親を思う心にまさる親心3
出征まであと二日となったある日。
家族写真を撮る予定の森野家。
熊虎は写真屋を呼んできた。
研究所では
一馬はテイスティングを政春に習って
いた。
「のど越しやハナに抜ける香りをじっくり
嗅ぎわけるんじゃ。」

一口、口に含んでふっと抜ける香りを
かいだ一馬は「華やかで・・」と感想を
いった。「この原酒の樽は新樽ですね」と
いった。
政春は「正解」と答えた。
一馬は笑顔になった。

そこに熊虎が来て「早く早く」と
いう。
写真屋が来たので早く来いという。
政春は森野家だけでというが
マッサンも家族のうちだと
いって、写真に納まることに
なった。
エマは暗い顔をしている。
俊夫も熊虎にからかわれて
「わしは入りません」というが
ハナが「冗談だから」と
いって気分をとりなした。
カメラマンが「笑って笑って」という。
エマは「なぜみんな笑えるの?」と
聞いた。

「しょうがない、エマは笑わなくていい」と
熊虎が言う。
いい写真が撮れたと
写真屋は喜んだ。

「昼休み、時間とれない?」とエマは
一馬に言う。

樽の倉庫でエマは待っていた。

「エマ?」一馬が声をかけた。
エマは、「逃げよう?
一緒に逃げよう。
戦争のないところならどこへでも
いこう。」といった。

「戦争のないところなんかどこにも
ない。仮にあったとしても逃げる
わけにはいかない。」
「なんで?」
「これは、この時代に生まれた俺の運命
なんだ。
人は運命から逃げることはできない。」

「じゃ、一つだけ教えて。
私は一馬さんのことが好き。
今もこれからもずっと変わらない。
どう思っているのかはっきりと
聞かせてもらいたいの。」

「・・・
もう行かないと・・。」
一馬は答えない。

エマは「聞かせてお願い」といった。
「エマ・・・
俺は戦争に行くんだ。」

そういって、エマから去って行った。

エマは声をあげて泣いた。

政春は研究所で待っていた。
「続きをお願いします。」

「次のサンプリングを」と
政春がいうと

オルガンの音が聞こえてきた。

ふと手が止まる一馬。

オルガンはエマだった。
音楽は「蛍の光」・・・。

ではなく、「Auld Lang Syne 」だった。

ハナはチエに千人針をお願いに
きた。
中島宅には進と熊虎もいた。
千人針は弾除け。
これがあれば一馬は無事に帰ってこれる
と進は喜んだ。

「生きるか死ぬかより大事なことは
この戦争に勝つということだ」と
熊虎は言った。


ハナが家に帰るとオルガンの音が聞こえて
のぞくとエマが泣きながら弾いていた。

森野家では俊夫とエリーがいた。
俊夫が「どうだった?」と
聞く。
「何とか間に合いそう」とハナは答えた。

「間に合うって?」
とエリーが聞く。

ハナはあわてて、「オルガンはエマなの?」
と聞いた。
「蛍の光か…」
「別れの曲だね」と
俊夫ととハナはいった。

「違う。
エマが引いているのは
Auld Lang Syne。
スコットランドでは親しい人
との再会を祝う歌なの。」と
エリーは言った。

「一馬に生きて帰ってきてほしい。
また会いたいと願っている」とエリーは
エマの気持ちを言った。

エリーは「私もエマと同じ気持ちだ」と
いった。「一馬とはまた笑顔で再会したい
と思っている」といった。

ハナは「わたしもエリーさんに千人針を
頼みたい」といった。
エリーに千人針のいわれを話した。
これをおなかに幕と鉄砲の弾が
当たらないと言われていると
説明した。
「一馬が戦争で戦う相手はエリーさんの
国の人かもしれないし。
申し訳ないから頼むのよそうと
思ったけど・・。」

「エリーさん、無理せんといてください。」と
俊夫は言った。

「無理にとは言わない、だけど・・・」とハナが
いうとエリーは「千人針は私も縫うから」といった。

「一馬に鉄砲の弾が当たらないことを
祈って縫わせてください」といった。

ハナは「どうもありがとう」といった。

熊虎はバリカンを貸してくれと
中島に言った。
一馬の頭を自分が借り上げると
いった。

中島は新聞を読みながら
「ついに大学生まで戦争に駆り出されて
山本五十六は英霊になってしまうし
アッツ島は玉砕。
イタリアは降参。
日本は本当に勝てるのですかね?」

中島三郎は頼りなげに言った。

熊虎は立ち上がって新聞を
とりあげ、「日本は勝つ。
勝つに決まっている。
でないと一馬は何のために
戦争に行くんだ???

今度そんなこと言うとウイスキー樽に
詰めて余市川に頬りこむぞ。」

そう怒鳴った。

家ではエリーが千人針を縫っていた。

政春は「ただいま」といって、
「千人針か・・・」といった。

「泣いても笑っても明日の朝には出征だ。
わしらだけでも笑顔で見送って
やろう」と政春は言う。
熊虎は家に帰ると
窓から一馬の姿を見た。
しかし・・・家に入らずに
空を見上げた。
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熊虎の家族を思う気持ちは
大きい。
日本が勝たなくて
何のために一馬は戦争へ
行くんだ。

大事な息子を手放して
それでも日本が勝つなら
いいけど負けるなら
いったい、一馬は何のために
死ぬのかと熊虎は
合点がいかないのだ。
しかし連日新聞は日本の
劣勢を伝えていた。
日本は、まちがった国の
指導者に破滅への道を
歩かされていた。