新しい家族6
「さて次は犬の兵隊さんのお話です。」

吉太郎からテルは帰ってこないと
言われた美里は傷ついてしまった。

泣きじゃくり呆然となり、犬小屋を見
つめているばかりだった。
その時のラジオのコドモの時間で
花子は犬の兵隊さんが活躍した話をし
た。
その犬に功労賞が贈られたという。
テル号の話として原稿にないことを
口走ってしまった。

「この軍用犬の中には皆さんのおうちで
飼われていた犬もたくさんいます。
そのなかのある御家で買われていたい犬
テルは戦地で元気に兵隊さんのお役に
たっています。」

美里は花子の話に反応してラジオの前に
座っている英治の膝に乗ってラジオを
聞いた。
ところが、ラジオ局では黒沢が驚いた。
どこにもテルという名前などないのだ。

美里は喜んだ。

「テル!!
テルだ!!!
テルがニュースになったよ」

★美里を元気づけようと花子はニュースの原稿に
書かれた軍用犬をテルという名前にして
伝えました。

「これにて、コドモの時間を終わります。」
有馬のアナウンスだった。
「JOAK東京放送局であります。」

黒沢は立ち上がった。
沈黙が続いた。
有馬はじっと花子を見た。
あきらかに批判的な眼であった。

「読み合わせの時と原稿の内容が
違いましたね。
テルとかテル号とか・・
問題になっても私は一切かかわり合い
になりたくございませんので。」
と立ち上がり
「では、ごきげんよう、さようなら」
と、無機質に言って帰って行った。

黒沢は花子の前に立った。

「村岡先生、お話があります。」

花子は、身の置き所がない気持ちで
「ハイ」と答えた。

ラジオ局の廊下で
黒沢は言った。

「さきほどの放送で原稿にないことを
お話されましたね。
犬の名前をテル号と・・」

「ハイ、申し訳ございませんでした。」

黒沢は「今まで花子は子供たちが
理解しやすいように言い回しを
かえることがあっても今日のように
本番で内容を変えることはなかったのに、
なぜ、テル号と付け加えたのですか?」と
聞いた。

★まさか、自分の娘を元気づけたかった
からとは
とてもじゃないけど言えません。

「本当に申し訳ありませんでした」。
「子供向けの番組であっても事実を曲げては
いけない、それが放送です。
それに政府の放送への統制が一層
厳しくなっていることは、先生もご理解
いただいていますよね。
逓信省の検閲を得た原稿を変更したと
なっては・・・」

その話が聞こえたのか漆原が
声をかけた。
「なに?
検閲済みの原稿は変えてはならないと
何十回も申し上げているのに。勝手に変えて
逓信省に目をつけられたら
私の首が・・
番組にかかわった全職員の首が
飛ぶかもしれないのですよ。」

「局長はなんて?」と漆原は黒沢に聞く。
「会議中だったので聞いてらっしゃらないと
思います。」

「そう・・
この際だから申し上げておきます。
村岡先生は我々ラジオ局の
立場を理解してらっしゃらないようだ。
いいですか?
我々は
国民に
国策への協力を促す立場に
あるのです。
先生はそういう社会的なことは
全く興味がないかもしれませんが。」

「そんなことは、ありません・・」
花子の自己弁護は通じない。

「ご婦人というものは家のことや子供の
ことで頭がいっぱいで
ほかのことは
なぁ~~んにも見ないで生きています
からねぇ~~。」

「お言葉ですが女性の関心は家の中
だけではなく確実に社会に向いて
います。」

「では、我々組織の人間の立場も配慮して
いただきたいですね。」
漆原は、最後には女性への批判発言と
なった。
黒沢は、放送の平等性を話、花子の
話を楽しみにしている子供たち
もいるから、この番組は続けて
行きたいといった。

花子は謝った。
「本当に申し訳ございませんでした。
以後気を付けます。」
漆原は、「全くこれだから
女は」。と忌々しそうに言って
去って行った。

気が重い足取りで家に帰った花子。
美里はテルの話を聞いたと
喜んでいた。
「テルは偉いのよ、戦争へ行って
兵隊さんのお手伝いをしたから
テル号という名前になったの。」

と、旭に向かって話をする。

英治もそれを見守っているが
花子の立場をなんとなくわかった
かのようだった。

吉太郎の話をしてテルはもう
戻ってこないと言われたことを
花子に話した。
すっかり落ち込んだ美里は
放送を聞いて元気になったと
いう。

「テル号はテルだと
思っているよ」と
英治。

『子供向けの番組でも事実を曲げては
いけない、それが放送を言うものです。』

黒沢に言葉がよみがえる。

美里はテル、テルと大はしゃぎをした
ので、すぐに寝てしまった。

「本当はね・・・
今日の放送でお話した軍用犬に名前が
ついていなかったの。
私が勝手にテル号と名付けたの。
ラジオを聞いた子供たちに
悪いことをしたわ。」

「確かに、犬を連れて行かれた子供
たちもテルと言わなかったら
自分の犬だと思って喜んだ
ことだろうね。

でも、美里は喜んでいたよ。
花子さんは今日美里に素敵な
贈り物をしたんだよ。
僕はそう思うな。」

英治の言葉に花子は救われた。

そして、社会の状況が
どうなってもこの子供たちの
夢だけは守りたいといった。

英治もうなずいた。

★子供はいつの時代も美しい夢をもって
います。
それを奪ってはならないと、花子は心に
誓いました。

ある日のこと。
宇田川から電話があった。
「報告したいことがあるの。
3時にかよさんの店に来て頂戴。」

「て、今日の3時ですか?」

「必ず来るのよ!」

そういって電話が切れた。

その時、醍醐亜矢子がやってきた。
醍醐も宇田川から召集が
かかったのだった。

ふたりはかよの店にでかけようと
外に出た。

子供たちが、ラジオのおばさんだ。
ごきげんようという。
花子はごきげんようと
答えた。

そのとき、空に飛行機が飛んで行った。

醍醐と花子は空を見つめた。

そして、思い出した。

ミスブラックバーン先生の言葉
だった。
あの時もここで醍醐を飛行機を見た
話をした。
醍醐も覚えていた。
『花、これからの飛行機の進歩は
この世に平和をもたらすか
戦争をもっと悲惨にするか
どちらかです。
われわれ人間は飛行機をどう使おうと
しているのか。
平和か、戦争か・・・』

「最近、あの言葉をよく
思い出すの・・・。
平和か戦争か
それは我々の上にかかっている
課題であることを
よく考えておきなさい。」
醍醐も深刻な顔になった。

かよの店にはたくさんの人が
集まっていた。
蓮子も来ていた。

蓮子たちも宇田川の話はなにかと思った。

結婚だったらおめでたいと
喜んだら
かよは、結婚のご報告にして
は地味な格好をされていますよ
といった。

宇田川は店の中央に立って
話を始めた。

「私はこのたび長谷部汀先生をはじめとする
諸先生がたの御推薦をいただきまして
ペン部隊として大陸の戦場へ向かうこと
といたしました。」

花子たちは驚いた。
長谷部は、「宇田川先生には従軍記者として
戦地に赴いていただきます。」

「お誘いを受けてすぎに決めました」と宇田川。

「日本軍の躍進ぶりを目の当たりにできる
またとない機会ですもの。」

長谷部は
「私たちのために命を懸けて戦って
下さっている兵隊さん方のことを
しっかり取材して書いてください」と
いった。


宇田川は
「はい!」と
元気よく返事をした。

周りの人たちから
声があがった。

「宇田川光代先生

ばんざーーーーーーい!!!!」
一同も

「万歳」をした。

かよの店では
万歳の声が鳴り響いた。
蓮子は、驚きの目で見ていた。

★時代は大きく動き始めて
おりました。
ごきげんよう
さようなら。
***************
漆原へは反論できない花子です。
が、漆原が「ご婦人とは家庭や
自分の子供のことにしか
目がいかないものだ」と女性のことを
批判したが、
確かに
花子は、美里のことで頭がいっぱい
だった。
だからといって、全女性が
そうだとは言えないが。
だから、漆原の批判は
ある意味的を得ている。

「これだから女は・・」という
差別はいかがなものかと思いますけどね。

そんな淀んだ気持ちのときに
宇田川からの召集。
なんと、従軍の記者をするという。
どんなに過酷な場所か・・
わかっていて行くのだろうかと
花子は思ったのでしょうか。
また蓮子もちっとも
万歳の雰囲気ではないので
このことをどう思っているのか
また来週が楽しみです。
いよいよ、お話は佳境に。
花子とアンのであいを
心待ちにしています。

しかし、いい時に出会ったわけ
ではなく、敵国語と英語が
駆逐され
おなじく、翻訳本が敵国本と
駆逐され
焼かれたエピソードがあります。
花子も国賊とののしられ
ラジオも降板します。

花子にとっては耐えがたい
時代となります。そのなかでの
アンとの出会いは・・・。

楽しみです。