い草のあじ5
和枝が泰介の出征祝いのための
料理を作っている。
このご時世であるが、台所には
鯉にさばがあった。
「これ・・どうしたのですか?」
と聞くと和枝は
「説明は面倒なんだけど
言わなければいけないか」と聞く。
めいこは、だったらいいと思った。
すると、い草があった。
「これは?」
と聞くと「後でわかる」と和枝は言う。
結局めいこはご飯を炊くだけになった。
できあがった柿の葉寿司をみて
泰介は喜んだ。
が、この季節、柿の葉は若すぎてつかえない。
和枝は笹にしたという。
笹の葉寿司である。
それをい草で巻いているのである。
「粽みたいですね」と泰介が言う。
「おねえさんが縁起を担いでくださった」と
めいこは教わった話をするがどうにも
話が軽い。
「中国に物をかく人がいて・・・」
「詩人や」と和枝。
「そのひとが身投げをした。」
詩人を悼んで粽を川に流したという。
すると、その人の幽霊が出て
食べたいけどばらけて食べられないと
幽霊が言う。
粽をい草で結んでもう一度流すと
幽霊が食べることができたと
感謝したという。
「あんさんが話すとありがたみがない話に
なりますけど、要するにい草は邪鬼を
払ってくれる。
転じて難を逃れるということだす。」
「屈原の居士・・・ですよね」と泰介。
「え?」とめいこ。
泰介は「おばさん、お母さん、花ちゃん
ありがとうございます。
いただきます。」といった。
泰介はおいしそうに食べた。
味わいながらひとくち、ひとくち・・・。
めいこも和枝その様子を
じっと見ていた。
その夜、寝床に入って泰介は言った。
「おいしかったなぁ~~あのお寿司。」
めいこは、「いつまでたってもかなわんわ。
料理の腕も、才覚の気遣いも。」
そういいながら、泰介に聞いた。
「ホンマはあっておきたい人がいたのでは?」
泰介は、早かれ遅かれこうなると思っていたと
いう。もし死ぬとしたら、最後にだれを守りたいかと
考えたら、今の時点ではお母さんしかいないのだった。
「残念ながら現時点ではな・・・。」
めいこは、起き上がって泰介に聞く。
「おかあちゃん、あんたに何かしてあげたかな?
何もしてやれヘンかったみたいな気がする。」
すると泰介は、「一番大事なことを教えてくれた」と
いう。泰介も起き上がって話を始めた。
「生きているということは、いかされてきていると
いうことだ」ということ。「人は何かの命の
犠牲の上に成り立っている命の塊だと・・・
だから、僕の命は擦り切れるまで使いたいと
思っていた・・・。
やりたいことはいっぱいある。
もう一度野球をしたい、お酒も飲みたい
くだらないことで喧嘩もしたい
殴り合いもしたい。
お父さんみたいに、自分をかけて仕事をしたいし・・。」
そういって、泰介はめいこをみた
「おかあさんみたいに、誰かをあほみたいに
好きになってみたい。
僕は・・・・僕にそれを許さんかったこの時代を
絶対に許さへん。
僕は、この国を変えてやりたい。」
泰介の声は涙声になった。
気持ちが高ぶった。穏やかな泰介には
めずらしいことだった。
「そやから、這ってでも帰ってくるさかい
生き返らせてや。
あそこでまた、みんなでご飯食べさせてな。」
めいこは、泰介をみて涙がでた。
そして泰介の頭に手をやってだきしめた。
「まかせとき。
まかせときっ!!!」
翌朝、泰介は出征した。
後姿をめいこは見送った。
深々と一礼して見送った。
めいこは、和枝に「ありがとうございました。
無事、送り出すことができました」といった。
和枝は、猫を膝に置いて、いった。
「ま、日本中の女がやっていることや。」
めいこは、畑に行ってくるといった。
はつか大根の目が出ることだと・・。
「失礼します・・・。」
和枝はじっとみていた。
花が来たので、西の山下家に用事で行くと
いう。
花にはいつも通りにしてていいといった。
めいこが思った以上にしっかりしているので
そう、和枝はいった。
めいこはいやなことを忘れるように働いた。
一日がすぎた。夕日の傾いたころ
家に入ると
上り口にあった手紙を見た。
希子からだった。
焼け跡からめいこたちの結婚式の
写真があったという。
「ほんまにね・・・・」とうれしく思った。
そこに、一人の男が来た。
「西門さんはいらっしゃいますか?
公報が届いています。」
どのくらいの時間がたったのか
花が来て「どないしはったのですか?」
と聞いた。
めいこは公報を持ったままじっとしていた。
それは死亡告知書であり
活男の戦死のお知らせであった・・・。
昭和二十年三月・・・戦死・・
めいこは険しい顔つきをしていた。
だまって、いきなり家を出た。
花は驚いた。
希子はそのめいこの電話を受け取って
いた。
「これ・・・ほんまなんかいなぁ?」
いつものあっけらかんとした
テンションである。
「わかれへんよね、こんな紙切れ一枚
送られてきたって・・・」
希子も険しい顔になった。
「間違いということもあります。
し、信じることないと思います・・・。」
「そう・・やんね
そうやんね・・・
ごめんね・・・」
電話が切れた。
めいこは家に帰って
お茶漬けのご飯を食べた。
いつもどおりに、漬物をばりばりと
食べた。
でもなにかが、いつも通りではなかった。
だれもいない、食卓だった。
****************
悠太郎、活男、そして泰介と
大事な家族を戦争にとられた。
生きているのか
死んでいるのか・・
ご飯は食べれているのか
そんな心配の中
活男が死んだという知らせが。
紙切れ一枚で活男の人生が
閉ざされた。
めいこは、この理不尽さに我を
わすれて怒り狂うのかと
思いきや、それがいきなりできると
いうことは、普段からの覚悟が
ある人だと私は思った。
大丈夫・・・大丈夫・・・と
日々の生活に追われているめいこには
覚悟ができてなかった。
もしかしたら、覚悟はできていたが
覚悟以上の悲しみと怒り
を知ったのかもしれない。
だから、いつもどおりに・・・
その感情を出すことができるまで
いつもどおりに・・・しているめいこ
なのではないだろうか。
大事な、家族をこうして亡くしていく
のは、日本中の女がやっていることや
と和枝は言うが・・・めいこには
耐えがたい思いだったのだろう・・・。
昭和二十年春・・・
終戦はまだ先である。
