乳のおしえ6
源太は何も食べられない。

亜貴子の話しかけに
源太は「食べ物が死体になる」という。

亜貴子は「食べるという行為が
しんどいのでは?」という。

めいこは「ほな、命をもたん食べ物
やったらええということですか。」

そんなやりとりがあって、めいこは
考え込んでしまった。

「どうして源ちゃんは・・・」

『食べるということはいのちをいただくことやろ?』

亜貴子の言葉を振り返った。

そこへ、先ほど、帰って来たけど
中に亜貴子がいるのをみて一旦
玄関の扉を閉めて外へ出た
悠太郎が「ただいま~~~」と
自然体で帰ってきた。

それに応えることもなくめいこは
考えながらつぶやいていた。

「ほな、・・・殺したんかな??
源ちゃん・・・」

「え?」
唐突な会話なので悠太郎は
驚く。

「人を・・・殺したんかな・・・
源ちゃん・・」

「そりゃ、戦場ですからね。大丈夫ですか?」

悠太郎はめいこのそばに座った。
台所の上り口に並んで腰を掛けた。
めいこは悠太郎の腕を取って
言った。

「それがええとか、悪いとかではなく
きつかったんやろな、源ちゃん・・。」

二階では泰介が源太をみていた。

泰介は戦争と自分の人生について
悩んでいるらしい。

「あの・・・
聞きたいことあるんやけど、いい?
ひどいことかもしれんけど・・

おじさん、また、戦争いかされるやろ?
それでも、その・・・・やけにならへんの?」

「わし・・・

夢があんねん

千人のおねえちゃんと、つきあうんや。」

「え???」

「だれもが口をそろえて無理やという。
けど、あきらめへんのは
わしの自由やろ?」

「あは・・ははは・・」

泰介は笑った

「どないしたん?」と源太がきく。

「どないしたんでしょ・・・・」

泰介は泣きながら答えた。

階下ではめいこに悠太郎が
話をしていた。

「親父もきっとそういういきさつを味わって
いたとおもいます。それが始末です。
奪ってしまった命への
せめてもの償いともいいましょうか。」

めいこのそばで悠太郎は
正蔵の話をした。
めいこはじっと聞いていた。

翌朝のことだった。
意を決したかのように
めいこは早くに家を出た。

向かった先は市場。

それと入れ替わりに
亜貴子がきた。

玄関を開けると
悠太郎がいた。

驚く悠太郎。(驚くわな、フツー)

「ああ、おはようさん~~」

と、亜貴子は声をかけた。そして上り口から
上がろうとしたその時

泰介があわててやってきた。

「おとうちゃん、源太おじさんのようす
ヘンなんやけど・・・」

源太をたたきながら名前を呼ぶ
亜貴子・・「泉さん!泉さん」

様子がおかしいどころか、あっちの世界へ
行こうとしているのではないか???

亜貴子は、「足を持ってください。」

と言いながら「声をかけて呼んでください」
といった。

家族全員で、「源太さん」、「源太さん」
「源太おじさん・・・」「源太さん」

と呼び続けている。

市場に行っためいこのもとに
泰介が知らせに来た。

帰ってきためいこは
源太が意識不明なのに驚く。

「なんかいえよ、めいこ。」と悠太郎。

「え?」

「呼び戻すんや、はよ」

「あ・・あの・・」

「源太さん、なくしてまうで!!!」

めいこは、やっとの思いで
声が出た。

「ジャム・・・・返せ!!!」

めいこは、源太のそばに座って
言った。

「ジャム・・返せ!」

源太の胸倉をつかんで
「私あの時のジャム
まだかえしてもろてへん!!」と叫んだ。

そうだった・・・あのとき、
ジャムを源太にとられたままだった。

「ジャム、わやにして返しもせーへん。
弁当食うて、礼も言わん
(出征の時、赤茄子ライスでつくったイチゴの
おにぎり弁当)」
『全部食べてからごちそうさんって言いに来て』

「源ちゃんは、そんなやつじゃなかったはずや」

イチゴがつぶれておばあちゃんに
あげることができなくなって
泣いていたとき・・・・源太がなぜか
イチゴを持っていた。
そしてそれをくれた・・・。赤い大きなおいしそうな
イチゴだった・・・。

その声が届いたのか、源太は
息を吐いた・・・とぎれとぎれだけど
吐いて・・・そして動いた。

目を開けて
めいこの顔を見た。

「源ちゃん・・・」

「めいこ・・・・」

みんなほっとした。

めいこは台所であるものを作っていた。

さきほど、源太に話していたことがある。

「源ちゃんわたしね、食べ物の声が
聞こえるときがあるの。鯛もにぼしも
小麦粉も話すんや
それでも問答無用に切り刻んで
叩いて焼いて、私にとって生きることは
殺すことや。でも止めることはできない。止めたら
こっちが死んでしまうもの・・

でもたまには例外があるんや

ここからは何の声も聞こえヘン・・

乳だしてもお母ちゃん牛は死なヘンから
だから大丈夫や。ほら・・・」

めいこは、牛乳をおわんにいれて
源太に飲ませた。

源太は、飲んだ・・・・

きれいに飲んだ・・・。

通学通勤の親子、悠太郎と
泰介が歩いている。

泰介は、母の様子をじっと見て
思ったことを悠太郎に話した。

「あんな風に育ててもらって
死んだみたいに生きとったら
ばち当たる・・・。

どんな形になるかわからんけど
いつか、絶対

甲子園へ行くわ。

行って見せる!!

歌は・・・もうええで。」

悠太郎は、「ははっ」と笑った。
なにしろ、よく歌う、家族である。
それで盛り上がるのだが、いまは
盛り上がる雰囲気の時代ではない。
泰介もまじめにまっすぐに
人生を受け止め始めた様子だった。

父と子の会話があった・・・
父が子であった時の
父と子の会話があった・・

子はいつか父を理解し
父の教えを受け継いでい
くものなのだろうか・・・。

泰介も同じくその道を
進んでいるようだった。

亜貴子が西門家に来た。
めいこはお礼を言った。

「なにも、礼を言われる筋合いは
あらへん。本当はこれを見せに
来たんや。」
そういって、かばんから一枚の写真を
みせた。

再婚相手の男性で・・

「うちの旦那様

軍医

身長190センチ

ベルリン大学卒業

うちにべたぼれで
男のくせに料理上手
で・・・

年下や・・・!!!」

うれしそうに言って、写真を
返してもらい
「ほなね・・・」といって帰って行った。

めいこは、呆然としたが
亜貴子の後ろ姿に

「あの・・・

ごちそうさんでした」

といった。

その夜、悠太郎が
駅舎の写真を見ていた。

竹元の設計したアーチ型
の天井、柱のない広いホーム
豪華なシャンデリア・・・タイルの色
駅のよって
そのデザインが違う。

大村は
「今この世の中で何がいっちゃん
大切か、考えるしかないわ」と
いった。

横からめいこが写真を見て言った。

「それ、心斎橋ですか・・こっちが
梅田で、こっちが淀屋橋・・・」

「気持ちいいでしょ、竹元さんが
作る駅は・・・」

このころの駅舎は・・・と悠太郎は
駅舎の様子を話した。

「こっちのは天井が低くて
なんや殺風景ですね・・。」

めいこが見たのは、柱がどんどんと
あって、天井も低くて
夢も何もない普通の駅舎だった。

ぜいたくは敵だと言われて
作ったという。

「夢のない話ですね」とめいこ。

「夢はキャタピラにつぶされていく
時代になりました・・・・・・

夢をかなえるために一番大切なことは
才能や根性ではなく
生き残ることです・・・。」

めいこはじっと悠太郎を見た。

悠太郎は、「生き残ることです・・・」

といって、言葉を切った。

**************

亜貴子の旦那様見てみたいです。
身長なんか悠太郎と同じぐらいで
年下ってのも
悠太郎と同じなのかな???
料理上手ではないね、悠太郎は。

で、亜貴子にぞっこん・・・って
それも悠太郎と同じといいたかった
のか???

源ちゃん、元気になればいいね。

乳のおしえって、父のおしえとかけた
テーマだったのですね。

どこで牛乳が出てくるのかと思ったら・・
ここかぁ。

戦争は心を壊してしまいます。
敵である人を殺すことが
善であるからです。また敵から見て
私たちを殺すことが善であるからです。

普通の常識と感覚を持った人には
耐えられないことです。
特に人間主義にまみれた人にとっては
人を殺すことを強制される時代は
とんでもないことです。
生きていけれません・・・。その思いが
源太のように、ふくらむと
自分の命を絶つ行為に走るのでしょうか。

食べ物が死体に見える・・・・。

壮絶なたとえです。

もしかしたら、戦争中人の死体を食べたという
伝説があるぐらいですから
源太はそれを見たのかもしれません。

一方で食べるということは、命をもらうという
ことでもあります。

感謝して、いただきますというのですね。

食べるという行為について、考えさせられた
ことであります。