親思う心にまさる親心6
その夜のこと
一馬はずっとかけれなかった
思いを遺書に託した。

紋付羽織はかまのままの熊虎が
囲炉裏端でお酒を飲んでいた。
そこに一馬が遺書をもって
やってきた。

「親父・・・
これ・・・」
と言って差し出した。

熊虎はそれを見て一馬を見た。

「あした、俺がいってから
読んでくれ。

おやすみなさい・・。」

熊虎は何も言えなかった。

呆然とする熊虎を
自室の窓から一馬は見て
カーテンを閉めた。

エマも明日のために何か作っていた。
熊虎は明日というが
今見ることにした。
「お父さん、31年間
ありがとうございました。
お世話になりました。」
熊虎は、まだ明かりのついている
一馬の部屋を見た。
「出征が決まってこの方
なぜかお父さんがニシン漁をしていらした
頃のことがしきりに思い出されます。

うちには春になると大勢の漁師さんたちが
集まり毎日がお祭りのようでしたね。」

『今年も大漁だぁ~~!!』
と、大声で熊虎が言う。

漁師さんたちは『おおお!!!』と
声を上げる。

「あのころの私は漁師さんたちの乱暴な
態度や言葉遣いになれることができず
お父さんにさえ素直に話しかけることなど
できませんでした。
しかし心のうちでは
いつも大きな声で漁師たちを
指図しておられたお父さんを尊敬して
おりました。
お姉さんも若いうちからすでにひとかどの
女将さんのようで酒癖の悪い漁師を
怒鳴りつけておられましたね・・・」

ハナは一馬が明日はいていく靴を
泣きながらせっせと磨いていた。


「今思い返しますと私はそうやって
お父さんとお姉さんに
ずっと守られ育てられてきたのに
物心ついて以来いつも二人にさからい
亡きお母さんの生き方さえ、否定して
おりましたことを深く恥じております。
生意気なことばかり言って申し訳
ありませんでした。」
一馬はカバンに明日持っていく荷物を
詰めた。
「いまさら遅きに失しますが
これだけは最後に申しあげます。

「わたしは、あなたの息子に生まれることが
できて本当によかったと思って
おります。
もし生きて帰って来ることができましたら
お母さんのことを教えてください。
お父さんの幼いころのこと。
北海道にきてニシン漁を始められるまでの
こと。
お母さんとの出会い。
私がこれまで知らなかった話を
お聞かせください。
そしていつかぜひ
会津の地に連れて行ってください。
お父さんが生まれた町を
どうしても見てみたく存じます。
申したきことは尽きませんが
切がありません。

これにて筆をおきます。
どうか
お姉さん共々
お元気でお過ごしください。
皇国の必勝を信じつつ。
一馬」・・・・・・

熊虎は読みながら泣いた。
そして一馬の部屋を見上げた。

翌朝は
出征の朝となった。

森野家では熊虎が一馬の髪の毛を
バリカン刈る用意をしていた。

「はじめるぞ、」
「はい。」

バリカンの音が響いた・・・。

亀山家では朝食を三人で食べて
いた。

エリーはエマに言った。
「大丈夫?」

エマは「覚悟はできています」と
笑顔で言った。

散髪をしながら熊虎は言った。
「おらたちは駅まではいかねぇ。
ここで見送るからな。
進たちにちゃんとあいさつしていけ。」

「はい。」

ハナが「お父ちゃん」といった。
「お父ちゃん。。時間無いんだよ。」

「会津に行くぞ。
俺の生まれた町をみせてやるから。
生きて帰ってこい。」

ハナは驚いた。

一馬はじっと聞いていた。

「生きて帰ってこい。
鉄砲の弾が飛んでくるような
ところへ行ったら
逃げ回ってもいい。
隠れてもいい。
臆病者と言われても
卑怯者と言われても
いいから

生きて帰ってこい!!!

分かったな?」
父の声は涙声だった。

一馬も泣いた。
涙が頬を流れた。

小さい声で

「はい」といった。

ハナも泣いた・・・

俊夫も陰に隠れて
泣いた・・・。

きれいに刈りあがった。
ハナは昨日磨いた靴を出した。
一馬は足を入れ
帽子をかぶった。
家の外に出る。

「じゃ、行ってきます。」

亀山家の三人も送るために
外に出ていた。

エリーは一馬に声をかけた。
一馬はおじきをした。

「元気でね。」

「はい。」

そして一馬を抱きしめた。
政春は「この種は預かっておくから」
と麦の種をだしていった。

一馬は笑顔で「よろしく
お願いします」といった。

エマは、お守りを渡した。
「この中に日本語の歌詞の
オールドラングザインが
入っているの。」
巾着には
長い紐がつけてある。
それを一馬のくびにかけた。

「ありがとう。」


「待ってる・・・」

「帰って来たら言いたいことが
ある。」

「うん・・・。」

そういって両手で握手をした。
「元気でね。」と一馬。
「はい。」

俊夫は
「なんじゃ、言いたいことがあるなら
いま言え!!のう一馬。」

「工場長・・・。」

俊夫は、「あははは」と笑った。

熊虎は「早くいけ、遅れるぞ」という。

「はい!」
ハナから荷物をうけとり
「じゃ皆さん
いってまいります。」そういって
兵隊らしく敬礼をした。
「いってらっしゃい。」
「いってらっしゃい・・・」
みんなが送り出した。

振り向いて出て行こうとする
一馬。
「待て!!」
熊虎が声をかけ
すたすたと
一馬のもとにいった。

そして、一馬を見て
抱きしめた。

熊虎は一馬を抱きしめた後
すぐに離して
「よし!」といった。

「よし、行け!」
一馬は、じっと熊虎の顔を見て
また敬礼をして
「はい!」と答えた。
そして
家を出た。

エマは「行ってらっしゃい」と
声をかけた。
そして、門の外まででた。
その後ろ姿を見送るために。
「行ってらっしゃい!!」
エマはまた声をかけた。
「エマ?」エリーたちがエマのもとに
集まった。
みんなが一馬の後姿を
見送った。
エマ泣きながらエリーを見た。
エリーはエマにキスをして抱きしめた。
熊虎はじっと
息子の後姿を見送った。
****************
ごちそうさんもそうだったけど
こういうシーンは
たまりませんね・・・。
別れの悲しみは本当につらいと
思います。
無事で
無事で・・と思うのですね。

熊虎の本心は
あの言葉です。

生きて帰ってこい。
臆病者と言われてもいい
卑怯者と言われてもいい

その通りです。
一馬の反抗してきた
熊虎への思いは
ほんとうは深いものがあった
わけだったけど・・
それ以上に男親ならなかなか言えない
ことばを熊虎は
いったのですね・・・。

臆病者と言われてもいい
卑怯者と言われてもいい・・・。
生きて帰ってこい。

朝から

泣きました・・。

++++++++++
で?
生きて帰って来るのかな?