりに興味を
抱き始めていた。
******************
餅は餅屋というが
酒蔵に生まれた政春と政春の姉の
息子、悟。
悟は未来に希望を持てずに悩んで
いた。
それが、政春の影響で
一気にDNAに火がついた。
酒造りのDNAである。
思えば悲惨な思いをしてきた悟
だった。
極寒のシベリアでよくぞ無事で帰って
きたものだとおもう。
オルグとは社会主義思想への
啓蒙活動をする活動家を
さすのではないかと
思います。
つまり、悟は社会主義思想を徹底
して叩き込まれたという
ことです。
個人の自由な思想を否定する
言論弾圧の構図です。
悟は天皇陛下と日本のために
死んでもいいと思って戦争に
いったのです。
しかし、それは間違っていたと
言わねばならないシベリアでした。
日本に帰るためにも
日本を否定して社会思想に染まりました
ということを見せなければならない
わけですね・・・・。
で、戦後にわかに社会主義者とか
共産主義者が増えたのでしょうか。
・・・
この辺はわかりませんが
60年代
体制を批判することは格好いいと
思う学生が多かったと、思います。
