物言えば唇寒し秋の風3

一馬が葡萄酒づくりに取り掛かって
10日たった。

その過程での提案を政春に
した。
「酒石酸は樽の中に入れた葡萄酒が
冬の寒さで沈殿分解することで
直接採取できますがそれでは冬が来る前に
納品することは不可能です。
そこで脱酸用の石灰を入れ人工的に
酒石酸カルシウムをちんでんさせ
採取してみようかと。」

政春は、「じゃけど脱酸用石灰では
溶解度が低いだろう?
うまいこと溶かせるんか?」と聞く。

一馬は「一度には無理なので少しずつ
何回かに分けて溶かしてみようかと
ただ一つ問題があって、飲み物として
葡萄酒は酸味のない飲み物になって
しまい、うまいものにはならないと
思います。」

一馬はその葡萄酒をグラスについで
政春に渡した。

「ああ、それはかまわん。
もともと海軍さんがほしがっとるんは
酒石酸じゃ。酸味の抜けた葡萄酒は
まぁ、甘味料を足すなどして工員さん
たちに分けてあげてもいいしのう。」

それで石灰をいれることで話が
ついた。

そこにエマが勤労奉仕から帰ってきた。
いきなり、エマが現れたので
驚く政春。
「どうしたんじゃ?」
と聞く。(あたりまえだね)
エマは一馬の助手をしているといって
割烹着をだした。
「どういうことじゃ?」と
今度は一馬に聞いた。
「いや・・・それは・・そのぉ・・」

エマは「助手というのは冗談。
気晴らしに見学させてもらってるだけ」
という。

政春は、「気晴らしに、葡萄酒づくりを???」
とまたわけわからない。
エマは、「かってでしょ。
さぁ、邪魔だから出て行って。」
ときつく言った。

エマは「夕ご飯は先に食べてて。
もうしばらくここで見学している
から・・」と言って政春を追い出した。

「おい・・おい・・」と
政春は部屋から追い出されて
あっけにとられた。
何が起こったんだ?と
いぶかしそうに部屋の中をのぞいた。

エマは、なんだか髪の毛にかわいい
髪留めをしていた。

昼ごはんは、森野家と一緒
にその話でいっぱいだった。

エマが夕方になると一馬の研究所に
きていること。
どうやら毎日だと俊夫が言う。
エリーは帰りが遅い理由がわかった。
で、エマはそこでなにをしている
のかと、みんな不思議だった。

熊虎は、「わかってねぇな、おまえら」という。

「エマもそういう年頃になったって
ことだべ。」

つまり、恋愛をする年頃である。

エリーも政春も驚いた。

「いつまでも子供だと思っている
のは親だけだ。おらだってハナを
子ども扱いしていたから」というが。

ハナは小さい時から掃除、洗濯、料理
をしていたという。時には耳掃除まで
させられたと文句を言った。
どこが子ども扱いだというのだ。

俊夫は耳掃除と聞いて、自分はしてもらって
いないから、今晩してくれという。

「いやだね」とハナはいった。

政春は「問題は、エマが一馬を好きだというの
か?ということだ」という。
「まさかそんなことはない」と
政春とエリーは笑った。

熊虎は「じゃが年頃の娘がブドウが発酵して
行くところを見て面白いと
思うのか?」と聞く。

つまり一馬のそばにいたいだけだ。
といいたいのだ。

俊夫は仮に熊虎の言う通りのなか
だったらもうすでに二人は耳掃除を
する仲になっているのかと
大声で言う。

政春は、「ちょっと待ってくれという。
エマは女学校を出たばっかり
だ。」と反論。

熊虎は、「女学校を出ずに嫁に行く
娘もいるではないか」と反論。

俊夫は「一馬とエマがそういう仲になって
いるのだったら、
一石二鳥だ」という。
「後継者問題が解決した」ということだ。

つまり二人が一緒になったら一馬は政春の
義理の息子だと熊虎は念を押した。

政春は「そんなに簡単に言わないでくれ」と
いう。
熊虎は「そうなったら万々歳だ」という。

「ただ大きな問題が一点」と
俊夫が言う。
「一馬が政春の義理の息子になったら
わしとお坊ちゃまが親戚関係になる
ということだ。
今までお坊ちゃまと言って距離を取って
きたけど、親戚になるとややこしくなる
という話だ。
たとえば
こら政春
しゃんとせんか、政春。
おまえは小学校の時にわしを
柔道で投げ飛ばしたことを
いまだに自慢に思っているのか?
どうなんじゃ
政春!!!
・・・・・・・・・・・・・・・
っていえるか?」
と俊夫はハナにいった。

「今まで通りでいいんでねぇの?」
とハナ。
「ガキの頃に投げ飛ばされたことを
いまだに根に持つか???」と熊虎。

「かわいそうに・・・いまだにひきづっている
のね。」

政春はそれよりもエマのことが
気がかりになっている。
「確かに一馬がエマの婿になったら
わしにとっては都合のいいことだろう。
だけどエマはまだ子供だ。
そもそも本人同士がどうなのか
わからないのに?」

「聞いてみたらどうでがんす?」と
俊夫。
熊虎も賛成した。

夕飯時、エマの分の夕飯に布巾を
かけるエリー。

エリーも、政春の言うとおりに
エマはまだ子供だといった。
そんなこといちいち聞かなくても
いいことだろうと二人は
結論を出したが・・。

そんなとき、その二人が肩を並べて
歩いていた。
一馬がエマを家に送り届ける
ところだった。
もう家の前だけど。

「また明日もお邪魔するわね」と
エマが言うと
「勉強でもしたほうがいいのでは?」
と一馬がいった。

「何でそんな意地悪を言うの。」
とエマは言い返した。
「一馬さんのバカ!」といってエマは一馬の
うでを押した。
その力に押されて後ろに下がって
しまった一馬は
「やったなぁ~~」とエマを追いかけたが

エマは走っているときに一馬が置いた
鐘を入れた木箱に足を取られて
ころんでしまい、大きな音がした。

その音に驚いた政春とエリーは
窓を開けた。
エマはころんで倒れたので
一馬が起こした。
エマは起こされてまっすぐに一馬の
顔を見て
「好き!!!」

といった。

「一馬さんは??」

と聞くと

窓があいて、「なにしとんじゃ?」
と政春とエリーがでてきた。

「ちょっところんだだけ。
じゃまた明日ね~」とエマは
何事もなかったかのように
手を振って家に入っていった。

ぽかんとする政春とエリーに一馬は
鐘を入れた木箱をわたして
帰って行った。

夕飯を食べながらエマは
まさか自分たちが注目されて
いるとは知らずに、無邪気に
「実験うまくいったよ」と報告を
した。
残った葡萄酒は砂糖を入れたら飲めるものに
なることも報告した。

政春は「それはよかった」といった。

エマは相談があるという。
「勤労奉仕をやめていいかな」といった。

あくまでもいじめられていることは
伏せていた。
「お父さんの軍需工場を手伝うと
言えば許してくれると思うの」と
いう。
「かまわないが、なぜ?」
「言いたいことも我慢するより
そのほうがいいし、人手不足
だろうから」という。
仕事は事務ではなく俊兄や一馬と
一緒のものをといった。

政春は驚いたが、エリーは「無理だよ」と
はっきりいった。

しかしエマは自分と同じ年頃の女性も
働いているのでできるという。
「やりたいことはやれって言ったでしょ」と
エマは主張した。
政春はあくまで
「なぜ、そのような状況展開になる
のか」と聞いた。

エマは、「正直に言うと一馬に恋を
している」といった。

「恋?」

あまりのことにエリーも政春も
話ができない。

エマは、「一馬さんはどう思っているのか
わからないから。温かく見守って
ください」といった。
そしてお茶を飲んで部屋に帰って行った。
二人はだまったまま顔を見合わせた。

エマはその日の日記にこう書いた。
「一馬さん野葡萄の発酵実験12日目。
ついに一馬さんにI love you,と告白
してしまった。
一馬さんは少し戸惑ったようだった。
だけど、決して迷惑という態度はしめさなかった
ように思う。」

翌朝、会社に出た政春はもう一馬が
働いているのを見て
陰に隠れた。
そっとガラス窓から覗くが
どうなんだろうと声をかけづらい。

その時、「できた!!!」と
一馬の声がした。
驚く政春を一馬が見つけて
「マッサン来てください、早く」と
いった。
酒石酸がとれたのだった。

「石灰をほんの少しずつ30回ぐらい
に分けて溶かしてみました。」

昨夜は徹夜だったという。
「始めたら夢中になってしまって
気がついたら朝でした。」

政春は、「あはははは…と笑って
ご苦労さん、さすがわしの後つぎ候補」と
いった
「後つぎ???」
と一馬は聞き返した。

政春は、「いや・・あの、その・・」
と、しどろもどろになった。

エマはいつもと違って楽しそうに
ミシンを踏んでいた。
笑顔だった。
よしえは「もう明日から来ないのか」と
聞く。
エマはやめるつもりだからだ。
「ずいぶんとたのしそうね」とよしえ。

「私ね、恋をしているの。
すごく楽しいから。
よしえちゃんも、するといいよ。
きっと生きていることが楽しくなる
から。」

さて、一馬は・・・。
政春は昨夜エマから一馬が好きだと
いったこと、これは恋だといっていたこと
を一馬に言った。
「エマの気持ちは知っていたのか?」
「はい・・・・。」
「一馬は・・えっと・・どう思っているのか?
どうなんだ?」

一馬は黙っていた。



「こんな時代に女性を好きになるなんて
不謹慎だし、相手は社長の娘さん
だし・・・」

「一馬もエマのことを好きなのか?」

「はい・・・・」

「ええ加減に中途半端な気持ちでは?」

「違います!!!」

エマは、笑顔でミシンを踏んだ。
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恋っていつでもどこでも
誰とでもできるものなんでしょうかね?
エマは楽しそうです。
あんな笑顔のエマって珍しいです。
しかしエリーはうれしそうでは
ありません。
どうなるのか??
この時代の恋は??