虎穴にいらずんば虎児を得ず5
野々村から住吉学院の化学の
先生のあきがあると言われた政春。
月100円の月給はすごい。
大学卒でも50円の時代である。
春さんは、すぐに就職しろという。
しかし、なぜか政春は腰が重い。

秋はそれよりもエリーがせっかく用意した
お座敷を台無しにしたことを怒った。

春さんは、それはいいという。
「男には意地がある。鴨居なんかに頭を
さげんでいいといった。
それよりもエリーちゃんを楽にさせて
やれ」といった。

亀山家では三人の奥様とエリーが
下駄の鼻緒の内職をしながら
月給100円なら就職するべき
だとにぎやかに話をしていた。

エリーはいまいち乗り気ではない。
政春がスコットランドで学んだこと
を、生かしたいと思っているから
である。
「なんでそんなにかばうの?」と桃子たちが
聞くと
エリーは「そんなマッサンが
好きだから」と、当然のことを言う。
この時代の女性たちは愛しているから
結婚という道を歩いてない場合が
おおくて、梅子も桃子も
照れくさそうにした。
エリーは「マッサンにしか作れない
ウヰスキーがきっと作れると
思っているから・・ね?」

それがエリーの信念であった。

鴨居商店の社長室では
嶋田物産の山之内という
人がウイスキーづくりの技術者の件で
来ていた。
どうやら、欧州に何度もいっている
貿易会社の社員で信頼できる男がいると
紹介してくれた。

「いつでもお引き合わせします。ただ・・
詳しいことはよくわからないがその
男の話では
二年ほど前にスコットランドまで
ウヰスキーの作り方を勉強しに行った
日本人がおったそうです。
偉い熱心に勉強してスコットランドの
ウヰスキー業界でも有名やったとか。
名前が確か・・・亀・・・」

「亀山政春?」

鴨居がいった。

山之内は「よく御存じで」と驚いた。

「その男なら日本でも作れるんや
ないかというてました。」

鴨居は思いがけなくここでも
亀山の話を聞いて驚いた。

山之内は「話を聞くだけでも
いいかもしれませんよ」といった。

政春が家にもどると
エリーが歌を歌っていた。
The water is wide, I cannot cross o'er,
But Neither have I the wings to fly.
Give me a boat, that can carry two,
And both shall row, my love and I.

河が大きくて
愛する人と会えないという悲しい歌だった。

そのころ
亀山は思い出していた。
子供のころみた洋酒の美しさ。
アンドリュースが言ったこと。
日本で日本人がウイスキーを作るなんて
絶対不可能だと。

そして、政春が言ったこと。

「わしはのう、あんたのいいなりに
なる気はありません。」

それらをじっと考えていた。

政春も、これからのことを
思った。

ここらで決着をつけようと
「ただ今」といって家に入った。

「おかえり、すぐごはんにするね。」

政春は、「決めた」という。
「やってみようと思う」といった。

エリーは「鴨居商店で?」と聞く。
学校の先生をである。
政春は「食べないといけないし
家賃だって払わないといけない。
服だって買わないと・・・
月給100円だったらためて
ウヰスキーをつくる会社を
作る資金を作るんだといった。」
(かなりややこしい表現になった・・)
エリーは「何十年かかる?
ウヰスキーを作る前に死んでしまう」といった。

「わしはこれ以上エリーを苦しめたく
ない。嫁さんを食わしていかないと・・」

「わたし、お金ない、仕事ない・・いままで
やってきたから。」

政春はエリーがなぜ反対するのか
わからない。
なぜ反対するのかと聞くと、
「逃げるな」と言われた。
政春は、「自分だってこれでいいと思って
いない」と怒鳴った。
「だけど、どうすればいいんじゃ?」
情けない顔で政春は言う。

エリーは、「もうしらない。」といった。
「なら勝手にせい」と、どなって政春はベッドの
渕に座った。

「そういうことをいうの?」
じっと政春の背中を見ていた
エリーだが政春は反応がない。
「マッサンのあほ!!
あんぽんたん!!!」

といって、お茶の間から縁側に
でようとしたら
「あんぽんたんはどいつや?」と
いきなり鴨居がいった。
さっきから来ていたのだ。

「ああ!!大将!!」
エリーは驚いた。
エリーは政春をゆびさした。
政春は鴨居が来たので驚いて
ベットから立ち上がって
お茶の間にきた。
鴨居はすすっとお茶の間
のテーブルにやってきて
そのうえに、巾着袋を
おいた。

「あけてみ!!!」

という。
「エリー、オープン!!」

といった。

エリーが開けると
なんと

札束の

やま!!!!

「なんですか?これ!!」

政春がきく。

エリーは、びっくりした声を
だした。

「4000円ある。」

「4000円!!!!」

「日本の総理大臣に払う給金と
おなじとはいかんが、もともと
スコットランドのプロに払うつもりで
用意していたぜにや。
これ、一年分先払いしたる。

マッサン、

鴨居商店の人間になれ!」

政春は鴨居を見た。
そしてエリーを見た。

エリーは、じっと政春を見た。

「何で今更?」と政春が聞く。

「金魚のお告げや~~~~~」と
鴨居は手を合わせて目を閉じた。

「わてにはおまえの技術が必要や。
日本でウイスキーが作れるのは
おまえしかおらん。
それに、おまえこのあいだいいおったな?

あんたの言いなりになるつもりないと。

その頑固さが欲しい。
癖が強くてとんがっていて
わてのすることにいちいち疑って
かかる頑固な男が未来の鴨居商店には
必要なんや。

おまえが加わることでうちには
必ず化学反応が起こる。
鴨居商店はますますおもろい
会社になる。

わかってくれたか?」

政春は下を見て考えた。

「わてにはおまえが必要なんや。」

エリーはじっと政春を見た。

答えの出ない政春にエリーは
やきもきした。

「ついてこい!!」

鴨居は帽子をかぶって外へ行った。
政春はついて行った。
「エリーちゃんもおいで!!」
エリーも続いた。

ついたところは、事務所のような、工場
のような・・・
「ここは?」
「わての秘密基地や。」

本棚には、政春の持っていない地質学や
蒸溜技術の本であった。
「何故これをもっているのか」と政春は
疑問だった。

鴨居は「大阪高等工業の教授に頼んで手に
いれたんや」とあっさりと答えた。
日本語訳もある。
政春はふと樽を見た。
「これは??」
ほこりをかぶっている。

「昔、太陽ワインを売り出す前に使い物に
ならない、アルコールを入れてほって
おいたら・・・二年前に思い出して
なかを開けたら全く別物になっていた。
良質のアルコールになっていた」

「どうして?」エリーが聞く。

政春は「木の樽に入れると
木の成分や自然の力でアルコールが変質
するんじゃ」といった。

「その通り、まさにウイスキーの熟成と
同じ理屈や」と鴨居が言う。

「実はこの間のウイッキーの原酒は
これなんや。」

企業秘密といった原酒の正体である。

鴨居は二年前にこの樽の酒を飲んだ時
目覚めたという。
時間をかけて熟成する酒をつくりたいと。
「まるで魔法や
神の御業や!!!

わてもいつかウイスキーを作ってみたい。
これがウイスキーを作りたいと思った
原点だ・・。」

エリーは政春に
「やってみなはれ」といった。


政春は、鴨居に言った。

「本気なんですね?」


「二人でメイドインジャパンの新しい
時代を作ったろうやないか。」

鴨居は右手を出した。

政春は「お願いします」といって
鴨居の手を握っておじきをした。

「おおきに・・・」とエリー。
エリーはうれしくて、政春に
キスをした。

すると鴨居は自分もここにと
いう。
「だめですよ」、と政春。

笑い声が上がった。

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鴨居が政春を認めた。
政春も、鴨居を認めた。
この流れがないと、政春が
ウヰスキーを作る作業のたびに
鴨居とぶつかる。
これで鴨居は政春を認めた故に
ウヰスキーへの道が開けた。
ピート臭がどうのという
問題は小さなことだった。
政春も鴨居を認めた故に
彼の道も開けた。
長年の夢であり
スコットランドまでいって
修行をしたウイスキーづくりへの
情熱が一歩結実した。

頑固で何の役にも立たない
政春がやっと自分の目指す道を
手にいれた。

就活中の若者さんたち。
何を目指すかをとりあえず決める
事が大事ですね・・。
この会社で何をしたいのですかという
あほな質問は気にしないほうがいいと
思います。
息子が就活中でいろいろ愚痴を聞くもので
して・・・。
若者に夢を・・
若者に、職を・・・。