子に過ぎたる宝無し3
「鴨居商店継ぎたくないのか?」
政春が聞くと
英一郎は「父は弟にでも
継がせようと思っている
はず」と答えた。
「午後からの麦芽づくりは休んでも
いいですか?」
「興味ないのか?」
「ある程度理解していますから」と
英一郎は言う。
そして麦芽の発芽までの過程を
滔々と話した。
本を読んで覚えたという。
政春はシャーレを見せた。
中は水に浸っている大麦である。
「これは何かわかるか」と英一郎に
きくと正しく答えた。
政春は、その一粒をとって
壁に潰すようにこすり付けた。
すると柔らかくなった麦は
後をのこして消えていった。
「壁に線ができるくらいが
ちょうどええんじゃと
スコットランドで教わった。」

政春は言った。
「麦は生き物だ。
実際にやってみることで数字では
わからないことがいっぱい見えてくる。」

英一郎はあっけにとられて
聞いていた。

が、真顔になっていった。
「何が言いたいんですか?」

政春は大将のように言った。

「やってみなはれ!!!」

「皆さんにご迷惑をおかけする
気はありません。
この会社にいつまでいるのかも
わからないし・・・」

そういって英一郎は立ち上がり
「失礼します」と言って
去って行った。
政春はその後ろ姿をじっと見た。

「大将が嫌い?」
「あれは尋常ではない。」

政春は家でエリーに英一郎の話をすると
エリーはびっくりした。

エリーが今日の弁当は
英一郎がつくったと
いうと政春はびっくりした。
そして彼の母親は
10年前に亡くなったことも
エリーは話した。
初めて聞くことだった。

秘密基地では鴨居が
昔の家族写真を見て
「どこでどう間違えたんや」と
つぶやいた。

一方、台所をするエリーの後姿を
じっと英一郎は見ていた。
それが母親とかぶった。

エリーがふりかえるとじっと
見られていたので、びっくりした。

「お手伝いします。」
「あとは魚、焼くだけだから」と
エリーが言うと
英一郎は魚を焼きはじめた。

そこへ政春がやってきた。
英一郎が手伝ってくれているので
よろこんだ。

そこへキャサリンがやってきた。
「えらいこっちゃ、えらいこっちゃで~」
「どうしたんですか?」と政春が聞く。
「こひのぼりが・・・
こひのぼりが・・・

とにかく来て、あ、学生さん
あんたもやで。」
「僕も????」

「みんな急いで。
エブリバディー
ハリーアップやで!!
エリーはぼちぼちでええからぁ
・・・ね?」

そういって、来てというので
三人はこひのぼりにいった。

真っ暗な店。

「春さん、秋ちゃん!!!」

声をかけたが静かだった。
しかも真っ暗。

誰のいないなんてとエリーが言うと
急に電気がついた。

「せ~~の!!」
キャサリンの合図でマカナイのカウンターから
梅子、桃子、キャサリン
好子、巡査・・・が顔を出して

「おめでとう!!!」

といった。

垂れ幕には
マッサンパパ
とか書いてある。

みんなでエリーの懐妊の
お祝いだった。
みんな拍手した。

初めて知った英一郎は
びっくりして

「ええ??ほんまですか?」

と聞く。

「あんたそんなことも知らんと
下宿しとったんかいな」と
キャサリンに言われた。

英一郎は「知らなくてすみま
せんと」いう。

政春は、「誰にも言うてなかったんやから
当然だ」といった。
「みんなで乾杯をしよう」と
キャサリンは言った。
エリーはお茶だった。

「では、エリー、マッサン
コングラチュレーション!!!」
「サンキュー」とエリー。
「サンキュー」と政春。

梅子はおしめをくれた。
桃子は腹巻をくれた。
好子は安産祈願のお守りをくれた。

子供産むとみんなが喜ぶ。
子供がいると楽しいと
みんなが言う。

英一郎は「きれいごとや」といった。
「そうではない家族もいます。
失礼します」と言って帰ろうとした。

キャサリンは止めた。

政春も、この人たちは家族のような
人たちだから、うちで暮らすという
ことはみんなと仲良くすることだと
いった。そして座るようにいった。

エリーも英一郎を見た。

春さんは「子供の名前は決めたか」と
聞く。
「まだ先だから」というが
「男だったら太郎
女だったら花子・・・
でいこう。」

「なんでお父ちゃんが決めるの?」
「しかも適当やな」という。

「どっちに似た子になるかな?」

「エリーちゃんに似た子だったらいいな。」

「色白な金髪やったら
英語の名前かな?」

「そもそもその子は何人かなぁ??」
と巡査は言うが

春さんは「そんなことはどうでもいい」と
いった。

すると英一郎は「どうでもよくないです。」
と大声を上げた。

政春は驚いた。

「いじめられるでしょうね。
この国では。
日本は島国やから
肌の色や髪の毛の色が
違うと偏見がある。
エリーさんも日本に来てそういう
経験をしたのではないですか?
人との違いを受け入れたがらない
人たちから。
コドモは残酷です。
日本人とスコットランド人の間に
生まれた子に対しておまえ
何人やて・・・いうでしょ。」

エリーはうつむいていた。
政春は真剣に話を聞いた。

「みんなきれいごとです。」

場がしーんとした。

「そのとおり・・・」

エリーが言った。

「英一郎は生まれてくる子供のこと
心配してくれた・・・。

以前、その話で
私たちがその子を
愛していたら、きっと
何があっても大丈夫だと
結論をした。

私たちたくさん、たくさん話した。

でも、英一郎は偉い。」
「僕のどこが偉いのですか?」
「日本人は思っていること
言わない人いっぱいいる。
でも英一郎は私たちの子供のこと
心配してくれた。
ありがとう。」

「エリーさん・・・。」

キャサリンは、
「エリー、大丈夫や。
もし、エリーたちの子供がいじめられる
ようだったら
うちらが黙ってへん。
なぁ、春さん。」

春は、「あたりまえじゃい!!
わしがいじめたがきのところへ
怒鳴り込んで雷をぴかぴかと
落とすから」と
いった。

みんな笑った。

巡査は、「わしがそのがき、逮捕したる」
といった。

「いや、いや逮捕はできへん。」
とキャサリンが言った。

みんな笑った。
楽しかった。


「みんな、ありがとう。」とエリーが言った。
「ありがとうございます」と政春が言った。

すると
英一郎が泣き出した。

「どうしたんじゃ?」と政春。

エリーは英一郎の後ろに
まわってそっと
だきしめた。

英一郎はずっと孤独だったのだと
エリーは思った。
エリーには英一郎の胸に広がるさみしさが
ひしひしと伝わってきた。
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そうなんや・・・
二世はかわいいのだけど
この時代は
受け入れられなかったんや。
よくアメリカで黒人差別が
問題になっている話をして
そんなあほなと思ったものだが
実際、色の違う人を見たら
びっくりしたことがあった。

いまは、世界が狭くなったから
外国人を見ても驚かないけど
この時代は、まだまだ、めずらしくて
二人は話し合って
いじめられることを覚悟で
子供を育てようと
結論したわけだ。

英一郎は、正しく世の中の話をした。
いじめられるでしょうね・・・。

目の青い赤ん坊など
差別の標的になる。
でも、みんな守ってくれると
いってくれた。
これは、ありがたいことだった。

で、英一郎の涙は何???