新しい家族5
「この犬はお国のためにお預かりします。」
★日本と中国との戦争が長引き、
人々の暮らしの中にも戦争の
影が忍び寄っておりました。

花子も英治もテルが二度と帰ってこないことを
知っていました。

美里の愛犬テルが軍用犬として
連れて行かれた。
「テルはお仕事に行った」と英治は言った。
「兵隊さんたちを助けるために
いったんだ・・・。」

「テルはいつ帰ってくるの?」と聞かれて
英治は、「テルはもう・・・」と言葉をつぐと
花子は「帰ってくるわ」といった。
「お仕事が終わったら帰ってくるわ
テルは兵隊さんのために一生懸命働いて
帰ってくるわ」という。
美里は「いい子にしていたら早く帰ってくるわね」
と、言った。

★花子は美里を悲しませたくない一心で嘘をついて
しまいました。

その夜、寝床をつくりながら
美里はテルの話をする。
「ちゃんとご飯食べたかな?
どこにいるんだろうな?」

「海の向こうにわたるためにきっと
今頃御舟の上だよ」と
英治は言う。

「テルは兵隊さんと一緒に大きな御船に
のっているわ。」
「迷子にならないかな?」
「兵隊さんたちがついているから
心配いらないわ・・」

「よかった、テル、早く帰ってこないかな?」

美里は寝てしまった。

「どうしよう、嘘ついてしまった」と
花子は言う。
「テルが帰ってこないなんて
言えないよ」と英治は言った。

翌日のこと。
仕事をしながら花子は目を上げると
テルの犬小屋が見える。
「ただ今~~」とももと美里が
帰ってきた。
そして、まっすぐに庭に行った。

「美里ちゃん、テルが帰ってきて
いるかもしれないって急いで
帰ってきたの。」と、ももがいう。

「テル??」
犬ごやをのぞく美里。

★それから、毎日美里はテルの帰りを
心待ちにしておりました。

ある日、吉太郎がやってきた。
お土産を持ってきたので
美里はありがとうといった。

お土産を持ってくるのはめずらしいと
ももに言われた吉太郎。
上官の甥っ子が花のラジオ番組が
大好きだというので
花子のサインが欲しいという。
このくらい大丈夫よと花子は
いった。
花子はラジオ局へ行く時間と
なった。

美里は、吉太郎とお絵かきをしようと
さそった。

テルの絵である。

「上手だな」というので、美里は
「テルが兵隊さんをお助けしているところ
よ」という。
吉太郎は、事情が分からず
「テルは?」と聞いた。

美里は「兵隊さんをお助けするために
お仕事に行ったの」という。

「兵隊さんのために?おかあちゃんが
そういったのか?」と吉太郎は
合点がいかない様子で言った。

「テルが帰ってきたらいっぱいご褒美を
あげるのよ・・」と嬉しそうに話す。

ももは、吉太郎に
小声で美里ちゃんは毎日
テルの帰りを待っていることを話した。

「早く帰ってこないかな~~」と美里。

吉太郎は、
「テルはお国のために身をささげて
働いている。」といった。

「でも、帰ってくるのでしょ?」

ももは、美里に「お仕事が終わったら
帰ってくるわよ」という。
吉太郎の顔が暗くなった。

「おじちゃま?」

吉太郎は「テルが帰ってこなくても
お国のために立派につくしたという
ことだ」という。

ももは、「あにやん」と言葉を遮ったが
遅かった。

「テル・・・帰ってこないの?
やだ、そんなのやだ!!!」

美里は泣きながら走って行った。

そして英治に、声をかけた。
英治は「どうした?どうしたんだ?美里。」

と抱き上げたが美里は泣いているばかり
だった。
後を追ってきた、吉太郎は、
「申し訳ありません、自分が余計なことを
いってしまって・・」と
わびたが・・・。

ラジオ局では
花子は美里に嘘を言ったことで
気が重かった。

廊下で漆原、黒沢、有馬の三人と
すれ違った。

「ごきげんよう」と
挨拶した。

有馬は、「あんなうかない顔でごきげん
ようもないものです」といった。
漆原は、「原稿さえ読み違えしなければ
いいんだ」といった。

控室で原稿を読む花子。
どれも戦争の話ばかりだった。
そこへ、黒沢が来た。

「先生、動物のニュースです。
いいニュースですよ。」

リハーサルで原稿を読む花子だった。

「この軍用犬のなかには皆さんのおうちで飼われて
いた犬もたくさんいます。
その中である御家で買われていた犬が隠れていた
敵を見事に探しだし・・・・」と読んだところで

黒沢は、「本番もこの調子でお願いします」と
いった。


「正しい発音、滑舌に注意
一字一句正確に!」
と有馬が言った。

「逓信省の目が厳しくなって
いますからね。

原稿を正確に読むことはますます
重要です。」

「ハイ」と答える花子。

やがて、時間となった。

呆然と犬小屋を見る美里だった。
「ラジオが始まるよ」と英治が声をかけた
が、美里は犬小屋のそばから離れない。

美里にラジオの音が聞こえるように
した。

「村岡花子先生のコドモの新聞の時間で
あります。」

美里は、ラジオのそばにもいかずじっと
犬小屋を見ていた。

「全国のお小さい方々ごきげんよう。
コドモの新聞のお時間です。」

「さてつぎは、犬の兵隊さんに功労賞が
贈られたという話です。
犬の兵隊さんと呼ばれる軍用犬は戦地で
お働きの兵隊さんをお助けして
大変お役にたっていると何度か
お話しましたね。」

美里ははっとしてラジオを見た。
そしてそばに走ってきて英治の膝に
座った。

「この軍用犬の中には皆さんのおうちで
飼われていた犬もたくさんいます。
その中のあるおうちで飼われていた犬・・」

花子はその時テルの鳴き声を聞いた
気がした。
テルの頭をなでる美里が目に浮かんだ。

「・・テルは、戦地で元気に兵隊さんの
お役にたっています。」

黒沢はぎょっとして原稿を見た。

「テル号は隠れていた敵を見事に
探しだし兵隊さんをお守りするという
大変立派な働きをしましたので
このたび、功労賞が贈られました。」

美里は喜んだ。
「テル!テルだ!!!
テルがニュースにでたよ!!!」

★もちろん原稿には
テルともテル号とも
ひとことも
書いてありませんでした。

「今日の新聞のお時間はここまで。
また明日もお話しましょうね。
それではみなさん、ごきげんよう
さようなら・・・。」
番組が終わった。

黒沢は、驚いていた。

有馬も、じっと花子を非難する目で
みた。

★これはまずいことになりそうです。
ごきげんよう

さようなら・・・。
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テルがいないことは美里には耐えられない
ことでもあります。
かつて、歩といいコンビだった吉太郎は
美里という姪っ子とは
あまりいいコンビにはならないの
でしょうか。
つい、本当のことを言ってしまいますが
吉太郎には微妙なところがわかって
いません。

テルは帰ってこないと
言われた美里。
でも花子の放送でテルの話になり
喜びます。
これは大変なことになるのでは
ないでしょうか。
辞めるだけで済めばいいのですが
吉太郎の上司さんもあきれて
あのサインを返してくるのでは
ないでしょうか。
ご近所からも
白い目で見られるのでは???
と心配です。
また、村岡花子への圧力が
かかって、ただでさえ難しいと
思われている、少女パレアナの
翻訳本が出版停止になるのでは
と思いますが・・・。


でも、悪いのは世の中です。