ゆれる気持ち3
「明日の朝、尾崎先生の所へ
もっていく予定だけど大丈夫?」
「はい。」
★カラ元気で仕事を請け負った花でしたが・・・
そのまま、職場のデスクで寝てしまい、
翌朝を迎えた。
時間を見ると6時半。
まだ、校正はできあがっていない。
「大変だ!!!」
焦る花!
時間になって社員がつぎつぎと
出社してくる。
昨日、花に尾崎先生の原稿の校正を
たのんで先に帰った須藤は、ごきげん
だった。
結婚記念日だったので、奥さんがすき焼きを
用意していたという。
あれから少しでも遅くなっていたら離婚される
ところだったと、笑いながらはいって
きたが・・・・
花の様子を見て、笑顔が消える。
昨日頼んだ、原稿はまだできていない
のだった。
「すみません、寝てしまって・・わたし・。」
と、花が言い訳をしようとすると
須藤、三田が「いいわけはいい、
半分かせ!」といって椅子に座って
仕事を始めた。
「すみません・・・」

そこへ醍醐が出社してきた。
「いいところへ来た、醍醐君も
校正を手伝ってくれ。九時までに
頼む。」
「九時までに??」
いま、八時半だった。
「すみません・・・わたし・・」
と花がいうと
「言い訳は後で。とにかくやりましょう。」
花は針のむしろだった。
やがて、九時七分となった。
「行ってきます・・・」
と、須田は原稿を抱えて会社を出た。
「お願いします。」

全員が見送った。
花はみんなに、「申し訳ありませんでした」と
謝った。
くたくたになったみんなは何も言わずに
机の前に座りに行った。
醍醐は、梶原に「花さんにはお昼休みに
私から話をしてみます。」といった。
ドミンゴでは、醍醐を前に座り花は
謝った。
「ああいうことは、あることだし
いいのよ」、と醍醐はいう。

「花さん、村岡さんのことで、きずついて
いるのはわかるわ。
英治さんに奥様が…いるなんて。
わたしも裏切られた気持ちになったわ。
そのことと仕事は別よ。なるべく早く
気持ちの整理をつけたほうがいいわ。」

亜矢子は、修和女学校の先生方の
話をした。
なにがあっても、いつもと変わらない仕事
ぶり、いつもと変わらなく接してくださった
姿勢に、働くことへの真摯な姿勢を学んだ
という。あれこそ仕事に向き合う時の
基本だと思っているという。
亜矢子は、愚痴でもお買い物でも何でも
つきあうから、いつもの花にもどって
ほしいという。
花は亜矢子にお礼を言った。
そしてカレーライスをいただきまぁすと
元気よく言って食べた。

そこへ村岡社長が来た。
花はびっくりして立ち上がり昨日はどうも
と挨拶をした。
「昨日?」
亜矢子は不思議そうに言うので花は
彼は村岡印刷の社長さんだといった。
「え?英治さんのお父様?」と
亜矢子は驚いた。
するとかよは、「郁弥さんのお父様?」と
また驚いた。
「この店も居心地が悪くなったな。
帰ろうかな。」
というのでかよは、「そんなこと
おっしゃらすに、こちらへどうぞ」と
案内をした。
店のいつもの席では宮本龍一たちが
話をしていた。

テーブルの上には、白蓮の脚本である。
学生は、「だめだな、所詮ブルジョワの
ひまつぶしに書いた本だ」と
却下した。
「これをたたき台にして俺たちで
作り上げよう」という意見もあった。
「そろそろ稽古に入りたい。」
宮本は、「このままでする」という。
「本気か?」
「こんな惚れた,はれただけの芝居・・
男は見ないぞ。」
「充分だ」と宮本。
「この本には白蓮の反逆の叫びが
しっかりと刻み込まれている。
よの女たちに立ち上がって声を発する
機会を与えられる。」

「さては、おまえ・・・あの女に惚れたな。」

宮本はそいつをみて、驚いた顔をした。

「おいおい、まさか本気じゃないだろうな。」

宮本は
「みんなを集めてきてくれ。
稽古をはじめる」、といって
たちあがって村岡の所へ行った。

「先日はありがとうございました。
三面記事で人を判断するべきではないと
よくわかりました。」
そういって、あの時貸してくれた白蓮の
歌集踏絵を返した。
「帝大生とあろう君たちがあまりにも浅はかだった
から苦言を呈しただけだ。」
「いい出会いになりました。」
宮本はテーブルにおかれた歌集を見て
いった。
「この歌集を見る前と後では僕はすっかり
変わってしまったのかもしれません。
そのお礼を言いたかったので。」
といって頭を下げて立ち去った。
「ありがとうございました。
またお待ちしております。」
かよは、宮本に挨拶をした。
宮本は店を出た。脚本をしっかりと
もって・・・

一方福岡の蓮子は・・・
手紙を書いた。

「推敲した脚本の原稿は届いて
いるのでしょうか。
あなたが強くいうので書き直しました
のに。何の連絡もありませんので
たいそう心配しております。

君ゆけば、ゆきしさみしさ
君あれば、ある寂しさに追われる心」

★恋の歌をつづってしまうほどこちらも
相当入れあげている様子です。道ならぬ恋だと
いうのに・・・

蓮子が女中のいる場所にくるとタミは
「ご飯でもないのに、出てきたとは、
めずらしい」といって、ひやかした。
そして、女中たちはタミに従って
蓮子の周りから消えた。
蓮子は、一人の若い女中をつかまえた。
そして封筒を渡していつものように
速達で出してきてといった。
宮本への手紙だった。
それをそっと見るタミだった。

ここにも手紙を託された人がおりました。
郁弥は手紙をもって事務所に帰ってきた。
「兄さん・・・」

「どうした?」

「これ、姉さんから預かってきた。
外回りのついでに病院へ寄ってきて
それで・・・。」

その手紙を開けてみた英治は
驚いた。

香澄の名前で
「離婚してください」とあった。

驚く英治。
「これはいったい。これはどうして?」
と郁弥に聞いた。

「わからないよ!!
兄さんこそ、心当たりはないのか?」

英治は立ち上がり病院へと走って行った。

病室のドアをノックして、応答があるなし
にかかわらずドアを開けて入った。

「香澄、これはいったいなんなんだ?」
と聞く。
香澄はいつものように窓の外を見ていた。
「そこに書いた通りです。
私と別れてください。」と静かに言った。
「突然何を言い出すんだよ
どうして、どうして急に別れたいなんて」

「あなたの心にはほかの女の人がいるわ。」と
また静かに言った。
香澄は振り返って、もう一度
「あなたの心の中には
私ではないほかの女の人がいるわ。」と
厳しい顔をしていった。

「何を言い出すんだよ。ほかの人なんか
いるわけないじゃないか。

君と別れるつもりはない」
「いいえ、別れてください。」
香澄はまた窓の外に顔を向けた。
「死ぬのを待たれるのは嫌なの。」

沈黙が流れた。

聡文堂では仕事が多くて
「やってもやっても終わらない」と
醍醐が愚痴っていた。
そして花に続きはあしたにして
食事に行かないかと聞いた。

花は、「みんなに迷惑をかけた分、
とりもどさなくては」という。
すると梶原が「時には息抜きも必要だ。
今日は、もういいぞ」といった。

醍醐はありがとうございますといった。

その頃、ドミンゴに郁弥が現れた。
かよはいつものように、わたしは花より
チップのほうがいいのですがという。
郁弥は、「今日は花がないのです」という。
かよは、「こちらへどうぞ」と言って案内した。
いつものような明るさがない郁弥に
かよは、「どうしたのですか?」と聞いた。
郁弥は「うれしいな、かよさんが気にして
くれて」と軽口をいった。
しかし、いつもの郁弥ではない。
かよは、「本当にどうしたのですか」と
いう。
郁弥は「僕のつらい気持ちを聞いてくれますか?」
というので、かよは驚いて「ええ、」と答えた。
郁弥は、姉の香澄が兄に離婚してほしいと
言ったという話をする。

驚くかよ。
「て!!!」
そのとき、「英治さん、離婚する
のですか?」
と醍醐がいった。
ちょうど醍醐と花が店に来て郁弥の
話を聞いていたのだった。
「本当に離婚するのですか?」と醍醐。
「いえ、まだ決まったわけではなくて・・。」
とまどう郁弥だった。
かよは心配そうに花を見た。
固まったままじっと立っていた。

★ようやく立ち直りかけていた花は
すっかり混乱してしまいました。

ごきげんよう

さようなら
****************
恋に心を乱されて仕事にも集中できず
花はみんなに迷惑をかけてしまって
申し訳ない気持ちになっていました。
よくあることで、それをわりきってそれはそれ
仕事は仕事と打ち込むことができるのは
大変優れた女性だと思います。
醍醐さんは、切り替えが早いのか
失恋したとしても明るく仕事に励んで
います。そのわけは修和女学校の先生
がたの教育者としての
姿勢だったと言います。
どんなに辛いことがあっても常に
変わらず自分たちに接してくださった
先生方の働く姿勢に感動したと。
花は恥ずかしかったのではないでしょうか。
すこしづつ、花の心が平常心にもどって
行こうとしているのに。
香澄が英治に離婚してほしいといったこと。
こんなプライベートなことを
カフェの女給に言うかなあ????
香澄は英治がやさしいのできっともてる
ことを確信していたけど、ただ、
英治が誰でも好きになれるかどうかが
問題だったわけで。
英治の心に、自分ではないほかの女性がいること
を感じ取った香澄。
おそらく、あの挿絵を見て、感じたのでは
ないでしょうか。
なんども、なんども、王子と乞食の
頁の割り付けをしなおして
挿絵も自分で書き込んだこと。
それは、印刷業をしているプロ精神ではなく
なにげに、別の意識が働いている
ことを香澄は感じ取りました。
安東花子さん・・という人の名前は
香澄さんの心に刺さったと思います。

死ぬのを待たれるのは嫌なのです。

確かに・・・
それは嫌ですよね。