悠太郎の卵(らん)5

さて悠太郎が帰ってきた日の夕餉は
鍋に餃子が浮いていた。

藤井が持ってきた小麦粉で作ったという。

ただ、お肉はない。

希子は、「これは満州のお料理でした?」

と聞いた。

めいこは、「そうでした?」と、うろ覚えだった。

藤井と悠太郎は顔を見合わせた。

そして悠太郎はこれからのことを話した。
「あのな、めいこ。
拘留はとけたけど、市役所は首になったんや。」

「それはしかたがないですね」

「それでな・・・当分は職探しでうちにおるから。」

「あ・・なんや、そんなことですか。」

藤井が帰るのを見送る悠太郎に藤井が
きく。

「君、最後まで言わないつもりか」

「結局は、陸軍の軍属として満州へいくなんて
いったら、どれだけめいこが泣くかと思ったら・・」

「言わんわけにはあかんやろ」と藤井が言うが
悠太郎は

「みんなの笑った顔を見て行きたい。

みんなには迷惑をかけたし、せめて
楽しい思い出を残していきたい」と・・・悠太郎はいった。

悠太郎は、泰助のところへ行った。
勉強の具合を聞いた。

大学の進学のことだ。理系志望だが、ふ久ほどの
才能がないと泰介はなげいた。
「できるだけ、がんばる・・・」という。

悠太郎は、ふ久の才能より泰介の才能がうらやましい
という。「人の中を立ち回っていけそうだ。人の気持ちが
わかって、気遣いができて人を動かす知恵もある。

ものすごい才能やと思うで。こんな父親からようもこんな
奴ができたと思う・・・」と。

「お父さんはやらかしてしもたもんな。」

「すまんかったな、迷惑をかけて。」

「かっこええと思った・・・。本気ってこういうことやな
と教えてもらった。この人の息子やと誇らしかった。」

夕餉でその話をするとめいこは、驚いた。
「人をくすぐる言い方をするんや」と悠太郎は言う。

「末は博士か大臣かというと
大臣でしょうかね。」とめいこ。

「博士はあっちですかね・・・コックの活男も
いるので、楽しい我が家ですね。明日は市内を
回るので博士のおなかを見てきます。」

その博士・・・だいぶおなかが出てきた。
ふ久は、焼夷弾について話をしてくれた。

「絶対、消火活動などできないということ。
お父さんのした消火演習もちょっと
ちがう、」とのこと。

「どうせやるんやったら・・・」というふ久の話を
きって、「おなかを触っていいか」と聞く。

赤ちゃんが動くので悠太郎は感動した。

「おまえは見えヘン物を見ようとする力があると
おじいちゃんがいうとった。その目で子供のええとこ
をみるんやで。」

「うん・・・」

ふ久は答えた。

夜、悠太郎はどこかおいしいものを食べに
行こうといってどこに行きたいかと
めいこにきいた。

「考えたらこんなにゆっくりできるのも
職が決まるまでやし。」

「あ・・・いさやのすっぽん食べたいです。

からすみと菜っ葉の炊き合わせが
たまらんて・・・。」

「もう、やってへんがな」と静。

「門真の魚すき・・・
たまきのはりはりもぜっぴんやというし
脇坂のビーフシチューも、とろとろやというし」

「今までたくさん気持ちを貯めこんどったんやね」
と静は笑った。

今まで、子育てやら、お金のことやらで
食べに行くこともできなかったとめいこ。

「あいてるところを探しましょう?」
悠太郎は本をみながら、
お店をめいこと探した。

希子は悠太郎がおかしいという。
「いつものお兄ちゃんやったらやっきになって
職探しに突き進むかんじやのに・・・
なんで・・・?」

「確かにな」、と静は言った。

藤井にきいてみたら、藤井はあっさりと
満洲に軍属でいくこということを
はなした。

結局サブちゃんの力では無罪放免は
かなわず、公衆の面前であのようなことを
との力が強くて市役所は首、満洲へいくこと
になった。

希子は、「何も満州でなくても。
無事にたどり着けるかどうかもわからない
情勢なのに・・。」

「最後はみんなの笑った顔を見て
みんなに笑った顔を見せて
行きたい」と・・・いっていたと藤井は伝えた。

そして明後日が行く日だと聞かされた。

それを放送局で川久保に言った。
最後は楽しい思い出だけを残していきたい
からと、悠太郎はそう思って内緒にしていると
いった。

川久保は驚いて声を出ない。
そこへ、なんと悠太郎とめいこが
放送局へきた。
料理屋はどこもやっていなかった。

歌の番組があるから聞きに来たという。

希子はしばらく考えて、めいこたちを
スタジオに招き入れた。

そして、歌を歌った。蘇州夜曲である。

ーー君がみ胸に抱かれて聞くは
夢の舟歌・・鳥の歌・・・水の蘇州の・・
花散る春を・・惜しむか柳がすすり泣く・・・

花を浮かべて流れる水の
明日のゆくえはしらねども

今宵うつした二人の姿・・・

「ものすごいよかったわ・・
上手になったね」とめいこ。

「希子の歌はええ。幸せな気持ちになる。」

「なんにもでませんよぉ・・。」

「いつも正しい情報は無理かもしれないけど
希子にはいつも希望を与える力があるんやな」
と悠太郎。

「なにも・・・でぇへんよ。」

希子は涙声になりそうだった。
川久保は、まだ放送があるからと
いって希子をせかした。

スタジオに入って行く希子。

「がんばってね~~」とめいこ。

悠太郎は川久保にいった。

「今日はありがとう。
希子をよろしく・・・」

川久保は、慌てて帽子を取って
「はいっ」と返事をした。

帰り道、悠太郎はめいこに活男に書いた
手紙を託した。

めいこは、「職探しは急がなくてもいい」と
いう。「今まで頑張ってきたから・・」と。

悠太郎はめいこの手を取った。

めいこは、驚いて「ええ歳して・・・」と
照れていう。

「ええ歳して・・照れんでもええやないですか。」

めいこはうなづいて
二人で手を取って歩いた。

翌朝、久しぶりに鶏が卵を産んだ。

「どうしましょう??
どうしますか??何が食べたいですか?

何がええですか?」

朝餉の席にめいこは卵をもっていって
話をしたら・・。

希子は今日はとまりだという。
静も昔の置屋の集まりだという。

「卵はお二人でどうぞ?」と希子

「ええの?ほんまに??」
めいこは喜んだ。

悠太郎は頭を下げた。
ーこうして、二人っきりの一日が
始まったのでございます。

****************

川久保は、希子をよろしくと
言われて、緊張して帽子をとって
頭を下げた。

あの場面も・・・

どの場面も・・

だれもが悠太郎が満洲へ行くと
知っているのに
めいこは知らない。

めいこだけは知らない。

ええ歳して・・・といって照れて
悠太郎と手をつないで歩く時も
その意味を知らない。

知らないままでいいのでしょうか。
知ったほうがいいのでしょうか。

悠太郎とはこれで永遠のお別れなので
しょうか・・・

満洲はこの時代はかなり厳しいと
思います。

わざわざ殺されにいくようなものです。

こんな悲しい思いはどこまで続くので
しょうか。

日中戦争、太平洋戦争・・と
国と国との戦争は、残酷なものです。

なぜ・・
そう思っても、戦争へと人は
進んでいくのでしょうか?