花子の家に出版社の社員さんが
来て言った。

「このたびは弊社の世界家庭文学全集に
王子と乞食を加えさせていただき
ありがとうございました。」

花子の翻訳本王子と乞食が
大きな出版社の全集のなかに
入った。

1926年大正15年12月のことである。
花子が翻訳の仕事をするきっかけと
なった本である
「5歳の誕生日を前にしてこの世を
さった歩は私の心に母性という
火をともしてくれた天使でした。
歩はもういないけど私の心の火は
消えません。
日本中の子供たちにその光を
届けていくことが私の願いです。」


カフェタイムでは
醍醐がしっかりおしゃれをして
コンパクトを除いては
髪の毛をなおしている。

かよは、声をかけると
醍醐は、困った顔をしていった。

「男の人と二人きりでお食事は
はじめてなので緊張している」
という。
かよは、相手のことを知っているのか
心配しなくてもいい。
無口であまり笑わないけど
怒っているわけでもないからと
いうが

醍醐の、「どうしよう」が
どうしようもなく連発して出て
しまう。

そこへその男性が現れるが
そのひとこそ
あにやん・・吉太郎である。

ドアを開けるなり
一礼した。
醍醐も立ち上がった。
「およびたてして、おきながら
お待たせしてしまって
もうしわけございません。」

という。
醍醐は、「自分が早くきすぎてしまった
だけですから」とにこやかに言った。

かよは、吉太郎のコートを預かり
そちらへどうぞと
案内した。

「失礼します!!」

「大丈夫け???」とかよ
「座ります!!!」

「わたくしも座ります・・・。」

★て?醍醐と吉太郎は
いつの間にパルピテーションの間
がらに????

吉太郎は、いつぞや借りたハンカチを
返した。

「お貸ししてよかったですわ。
こうしてお会いできたから」というと
吉太郎は
「え???」
と聞き返した。

吉太郎はあの日、お弁当を作って
くれたことを話した。

「あの煮物はおいしかったです。」
という。
醍醐は
「煮物・・・・」とつぶやいた。

「あのおかかのおにぎりも
おいしかったです・・・」
という。

「おにぎり・・・・・・・・・。」
醍醐の反応は暗い。

ぶっちゃけた話、あのお弁当をつくった
のは、居候先の畠山だと
いった。

なーーーんだ。
やっぱりと思った。

醍醐が作ったのは、卵焼きだけだった。
それも・・・
まわりが

こげていた。

吉太郎は、「あの卵焼きが
一番うまかったです。
見かけはよろしくありませんでしたが
味は一番うまかったであります。」

醍醐は目を見開いて
「ありがとうございます」といった。

「いえ・・・。」
と、吉太郎。

かよは、いい感じなので
ほっとした。

蓮子は、王子と乞食の本に
わが「まぼろしの少年」歩の霊にささぐと
書かれているページをみて
「歩ちゃんもお空の上にで本を読んでいる
のでしょうね」と純平に話した。

純平が生まれたときのことを
答えられなくてごめんなさいねと
あやまった。

そして蓮子は龍一と離れ離れになって
ひとりで純平を生んだと
話をした。
だからおばあ様は知らなかったのだと。
そこへ姑が大変だわといって
走ってきた。
龍一がまたお芝居をする
様子だという。

そのお芝居とは・・・
場所は村岡家。
出演者は
かよ、花子、英治、蓮子
武…醍醐である。

龍一がやってきた。
「みなさん、セリフは覚えましたか?」

すると武が
「完璧ジャンけ」という。

武は脚本がぼろぼろになるまで
練習したらしい。

「なんてたって今日の主役はおらずら。」

「武・・・今日の主役は醍醐さんだよ」
と花子。
「心ペーするな、この武様に任せておけ
よ。」

武がどういおうとも醍醐にとっては
大事なお芝居らしい。

「皆さん、よろしくおねがいします」と
いって醍醐は頭を下げた。

村岡家の玄関には吉太郎が到着して
いて、たくさんのくつをみて
なにがどうなっているのかと
不思議に思った。

そして、花子は吉太郎を
みんなのいるところまで
案内した。
急用だときいてきたらしい。
花子の嘘である。
しかし、ある意味急用であるには
違いない。

武までいるので、吉太郎は
驚いたが、とにかく座った。

「どうも・・・ご無沙汰しております
吉太郎さん」と武がいう。

「今日は重大発表があり甲府からわざわざ
やってきました・・・じゃん。」

武は甲府べんがぬけない。

「重大発表とはなにか?」
武は、醍醐にいった。

「おらの家は甲府でも大きな地主の
家です・・・じゃん。
おらの嫁さんになってくりょ。」

「まぁ。うれしいわ・・・(ほとんど棒読み)」
吉太郎は、びっくりする。

「醍醐さんのことを必ずしあわせ
にします・・・じゃん。」

「武さん・・幸せにしてください(棒読み)」

―――――間が開いた。

吉太郎は、うつむいた。

蓮子と英治は顔を見合わせて
どうも違うなという合図をした。

龍一は、花子にセリフをと
せかした。
ボーっとしていたのは花子だった。
「て!!!」
花子は驚いて
「えっと・・
あの・・・

その結婚、ちょっと待った!!!!」

と、いった。

「何故止めるんだ?ずら。」
と武は、かっこつけて花子に言う。

「あ。兄やん・・・このまま醍醐さんが
結婚してしまっても
いいですか?(棒読み)」
龍一が英治に合図をする。

「そ、そうですよ」と英治

かよは、
「あにやん・・・・(声が高い)
醍醐さんのこと好きなんじゃないの?」(棒読み)

花子「兄やん、地主なんかに醍醐さんを奪われて
しまってもいいの(これも棒読み)
持つものが・・もたない・・・
あれ??持つものは・・あれ??」

龍一の出番となった
「持つものが持たざる者から奪う社会を
おかしいとは思わないのですか?

持たざる者が富めるものから奪ってこそ
意味がある。」
「そのとおりだ」と英治。

吉太郎は、「よくわからないけど
醍醐さんが武と結婚したいというなら・・」

「吉太郎さん違うの」(これはセリフではない)
と醍醐。

龍一は蓮子に合図を送る。

蓮子は、「醍醐さんを好きなら奪うべきだわ」という。
「たとえ世間から後ろ指をさされても
好きな人と一緒に居られればしあわせよ。」

「あれ?そんなセリフあったかな?」と英治は
脚本を見る。

「私は龍一さんと一緒に居られて幸せよ。」

「蓮子・・・」龍一は嬉しそうである。
が、花子は咳払いをして畳をたたいた。

蓮子は、「今なら間に合うわ」という。
「醍醐さんを連れてお逃げなさい。」

そこへ、役ではない村岡父が
やってきて「だめだ、だめだ」といった。
「吉太郎君は軍人なんだ。
軍人の脱走がどれほどの
重罪か・・君の一生、君の家族の人生までも
が、台無しになる。」

英治はあわてて、父を連れ出して
「これは醍醐さんと吉太郎さんの
仲を取り持つお芝居なんだ」と説明した。

しかし、父は「憲兵の吉太郎君と
物書きの女性が一緒になれることなど
ないだろうが!!」というが

英治は「ここで静かに観劇してて
ください。」という。

龍一は、「じゃ、蓮子の最後のセリフから
もう一回!!!」といった。

吉太郎は
「セリフ???」と聞いた。
「え?ああ・・」と龍一はうろたえる。

「吉太郎さん、醍醐さんを連れてお逃げなさい。」
と蓮子。
「自分は脱走はできません。
醍醐さんが武と結婚して幸せになるなら
よろしいのであります。」

醍醐は、悲しそうに吉太郎を見た。

「て~~~~!!!」

武の雄叫びだった。

「醍醐さんがおらと結婚しても
いいだな??」

と嬉しそうに言う。

「武~~」と花子は小声で武の騒ぎをおさめた。

「違うんです!!!」
醍醐はついにばらした。
お芝居だということを。

「吉太郎さんが思いを告げて下さらない
から私は焦ってしまって。」

「え???」と吉太郎。

「私が好きなのは吉太郎さんです。」

吉太郎は固まる。

「吉太郎さん、私と結婚してください
ませんか??」

一同
お互いを見る・・・
展開が変わった。


「いや・・・だめです。」

「あにやん」と花子は驚く。

醍醐は「そうですよね・・・ごめんなさい。
それじゃ、みなさんごきげんよう」といって

いきなりたちあがって
部屋から出て行った。


一同驚く。「醍醐さん!!」と花子。
吉太郎はその後を追ってでていった。

一同、再び驚く。

「て!!!!!」

村岡家の家の間で醍醐を呼び止める
吉太郎。

醍醐は、「本当に申し訳ありません
でした・・」と謝る。

吉太郎は「最後まで聞いてください」
といった。

追いかけてきた
花子はあわてて玄関の中に入った。

「こういう大事なことは自分の性分と
して女の醍醐さんにいわせることは
できません。

自分も醍醐さんが好きであります。」

「まさか」

「本当に、結婚してほしいと
思っています。」

「吉太郎さん!!」

「ですが・・・・」と吉太郎が言葉を
ついだ。

花子は喜んで家の中に入り
みんなの前で大きなマルを頭の上で
両腕を丸くして描いた。

吉太郎たちが話をしている場所まで
「わぁっ」と歓声が聞こえてきた。

それを聞いて吉太郎は、何事と
いう顔をした。

醍醐は、「ですが?なんですか?」
と聞く。
吉太郎は憲兵という立場上
独断で結婚を決めれないと
いう。
「すこし、時間を下さい」というと。
醍醐は「いくらでも待ちます」といった。

吉太郎は、「よかった・・
醍醐さんが武を選ばなくてよかった・・」
と、安堵した。
「まぁ・・・」醍醐は嬉しそうだった。

家の中では芝居なんか打つ必要なかった
ようですね。とみんな安堵した。

一人、武は本気だったらしく
「醍醐さんと結婚したかった」と泣いた。

花子は筋書き通りに行ったから
いいでないのというが
それとこれとは違うと武は泣いた。

★吉太郎と醍醐、幸せになれるといいですね。
泣くな、武・・・。

武は龍一にもたれて泣いた。

★ごきげんよう

さようなら

*******************
不思議なもので
いま、村岡家にそろっている
人間関係をよく見るとそれぞれ
意味深い。

かよのドミンゴに通っていた
村岡父。かよにとっては
おなじみさんだった。

そこで彼から編集者失格と言われた
花子。その息子英治。
ドミンゴによく来ていた帝大生の
グループにいた宮本龍一。
龍一に蓮子の本を貸した村岡父。
蓮子の本を読んで蓮子に興味を
もった龍一。
その龍一を追っていた吉太郎。
蓮子と龍一が一緒になるところを
目撃していた吉太郎。
その真意をいま、蓮子から
聞くことになるとは・・・。

吉太郎はあの男はやめたほうがいいと
蓮子にいったことがある。
あの男龍一であるが
龍一と駆け落ちをして
世間から非難されてそれでも
好きな人と一緒にいることは
しあわせだという蓮子に
吉太郎は、備考をしていたことを
思い出して、この人はこの人なりに
しあわせを求めていたのだと
感じたことであろう。
そして、素直に好きだと醍醐に
言えたのではないかと
ただ時間が必要だというのは
上司の許可が下りるかどうかであった。

醍醐と吉太郎。
花子の周りは、花子よって結ばれた
絆がここまでひろがっている。

醍醐と花子は一緒に修和に入った
なかまである。
そして、花子が就職をするはずだった
梶原の会社に、就職に困って
いた醍醐を紹介したことから
醍醐とのご縁が続く。
蓮子とも修和でであった
友人である。

あのとき、吉平が
反対を押し切って
修和女学校へ花子を入れたことから
たくさんの人生がつぎつぎと
作られていく。
すてきな人生です。