海にかかる虹5
「花子さんはどこへいったのだ?
どこにもいないぞ。」
村岡の父の言葉に驚く英治。

★翻訳の仕事を仕上げた花子がいなくなって
しまいました。

英治は父に言われて
探しに行った。

かよのところにも
蓮子のところにも

来ていない。

蓮子のところで姑、浪子がいった。
「早まったことを考えなければ
いいけどね・・。」
蓮子は、驚いた。
そして、英治と一緒にさがすことに
した。
ところが、村岡家にもどったとき
角のところから花子が
近所の子供たちと一緒に
帰ってきた。

「おばさん、涙さんの話をして。」
「僕はミミズのふと子さんが
いいな。」
「花ちゃん!!」
蓮子は走り寄った。
英治は、「花子さん、心配したよ」と
いった。
おどろいた花子は、
「早くに目が覚めてしまって
さんぽにいっただけよ
そしたらこの子たちにあって・・」

「おばさん、早くおはなしして」
「早く、早く・・・。」

村岡家の縁側で花子は
子どもたちに雲の話を
した。

その様子をじっとみまもる
村岡の父と英治と蓮子だった。

『すると雲はこう言ったの
下界の人たちよ
私は自分の体がどうなっても
かまわない。
あなたたちを助けよう。
命・・・を
私は自分の命を
あなたたちにあげよう・・・』

花子は涙で声が詰まって
しまった。

「おばちゃん、どうしたの?」子供が
きいた。

「ごめんなさい・・・
続きはまた今度ね。」

「ありがとう!また今度ね。」
子どもたちはそう言って立ち上がり
帰って行った。
「歩君、今日はどうしたんだろう?」
「いないね・・・。」
そういいながら。

花子を見守っていた父は
英治を印刷所に呼んだ。

「花子さんまで失っていいのか?

さんぽに行っただけだといって
いたが本当だと思うか?
郁弥がなくなったとき
わたしは郁弥のそばに行きたいと
おもった。
わかるか?」

「わかります。」

「おまえもつらいだろうが
花子さんを支えるのは
おまえしかいない。
歩が死んだのは、誰のせいでも
ない。」

英治は、うなずいて花子のそばに行った。

花子の横に座った。

「僕を置いて一人で歩の所へ
いこうとしたのではないの?」

花子は、ぽつりといった。

「海に連れて行けばよかった・・。

歩・・・
あんなに海に行きたがっていたのに。

晴れたら行こうねって約束したのに
私が破ってしまって・・・」

声が震えた。

「仕事なんかしないで海に行けばよかった
・・・・。」

蓮子はそれをじっと聞いていた。

「行きましょうよ・・
これから、海に行きましょう?
ね??」

花子は、無表情だった。

海が大きな音を立てていた。

海岸につくと
波が大きくうねっていた。

「もうここに来ることも
無いと思っていたわ。
思いでなんてつらいだけ
だから・・。
もっとたくさんしてあげたら
よかった・・・仕事なんか
しないで、もっとそばにいて
やればよかった・・・。

もっとわたしがちゃんとみて
いれば・・・・

歩ちゃん・・・

あんなに早く天国に行くことも
なかったのに・・。」

「花子さん、そんなことないって!」

花子は、砂の上に座り込んだ。
「わたしみたいな母親の所に
生まれてこなければ
歩はもっと幸せになれたのに。
私の子になんか生まれてこなければ
よかったのに・・・。」

泣きながら叫ぶ花子に
英治はいった。
「花子さん、それは違うよ。」

歩が生前言っていたことを話した。

『神様と雲の上から見てたんだ。
そしたらおかあちゃまが見えたの。
おかあちゃまは英語の御本をよんだり
紙にお話を書いたり
忙しそうだったよ。
でも、楽しそうだった。

ぼくはね、神様にお願いしたんだ。

「僕はあの女の人の所へ
いきたいですって」』

花子は、驚いて「歩がそんなことを?」
と聞いた。

英治は、「その時は信じられなかったよ
、歩は君に似て想像の翼を広げる
子だから・・
でも今は信じる」という。

「歩は、本当に君を選んでこの地上に
やってきたような気がする
君は歩が選んだ
最高のお母さんじゃないか!!」

泣きじゃくる花子を
英治は抱きしめた。

それを見ていた蓮子は
「花ちゃん・・・」と
声をかけた。
そして

空を指差した。

海の上の空には

虹がかかっていた。

歩が言っていた。
『わかったよ、雲はね
雨を降らせて消えちゃった後
虹になるんだよ!

お別れに

お空で虹になったんだ。』

見上げる花子、
英治・・

あれは、歩がお別れを言っているのでしょうか

「英治さん

私もっと忙しくなっていい??」

「え?」

「これから、素敵な物語を
もっともっとたくさん子供たちに
届けたいの
歩にしてやれなかったことを
日本中の子供たちに
やってあげたいの」

「もちろん、大賛成だ!」

蓮子は、微笑みながら花子を
みていた。

海にかかった虹

「歩

ありがとう・・・」

そう

花子はつぶやいた。

歩は、そんな花子をみながら
空へ
のぼって行ったのでしょうか・・・。


それから

★花子は書きはじめました
歩に話をしてあげたことを
思い出しながら・・・

『夕立があった場所一帯に
美しい 美しい
虹が・・・
雲のための凱旋門のように輝き

天にあるだけの輝いた光線が
虹のアーチに色を付けました。

自分の命を消してまでも
人間のために尽くした大きな
雲の愛の心が
別れの言葉として
残した挨拶は

その
虹だったのです・・・。』

机の上には歩の写真が
花子を見て微笑んでいた。


ごきげんよう

さようなら

****************
「僕を置いて一人で歩の所へ
いこうとしたのではないの?」
英治が言ったこの言葉には
悲しみがあります。
英治は最初の結婚は
子どもができませんでした。
妻が結婚早々に結核に
なったからです。
そして、最初の奥様は
亡くなりました。

村岡父は、花子を見て元気そうな
お嫁さんだと喜びました。

そして、かわいい孫も産んでくれ
ました。
しかし、父はこの結婚に反対した
理由に嫁は仕事をしないという
持論がありましたので
そのたびに、村岡父はお小言のように
仕事をするなと言っていました。
それは花子の気持ちにささっていた
と思います。
歩が死んだことでその刺さった言葉が
復活しました。

「いうことを聞いて
仕事をやめたらよかった」と
思ったのではないでしょうか。

歩は仕事をしている忙しそうな
楽しそうな花子を空から見て
母親に選んだと言います。

おじい様のお小言を聞いている
花子がかわいそうになって
いたのかもしれないし
自分が海に行けなかったのは
花子の仕事のせいに
したくなかったのだろうと
思います。

そんなにまで仕事をするのかと
村岡父と吉太郎に言われて
いたからです。
歩が忙しい、楽しそうな
花子を母親にしたくて
この家の子供に生まれたと
いったことは
深く英治の心に残って
いました。

花子は歩が残してくれた
この言葉に救われました。

海のシーンの最後は
高いところから
英治と花子と蓮子を
見下ろす形に映されて
います。
歩が花子たちに別れを言って
いるかのような
カメラの動きでした。

そして、花子が書いた物語の最後
「自分の命を消してまでも
人間のために尽くした大きな
雲の愛の心が
別れの言葉として
残した挨拶は

その
虹だったのです」と
結ばれます。

歩が虹を出して
感謝とお別れを言ったと
花子は思ったのでしょう。

わが子の死は悲しいけど

歩がいたことを証明するためにも
歩への感謝と愛情を表現するため
にも

花子は、再び
物語を書きたいと
思ったのですね・・・。