初恋パルピテーション6
冬休み、実家から学校へ帰ってきた花。
「安東さん・・・」
と、声をかけたのは白鳥だった。
花は白鳥を見て「ごきげんよう、ただ今
帰りました・・。」という。
白鳥はにっこりと笑い、近づいてきて
「ごきげんよう、あなたが留守の間これが
届きました。」
それは一枚のはがき
北沢からだった。
裏を見た花は驚いた。
『恭賀新年』のあとが
真っ黒に塗られていた。
「適切でない表現がありましたので
わたくしが墨で塗りました・・あしからず。」
と白鳥は言う。
★悪しからずじゃ、ねー!!と心の中で
叫ぶ花でした。
そのはがきをテーブルの上に置き
醍醐とあと二人の友人、そして
花が自室で話をしていた。
花は恭賀新年の後は何が書いてあったのだろうと
いうが・・
ほかの二人は白鳥を攻めた。
「だから行き遅れになるのだわ」
「ああならないように早く結婚
しなくては・・・」と亜矢子はいった。
「じつは・・・」と友人の一人が
結婚が決まったという。
いつぞやのイノシシみたいな人と
いっていた友人で、その人と結婚
するという。あまりにも条件が良いので
売れ残らないうちに早く決めなさいと
両親に言われたという
御式は来月。その準備があるので
もうすぐ寿退学である。
亜矢子は、「花さん、急にわたくしも
焦ってきたわ・・・」という。
「いい縁談が降るようにあるのは16歳か
17歳まで・・・あとはどんどん条件が悪くなる。
二十歳過ぎたらろくな縁談が
来なくなるのですって。」
「ええ???」
全員絶句した。
★お嬢様たちの適齢期が16歳か17歳というのは
そんなオーバーな話ではございません。
当時、修和女学校では卒業を待たずに
寿退学をする生徒がなんと半数近くもいたのですから。
『花・・・・頑張って勉強してるけ?
この間はクッキーとやらをごちそう様
でした・・・・』
ふじが花に、手紙をくれた。
家ではあのクッキーをみんなで不思議そうに
食べた様子がつづられていた。
どきどきしながら、なんだろうと思いながら
見たこともない食べ物をおっかなびっくりで
いただいたのだった。
しかし、みんなでおいしいと絶賛したという。
『こんなうめーもん見たことも食った
こともねーってうち中みんな大喜び
だったよ。
かよは花のクッキー全部平らげて
元気に製糸工場へ行きました。』
「じゃ、いってくるだ。」
「かよ、しっかり食うんだよ。」
「体に気を付けてね。」
家中でかよを見送った。
かよは荷物をせおった風呂敷づつみ
とは別に・・・しっかりとクッキーの缶を
持っていた。
『きれいなクッキーの缶を宝物にするちゅうて
もっていっただよ。はなも体に気を付けて
がんばるし。おかあより』
『追伸:おらも花に負けられん。教会で本を読んでいます。
やっぱし本は面白いけんど、花に追いつくには
何年かかるづら・・。朝市』
「朝市・・・」
花がハガキを読んでほのぼのとしていると
校長と富山、茂木が花に声をかけた。
「花さん・・・」と茂木。
「おうちはいかがでしたか?」
花は頭を下げて
「おかげさまで家族とたいそういい時間を
過ごすことができました。」
「それはよかったですね。」と富山。
花は校長に英語で言った。
「おかげさまで楽しかったです・・・」と。
校長は「言っておきます」という。
「今度門限を破ったら
永遠に、ゴーホームです。
永遠に!!」といった。
富山は「つまり退学ということですね。」と
クールに言って校長と一緒に
去っていった。
茂木は「あなたは前科があるから
今度の日曜学校は気をつけなさい」
といった。
「はい・・・」と答える花。
花は気がかりだったことがある。
それは、北沢に嘘をついたことだった。
「花子さんのお父様は貿易会社を
経営しているのですね。」
「ええ・・そうです・・」
★もう一度会いたい気持ちと
嘘をついてしまった後ろめたい気持ちが
ごちゃ混ぜになって眠れない花でした。
やがて、日曜学校の日となった。
花たちは教会へ行って礼拝室で
着席した。
視線を感じて横を見ると北沢がいた。
子供たちとかるた遊びをしていると
北沢が呼びに来た。
あのミニーがカナダへかえるので
ご挨拶をというのだった。
ミニーは「紙芝居ありがとう、楽しかった」と
いうと、北沢は「僕もだよ、楽しかった」、という。
「サンキュー、グッバイ」とミニーは北沢にキスをした。
「グッバイ。」
花はひざまついて、ミニーに「グッバイ」という。
ミニーは花に抱きついてグッバイのキスをした。
「元気でね」と花。
「また会える?」と聞かれたが、
答えられなかった花。
ミニーはいってしまった。
その帰り道のこと。
北沢と二人で歩いていた。
「年賀状届きましたか?」
と北沢がきく。
花は厳しい先輩が墨で塗りつぶして
読めなかったといった。
「そうだったのですか・・・」北沢はあきらかに
がっかりした様子だった。
「恭賀新年の後なんてかいてあったのですか」
と花は聞いた。
「参ったなぁ・・・・・」と北沢はいいながら
「会えない時間があなたへの思いを育てて
くれます、と書きました。
金沢にいたときの率直な気持ちです。
それで・・・」
北沢は立ち止まり花を見て言った。
「はっきり自分の気持ちに気が付いてしまい
ました。
花子さん。
僕はあなたが、好きです。」
花はじっと北沢を見た。
「花子さんさえよければ、近いうちに
ご両親にお目にかかって
結婚を前提にしたお付き合いをしたいと
思っています。」
「結婚?
ちょっとお待ちになってください。」
「もちろん、返事は今すぐとは言いません。」
「はぁ・・・・・」
「ふう・・やっといえた。」
と北沢はうれしそうに言った。
「あの・・・一つ聞いてもいいですか?
北沢さんはこんな私のどこがお好きに
なったのですか?」
北沢は花が子供が好きで笑顔がすてきな
ところだという。「あなたの笑顔を見ていると
ご両親にこよなく愛されて、温かい家庭で育った
ことが伝わってくるのです」という。
花は、その通りだと思った。
「はい・・・本当にそうです。
けど・・・はぁ・・・けど北沢さんが思っているような
家族とは全然違うのです。」
北沢はどういうことですかと聞く。
花は嘘をついていたことを正直にいって
わびた。
父親は貿易会社の社長ではなく
全国を歩き回る行商人であること。
生糸や日用品を売っていると。
「わたしのうちは小作の農家でハガキを書いても
母は字が読めません、私の幼馴染に読んでもらって
代筆してもらうのです。妹のかよは製糸工場の
女工になりました。いまごろ苦労して頑張っているはずです。
そんな家族が恥ずかしくて
北沢さんに嘘をつきました。
でも、そんな家族に支えられて
東京で勉強をさせてもらって
います。
大好きな家族なんです
だから・・・
ほんとうにごめんなさい・・・」
花は頭を下げて去って行こうとした。
「花子さん・・・」と北沢が呼んだ。
「ほんとうは花です。」
振り向かずに花は言った。
「両親からつけてもらった名前は
花子ではありません・・・
花です。」
花は振り向いて、北沢を見て言った。
「でも・・・
花子と呼んでもらってうれしかった。」
「・・・・・」
「さよなら・・・・」と花は言った。
振り向いて帰り道をたどった。
北沢は無言で見送っていた。
花は涙が出た。
泣きながら
涙をぬぐいながら
あるいた。
★花、16歳の冬でした。
では、また来週
ごきげんよう
さようなら・・・・。
**************
自分からさよならは辛いですね。
それも好きですと言われた直後に
結婚してくださいと言われた直後に
・・・。
でも、嘘をついたから
貿易会社の社長令嬢花子を
北沢は好きになったのだから
花はお断りをするしかなかったし
謝るしかなかったわけだ。
花が醍醐のようにいいおうちのお嬢様
だったら、速効結婚が決まったような
もので・・・まさしく適齢期に結婚という
幸せな道を進んだはずだった。
北沢は帝大生でやさしくて、頭が良くて
かっこよくて、家柄もよろしくて
どこも文句のないお相手である。
うまくいかないのが運命である。
ここで決まったら、アンはどうなる?
北沢も運のない奴で、ほとんどが
お金持ちのお嬢様という修和女学校の
女学生のなかからわずかな例外である
花をわざわざ好きになるとは・・・!!!!
逆にいい目をしていると思う。
こいつは、女性を見る目がある・・わけだ。
しかし・・・江戸時代ではないが
身分が違うのだ・・・。
この身分を乗り越えるなどと思うほど
人生はロマンチックなものではない。
花の初恋はこうして終わった。
もともと初恋なんて
成就しないものであるのだから・・・・。
では、良い週末を。
