悠太郎の卵(らん)4
突然の知らせがめいこに入った。

悠太郎が当局に捕まったというのだ。
知らせに来た市役所の職員に話を
聞いた。

空襲で火事になったことを想定して
防火演習をしていたときのこと。
悠太郎が担当した。

軍と警察が見ている前でのことだった。
さて、火に水をかけて消す時・・
悠太郎は燃えているところに
ガソリンをまき始めた。

「空襲というのはこんなものや、ない。
燃えているガソリンがそのまま
落ちてくることだ。消すことはできない。
命が惜しかったら、とにかく逃げろ!!!」

と、叫んだという。
「町は人を守るためにあるんです。
人が町を守るのではないのです。」

群衆にむかって叫ぶ悠太郎を
軍と警察関係者は捕まえて
連れて行ったというのだ。

悠太郎がいうのは、防空本部の
通達と違うことだったので
捕まったのだ。

「どないなるんですか?」

と静がきく。

「厳罰・・

厳罰はまず、免れないと思います。」

めいこはじっと聞いていたが
突然立ち上がって出かけようとした。

静は言った。
「あんたどこへ行くの?」

「悠太郎さん間違ってないやないですか。
正しいことを教えようとしただけやないですか。
町の人を守ろうとしただけやないですか。」

玄関を出ようとしたので、静と職員はめいこを
止めた。

そこに別の職員がやってきた。
「今は納めとき。たしかにあんたのゆう通りやと
思う。」

その人は実際に現場にいた。
「火の燃えるのを見て、西門さんのいうことが
正しいのはようわかった。けど・・・今はおさめとき。」
これ以上、めいこまで捕まったら、
この家はどうなるのかという。

めいこは、座り込んだ。

「火事でお母さんをなくして
安全な街を作りたいとの思いだけで
生きてきたのです。
これも安全のためだといって、家を引き倒して
身を粉にして尽くしてきたのです。

それのなにがあかんのですか・・・・・・・。」

放送局にいる、川久保夫婦のもとに
源太は走った。しかし、まだなにも
わかっていない。
川久保まで嫌疑はかかっていない。

「泰介やらふ久ちゃんに連絡は?」

と源太が言うとまだだという。

それで源太が自分が連絡するからと
いって、うちの人間はあまり動かないほうが
いいという。

不安になる川久保と希子だった。
「いつも通り(放送を)やるんや・・」
「わかっている・・。」

めいこは、悠太郎の部屋で嘆願書をかいていた。
そこへ、源太が来た。

「もっとなんか早く動くつては?
処分が決まったら終わりやぞ。」

源太は、ちらかった本をめくっていた。

すると、軍関係の資料の裏書に
藤井の名前があった。

めいこは、藤井に頼みに行こうとした。
ところが、そこへタイミングよく
藤井が
「こんばんわ~~~」と言って入ってくる。

悠太郎のことは知らないらしく、小麦粉
もってきたので、夕飯をお願いしたいと
いう・・・

めいこは、渡りに船とばかりに
藤井を見た。

しばらくして、藤井とめいこはあわてて
家を出ていった。

西門家には静と希子と源太が残った。

「大丈夫かな・・・おにいちゃん・・。」
と希子が言う。

「藤井さんの幼なじみが司令部に
おるんやろ?結構なえらいさんやと
思うで。」と静が言った。

「なんでちいねーちゃんを連れて
いったのですか?」

「あ、実はな・・・・。」と静はかしこまった。
そして、顎を突き出した先には、台所が
あった。

藤井は、幼馴染の軍関係者の家の座敷で
待っていた。

そこへその人が入ってきた。

「いや・・・こんな夜分に悪いな、さぶちゃん。」
と藤井が言った。

「ほんま、なんやねん?」

「ま、これでも食べてや?」
藤井は包みからカルメラを出した。

「カルメラか・・いただくで。」

パリッと食べた。
「ようできているな、カルメラ。
うちのおばあちゃんなみや。」

ご機嫌なさぶちゃん。
藤井は、「実はな」と、話を始めた。

さぶちゃんは、ああ、あの市役所の???と
わかったらしく、あれはあかんという。

「いくらコウちゃんの頼みでもあかん」という。

藤井は、さぶちゃんの孫が通っている
小学校の写真を見せた。
「ここを作ったのは彼や。
頑丈な建物を作らなあかんといって
ええ学校を作った。」
地下鉄の写真も見せた。
「これもええ出来や。こんなに仕事をする
男やし、軍の建物も頑丈なものを
作ってくれるから・・・この男を捕まえたまま
だと、もったいない」と藤井は言う。

しかしさぶちゃんは、「軍に反抗するやつなど
あかん」という。

藤井は「あいつに思想性はない。ただ、火事で
お母さんを亡くしたことで、建物は人を守るために
あるというだけや。
その立場になったら兵隊を守る建物を
作るで。」

藤井は必死に訴えた。

「このカルメラ、全部食べてもええんか」と
サブちゃんは聞いた。

藤井は「ちなみにこの見事なカルメラを
やいたのは、そいつの奥さんや。
挨拶してもええか?」と聞いた。

さぶちゃんはびっくりした。

ふすまが開いて、めいこが頭を下げて
座っていた。

「ご所望であれば何百個でも何千個でも
カルメラをお焼きします。

閣下のために一生作り続けることも
厭いません。

だから

なにとぞ

なにとぞ

寛大な処置をお見せくださいませ。」

めいこは必死で頭を下げて頼み込んだ。

すると甘党のサブちゃんは、言った。

「あんなぁ・・・

ドーナッツは・・

作れるか?」

めいこは、顔を上げて、サブちゃんを見た。

さぶちゃんは、

「うん?」と念を押して聞くように
いった。

・・・

翌朝、めいこはふらふらになって
帰ってきた。

心配をしていた静も希子夫婦も
出迎えた。

「どうでした?」と川久保がきくと

「うん・・」といったきり、希子に倒れこんだ。

めいこは、ほっとして
話をした。

さぶちゃんはたいそうな甘党でえんえんと
おばあちゃんとの思い出のお菓子を作ったと
いう。

あきれる三人。

希子は「けど、あるところにはあるんですね・・
お砂糖・・・・」という。

めいこは、袖から、袂から
胸から・・・
新聞の包みをだした。

新聞紙には砂糖が包まれていた。

「あんまり腹が立ったんで・・いただいて
きちゃいました・・・へへへ・・。」

「こんなことして大丈夫なん?」

静は驚くが

「これでばれるような量と違いましたから」

とめいこは言った。

「で、(悠太郎は)大丈夫なんですよね?」と希子。

「大丈夫と思いたいけど・・・」

といってめいこはちゃぶ台にうつぶして
寝てしまった。

その日の三時。
戦利品の砂糖を使っておやつを作った。

子供たちは「おばちゃん、どうしたの?このお砂糖」
とおいしいおやつに、びっくりする。
さぶちゃんちから持ってきた(?)
というか・・・関西的には、ぱちってきた
砂糖を使ったのだった。

「だれにも言うたらあかんで、いうたら次から
出てこないからな・・・」とめいこは
いった。

しばらく沈黙があった。
子供たちは食べている。

めいこは作っている・・・

「僕らにもいただけますか?」

ふいに、声がした。

悠太郎の声だった。

悠太郎が玄関先から入ってきた。

「ごちそうさんでした・・」といって
子供たちは帰って行った。

めいこは、悠太郎を見た。

「ホンマにすみませんでした・・。」と悠太郎。

めいこはいきなり悠太郎を突き飛ばした。

悠太郎は上り口に倒れこんだ。

「みんなが・・・みんながどれほど
心配したと思ているのですか!!!」

めいこは叫んだ。

悠太郎は目を伏せた。
「あとさき考えんとそれがええ年した
大人のやることですかっ!!
あなたを頼りにしている家族のこと
何も考えていませんよね!!
考えていたらこんなことしませんよね!」

めいこは、悠太郎にしがみついた。

「せやけど・・・りっぱでした。

立派なお仕事でした。」

悠太郎に抱きつきめいこは泣いた。

泣きじゃくった。

**************

カルメラ・・・・あれは
お砂糖の塊でしょ???きれいに膨らませて
パリッとした感触がいいのかな。

ホンマに、甘党なんですね、さぶちゃん。

で、ドーナツと・・・何を作ったのか延々と
お菓子を作ったというから
すごいです・・・。

悠太郎のいうことは正しいことです。
火のついたガソリンが落ちてくるのが
空襲だと。それを初めて聞いた市民は
驚いたことでしょう。
今までのバケツリレーでは消火など無理です。

何の知識もないし、何の知識も知恵も与えないのが
国家ですね。
庶民が知恵も力も持ったら、国民をだますことが
できません。賢くて、頭のいい人間は
少数だとあと大多数のあほな国民を
支配することがたやすくできます。

このころの思想犯の中には、本当のことを訴えた
人がいて、国家としてはそれは都合の悪いことで
あれは、けしからんといって、捕まえて殺したわけです。


だから、真の国民のための国家は
思想、信条、宗教の自由をうたっている憲法が
不可欠です。