親思う心にまさる親心5
エリーは熊虎に オールド
ラング ザイン(日本名蛍の光)
の歌詞をわたした。

熊虎に歌の意味を教えた。
「大切な人と再会して乾杯しましょうという
歌です」とエリーは言った。

「この歌を歌って下さい。」

「なんでおらが???」

「熊さん、一馬に本当の気持ちを
言わないから。
だから、その気持ちを表したこの
歌を歌って下さい。」

あまりの要求に熊虎はこのご時世
に英語の唄なんぞ無理だという。
英語でなくても本心はいいたくない
らしい。
「マッサンに相談したのか?」と聞く。
マッサンは確かに
「それは無理だ」といった。
「蛍の光ならまだしも・・・。
オールドラングザインなど無理だ」と
言下に言った。

それでもエリーはお願いマッサンと
頼み込んだ。

「あかんあかん」といった。

「ほらみろ、やっぱりそうだ。」
と熊虎は納得した。

それでもエリーは頑固なのよね。
「私たちは蛍の光を歌う。
熊さんだけがオールドラングザインを
歌う・・」と提案したものだ。

「そしたら特高にもきづかれ
ないと思う」とエリーは・・
またまた難しいことを言う。

「ダメだ!!
そもそもこんな歌を歌ったら
一馬の決心が鈍ってしまう。」
熊虎は歌詞カードを
丸めて捨てた。

エリー・・ちょっと
難しい要求だったね。

研究所でのブレンダ―の
実習も終わりとなる。
政春は一馬の作った原酒は
ハイランドケルトには程遠いが
スモーキーフレーバーの立たしかた
葡萄酒に似たエステル香の残し方
も方向性は間違ってないと
いった。
鐘が鳴った。
終業の鐘だった。

「じゃ、続きは帰ってからじゃ。
戦地に行ってもウイスキーのことは
わすれたらいけんぞ。」

「はい・・・。」

一馬は、フラスコをもってきた。
そして政春にいった。

「これ・・」と政春に差し出した。
ウヰスキーにあう小麦の品種改良をと
おもって5年前から研究して
いたという。
「農業試験場に勤めている
先輩に協力してもらって
でんぷん質のおおい品種を造ろうと
交配を続けてきました。」

政春は驚いた。

「いろいろお世話になりました。
社長には感謝します。
借金に苦しんでいた親父や姉ちゃん。
腐っていた俺を立ち直らせてくれたのは
社長です。

ほんとうにありがとうございました。
この御恩は死んでも忘れません。

社長のおかげででかい夢をみることが
できました。

いつか世界に誇れるメイドインジャパンの
ウヰスキーを作ってください。
俺の夢は社長に託します。
長い間、ありがとうございました。」

政春はじっと聞いていたが
一馬の襟首をつかんでいった。
「この種はお前が負け。
おまえがまいて
おまえが育てて
おまえが刈り取るんじゃ。」

「無理です・・・」泣きながら
一馬が言う。

政春はその瞬間一馬を投げ飛ばした。

「何が無理なんじゃ!!」

一馬は泣きながらいった。

「怖いんです。
覚悟なんかできてない。
怖くて
怖くて
今すぐに消えてなくなってしまいたい
ぐらいです。

死にたくないのです!!」

「一馬ようきけ。
おまえは死なん。
おまえは生きて帰って来るんじゃ。
ちゃんとせい。
おまえはわしの
一番弟子やろが」
一馬を抱きしめた政春が言うと
一馬は大声で泣いた。

その様子を廊下でエリーは聞いていた。
エリーも泣いていた。

熊虎が囲炉裏端に座っている。
そこに出征のタスキを付けた一馬が
やってきた。
いよいよ、工場で壮行会が
おこなわれる。

工員や、社員たちが倉庫のような
ところに集まっていた。
ハナが一馬を連れてきた。

進も来ている。
みんな拍手をした。
一馬は前にたった。
政春は挨拶をした。

「みなさん、きょうはわざわざありがとう
ございます。

じゃ、一馬?」

うなずいた一馬。
「本日はお忙しいなか
ありがとうございます。
千人針もありがとうございました。
明日の朝、晴れて出征することになり
ました。
エマはしっかりと笑顔で見つめていた。
お国のため
皆さんのため
精一杯働いてきます
今後とも
父のこと
姉のこと
どうか、
よろしくお願いします」

そういって頭を下げた

「いいぞがんばってこい」
拍手がわいた。

政春は
「では一馬のためにみんなで歌おう」
といった。

「森野一馬君の出征を祝し
蛍の光斉唱!!」

~蛍の光、窓の雪・・・
文読む月日…重ねつつ・・~~



進は
「森野一馬君
万歳」と
音頭を取った。
みんなで三唱した。


「ありがとうございます。」

そういって
一馬は帽子を取って
「いってまいります」と

凛々しくいった。

拍手が沸いた。

政春は熊虎にちかづき
「最後に一言を・・・」と
うながした。

紋付羽織はかまの熊虎は
少し前に出て
一馬を見た。

ハナは心配そうに「お父ちゃん?」といった。

そして袂から
あの歌詞カードをだした。

~~
シュド ビ オールド アクウエイタンス・・
彼の歌詞カードは
カタカナで書かれている。
以下のとおりである。
Should auld acquaintance be forgot,
And never brought to mind?
Should auld acquaintance be forgot
And auld lang syne?

政春は驚いて「熊さん、熊さん」と
いった。
俊夫も政春もあわてて
倉庫のドアを閉めた。

熊虎は意に介すことなく
どうどうと歌っている。

一馬は熊虎の顔をじっとみた。

政春は
歌詞を大きく書いた紙を
はり、エリーはオルガンを弾いた。

For auld lang syne, my dear,
For auld lang syne,
We'll tak a cup o' kindness yet
For auld lang syne.

そこにいた人たちによる
不器用な英語の歌が歌われた。
歌の意味は・・・
再びあうことになったら
一緒に乾杯をしよう!
・・
このご時世に・・・
人の心はどんなご時世でも
変わることなく、いとしい人と
別れることは、
将来必ず会えることだと
信じたいのだ・・・。

そして

万歳
をまたみんなで
三唱した。
*****************
口では
お国のために戦って来いと
いっても
心は大事な息子を失いたくない
熊虎だった。

この不器用な英語の歌を
ドアをしめて
外に漏れないように
歌う時代の恐ろしさを
二度と繰り返してはいけないと
思った。
おりしも武蔵が発見された。
戦争を美化してはいけない。
アメリカの空母に比べたら
どうなんだろう?
ぎりぎりの資材と国力を投入して
やっとできあがった日本の
軍艦と豊富な資材と資金力を持つ
アメリカの作った空母とは
比べ物にならない。
戦争はお互いの力をいかに潰して
いくかである。
まず国の底辺である庶民から
潰されていく。このドラマの庶民の
生活の頭の上にも爆弾が
ふってくる。
軍と軍の戦いではない。
敵国の力である庶民の暮らしを
少しでも壊したものが勝ちという
のが戦争である。
人の命が国の防護壁となる。
かつて日本に、こんな時代があった
わけだ。
武器を作る鉄もなくなり、もともと
地下資源が少ない日本である。
鉄鉱石が足りなくなり、弾を作ることも
できず、ゼロ戦にのった若者は
その命を鉄の代わりの弾として
敵艦へ突っ込んで行った。
いまでいう
自爆テロもどきである。
それを国のトップが自分の立場を
守るために国民の命をむざむざと
お国のために捨てろと
言ったわけだ。
戦争は狂気だというが
その通りである。