海にかかる虹1

★たくさんの友人たちに守られて
花子たちは青凛社をつくり王子と乞食
の単行本を出版することができました。
それから二年後
かよは必死に働き自分の店をもつことが
できました。

1926年大正15年8月。
★歩、四歳の夏です。
さて8月のある日のことです。
歩、英治、村岡父の三人は
テルテル坊主を作っていた。
いくつも、作っていた。
どうしても晴れてほしいわけがあった。

「歩ちゃん、おじいやんとおばあやんが
来てくれたわよ。」

甲府から吉平とふじがやってきた。
「あゆむ~~グッドイブニング~~」
「おじいやん、おばあやん~~」

ふじは、歩がもう海水着を着ているので
驚いた。
待ちきれない様子だと花子は言う。
あした、甲府のふたりと
家族全員で海へいく予定だったのだ。
それが楽しみで楽しみで仕方がない。
甲府でうまれて甲府しか知らないふじは
海水浴が初めてという。
吉平は、いっとう甘いスイカをもって
きて、砂浜でスイカ割りをしようと
いう。
歩の楽しみが大きく膨らむ。
だから
たくさんのテルテル坊主をつくって
飾っているのだった。
そして、歩は花子が着る予定の水着をだして
きて、「おかあちゃまはこれを着るんだよ」と
いった。
花子は、「恥ずかしいでしょ」と
歩をたしなめてみんな大笑いをした。

そんな楽しみな海水浴だが・・・・。

翌日は大雨だった。
しかも、雷までなっていた。
最悪の天候に
海水浴は中止となった。

納得のいかない歩は
海へ行きたいと花子たちを困らせた。

「やりましょう、海水浴。」
花子が言う。
用意していたお弁当をだした。

「歩ちゃん、ここは海よ。
想像の翼を大きく広げて
ここは海だと想像するのよ。
目を閉じて・・・
歩ちゃんはみんなと一緒に浜辺に
います。

太陽がキラキラしている海辺です。
ざぶーん、ざぶーーんと
寄せては返す波・・」

「だってここはおうちだもの。」

吉平は「そうだ、大きな波が来た。
おじいやん泳ごう~~~
すい~~
すい~~~」という。

英治も「あ、お父ちゃんも
泳ごう、すい~~すい~~」という。

吉平、英治は畳の上にで
泳ぐ格好をした。

それでも歩のご機嫌は直らない。
「だってここは海じゃないもん」と
いってあっちへ行ってしまった。

「そりゃ、無理がある」と村岡父は
いう。
花子は、スイカを切ったから
機嫌を直してと歩にいう。
「僕は、海でスイカを食べるんだ」と
いって、障子を閉めた。
あまりのわがままに
花子は「しりませんからね」と
怒った。

★花子が息子に手を焼いている頃。
一方 蓮子は?


蓮子は、小説を書いていた。

ふじこはすやすやと寝ている。

そこに純平が帰ってきた。
「お母様ただいま」。
「おかえり。戸棚におやつが入っていますよ」
と蓮子は言った。
純平は返事をして棚の中の
おやつを食べようとした。
そこに、姑の浪子がやってきて
手は洗ったのかと純平に聞く。
純平は洗っていないというので
外から帰ってきたときは手を洗うように
と純平にいった。
そして蓮子に、「ちゃんとしつけなさい」と
小言を言う。
純平は手を洗いに行った。
「それにしてもふじこはいい子だね。
お乳もたくさん飲むし・・
大きく育つよ。」
と姑は言う。
それを純平は手を洗いながら聞いて
いた。

浪子はお皿にお菓子をおいて
純平にわたした。
純平はそれを食べながら
いった。
「ねぇ、おばあ様、僕が生まれたとき
どんなだった???」
「え??」
浪子は答えに困った。

「おばあ様は純平が生まれたとき
のことを知らないのよ。」
と蓮子はいった。
「ちょっと、蓮子さん・・」
「どうして??」
「それは・・・・。」言葉に
詰まった蓮子。
★龍一と引き離され
実家に連れ戻された蓮子は
ひとりで純平を生みました。
それを幼い息子にどう説明したら
いいのか・・・
蓮子は言葉が見つかりませんでした。

さて、歩は?
がっかりした様子で部屋にいた。
花子は、英治と一緒になんとか
機嫌を取ろうと話しかけた。

「雨なんか嫌いだ。ずっと晴れだったら
いいんだ!!」

二人は顔を見合わせた。
花子は、お話をしはじめた。
歩のそばにいった。
「今日のようにある暑い夏のことです。」
歩は花子の顔を見た。
「小さなひとひらのクモが
海から浮き上がって
青い空のほうへ元気よく楽しそうに
飛んでいきました。
下界では、人間が汗を流して真っ黒
になって働いておりました。
雲は思いました。
どうかして、あの人たちを助ける
工夫はないのだろうか?

こちらは空の下の世界です。
あまりにも太陽の光線が
強いので人々は時々空を見上げては
雲にむかってあの雲が
私たちを助けてくれたらなと
いいました。

さ、雲はなんていったと思う?」

「助けてあげようって・・」

「でも雲は人間の世界に近づくと
消えてしまうのよ。」

「消えてちゃうのぉ???」

「でも、雲は勇ましくこう言ったのよ。」

英治は花子の話を聞きながら
そのお話の絵をかいていた。

「下界の人たちよ
わたしは自分の体にどんなことが
あっても構わない

あなたたちを助けよう
私はあなたたちに私の
命を上げます・・・。

そういって雲は下へ下へと
下って行きました。

すると雲は雨となり
あたりは涼しくなりました。

でも雲は自分の体を亡くし
ました。」

「ほら・・・」

英治は絵を見せた。

「雲は死んだの?」

「ええ、でも雲が降った雨で
木や草や花や動物・・
人間も・・
みんな救われたのよ。」

「雨のこと嫌ったら
かわいそうだね。」

「今日は残念だったけど
今度の日曜日は海へ行こうね。」
と花子は言った。
歩はうんと元気よく返事をした。

そして英治の絵をじっと見た。
「ぼく、わかったよ。
雲はね、雨を降らせて消えた後
虹になるんだよ。」

花子はびっくりした。
「そうね。」
「お別れに虹になったんだ。」

居並ぶ大人たちは感心した。

「歩は神童にまちがいありませんよ」
と英治は言った。
親ばかである。
「いやぁまったくじゃ!」と
吉平も言った。
みんな笑った。

翌日はきれいに晴れた。
ふじたちはかよの店に
いった。
「よくがんばったな」と
吉平は感心した。
「おとう、おかあゆっくりして
いってくれちゃ。」

「かよ、もう
郁弥君のことはいいのか?」と吉平
は聞いた。

「こぴっと頑張っていると
キット郁弥さんは見ていてくれる
そうおもっているちゃ。」

吉平もふじも安心した顔をした。

さて、花子の所には梶原がきて
いた。
花子に頼んだ原稿をもらいにきて
いた。
締め切りを守ってくれるので
助かっているという。
花子も編集の仕事をしていたので
締め切りの大変さはわかっている。
だから、締め切りをきちんと守って
いるのだ。
そのうえに・・
梶原は・・・お願いがあるという。
この本を翻訳してほしいと
いって一冊の本を渡した。
花子は手に取って
表紙を見て
ぱらぱらとめくった。

「歩の好きそうな本です」
と言って笑った。
「本当に急ぐんだけど
10日でお願いできないかな」と
梶原は言う。

「10日で・・・・」

花子はちょっと考えた。
10日のうち一日は
海水浴である。
10日の日数でも翻訳できるかどうか
の瀬戸際に・・

「なにか用でもあるの?」

梶原が聞いた。

「大丈夫です。仕上げます。」

「引き受けてくれるんだね?
ありがとう・・・」

梶原が安心して帰ろうとしたとき
歩が走ってきた。

「今度の日曜日、おかあちゃまは海で
これを着るんだよぉ」と
梶原に花子の水着を見せた。
梶原は、驚いて「10日で本当に
大丈夫か」と聞く。

「大丈夫です・・・・・・。」

歩は横目で花子を見た。

★さて、花子はこの海水着を着ることが
できるのでしょうか?
ごきげんよう

さようなら・・・
***************
あるよね~
こういうこと。
すごく楽しみにしていたのに
雨でいけなくなるって。
雨だけではなくてほかの
事でいけなくなることも
ありますよね。

こんなとき、子供は純粋だから
すごく、落ち込みますよね。
どう、機嫌を取るか?

全くとらない親もいるだろうし。
しかたないでしょっていって。
ほしいものを買ってやるからとか
いって、機嫌を取ることもあるだ
ろうし・・・。

さて、どう見ても村岡家は
歩は王様です。
それでも花子は雲の話をした
のは、さすがです。

蓮子の戸棚におやつが入っていますよ。
この言葉・・・

あこがれました。

私のうちには茶箪笥がなくて
普通の食器入れだったので
和風の茶箪笥の一番上の引き出し
をあけるとおまんじゅうが入っている
というパターンが・・
あこがれてあこがれていました。

なぜ??

それは、藤子不二雄先生の
オバキュウとか
赤塚不二夫先生とか
石森先生とか
あの時代のギャグ漫画で
おやつは、茶箪笥の扉の
中と決まっていました。
戸棚におやつが入っていますよ。

このことば、お母様がいつもいるご家庭
の温かさを感じました。

わたしはかぎっ子でしたので
この暖かさはありません。
おやつは、戸棚ではなく
ダイニングのテーブルの上に
ドカンとおいてありました。
風情の無さを感じました。

それにしても歩君
「雲はね、雨になって消えた後
虹になるんだよ」

文学的ですね・・・。
美しさを感じます。