ぜいたくはステーキだ6
その夜、仕事から帰ってきた悠太郎は
自宅前がにぎやかなので驚いた。
よくきいてみると肉がどうの・・
「ええにおいやな」とどこぞのおっさん。
「おすそわけあるんかいな」
と、別のどこぞのおっさん。
なにやら、家の中から肉を焼く
いい匂いがしてくる。
「何かあったんですか?」と悠太郎。
めいこは、厚切りのステーキを
焼いていた・・・。
悠太郎は中に入って
声をかけた。
「あの、おもてがえらいことになってますけど。
肉、ごちそうしてくれるとかいうてますけど。
というより、なにがどう・・????」
なっているのかと聞く前に
近所の婦人会の奥さんとそのご主人が
ばたばたとやってきた。
「なにをやっとんのや、この家は。」
そして、肉の塊を見ていった。
「こんなぎょうさん肉をぶら下げて帰ってきて
なにを考えとんのや!!!」
悠太郎は、驚いた。
「これを・・・ぶら下げて・・・帰ってきた?」
「非常識にもほどがあるやろ!
みんなが辛抱しているときに
こんな贅沢して
日本人としての心が・・」
と言いかけたご主人を遮って
めいこは言った。
「わたしは・・・・!
おいしいものをいっぱい食べて
育ちました。
大人になって人に食べさせる喜びを
しって・・・」
みんなが、じっと聞いている。
ふ久も、悠太郎も・・・
「それだけで、ホンマにそれだけで
今日までやって来ました。」
ジュージューと音を立てる肉を
ひっくり返しながら話をつづけるめいこ。
「家族や知り合いや、友達や子供らの友達とか
おいしい顔でごちそうさんって言ってもらいたい。
私の心はそれしかありません
だから、私はあんな犬も食わんようなパンを
作ったらあかんかったんです。
世間がどうあれ
作ったらあかんかったんです。」
めいこは、焼きあがった肉をまな板に載せて
さくっ、さくっと切った。
「おいしゅうつくって、おいしゅう食べさせんと
それだけは、守り抜かんと・・・
生かしてもろてるかいもないんです。」
めいこの話をあっけにとられて
聞いているご主人に
肉を皿にもって、「どうぞ・・・」と差し出した。
「召し上がってください。」
肉は、お箸で食べられそうな大きさと形
に切られて、柔らかそうであって
こうばしそうでもあった・・・(ゴクッ)
ご夫婦はじっと皿を見たが
奥さんは、「あかん、あかんであんた」
とご主人を制した。
そして、
「ぜいたくは敵!!!!」
といった。
婦人会のメンバーもうなずいた。
そこへ静が言った。
「ぜいたくは素敵やで!」
みんなはっとした。
「ええもんを買うて、使い切る。始末いうんは
最高に素敵なぜいたくやと思いますでぇ。
ぜいたくは敵やなんて浪速っ子の名が
泣きますでぇ。」
「・・・・・・」
「お肉、大きいおますさかい
始末・・・てつどうてくれると
助かりますんや。うふふ・・。」
しーんとしているところへ
悠太郎が箸をもって
ご主人に渡した。
ご主人はそれを受け取って
「始末やなぁ~これは・・・。」
と、偉そうな姿勢を崩さずにいった。
「ちょっと、うそやろ、あんた。」
と、奥さんは、止めようとした。
そこへ、活男が
「焼き具合はなにがいいですか?」
と聞く。
その間にご主人は、ぱくっと食べた。
「ほな・・・・こんがりで。」と奥さん。
口に入れたご主人は、それを味わったあと
「うまいなぁ~~~~~~~~~~~」
と、大喜びをした。
ふ久は母の様子をじっと見ていた。
母も静もお皿にお肉をもって
外にいる人たちにもおすそ分けをした。
ジュージューという肉の焼ける音
焼けるにおい・・・
「おかあちゃん、大胆やな」
川久保は、肉を食べながら
ふ久にいった。
ふ久は、「うん、びっくりした・・・。」と
小さく言った。
「居場所がないんやったら
自分が作るという手もあるよね?
・・・ね?」
ふ久は肉をパクリと食べた。
母を見ると、めいこはおいしそうに食べながら
肉をどんどん焼いていた。
家の中では婦人会の人たちも
ちゃっかりと上り込んで
肉を食べている・・・。
その夜だった。
めいこは、ため息をつきながら
「大丈夫ですかね・・・。」といった。
「村八分とかにならないかな」と
心配しているのだった。
悠太郎は、「本当に気が大きいのか
小さいのかわからない人ですね。」
という。
めいこは、「時々カーとなるけど
蚤の心臓だ」という。
悠太郎は「大丈夫だ、ビフテキで
納得したと思うし」というのだった。
(このあたりのセリフが何度聞いてもわかりません)
また、悠太郎は
「お母さんの援護射撃もきいていたし」
という。
めいこは「あんなあしらいは、さすがですよね。」
と感心した。
「土地の文化を語られると人は弱いもんですね。」
そういって悠太郎は今日の昼間、社長の
家での会話を思い出した。
「見事な金つぎですね。」
「わての趣味でんねん・・・。」
あれは・・・・と思っていたらめいこは
「あのね、悠太郎さん・・」と遠慮がちにいう。
「あのお肉ちょっと高かったのよね・・
お休み!!」
そういって布団をかぶった。
悠太郎は、ちょっと考えた。
「うん???
うん??
高いって・・・」
布団にくるまっているめいこに語りかけた。
「なんぼやったんですか?」
めいこは、無視をした。
「なんぼですか?」
悠太郎は布団を取って聞くが
めいこは布団をかぶった。
翌朝のことだった。
角の所で奥さん方がなにやらこっちをみて
話をしている。
めいこは、何を言われているのかと
気が重くなった。
そこへ、ちょっと軽めの奥さんがきた。
「ごちそうさーーん。
ゆんべはごちそうさん!」
「どういたしまして。」
「ちょっと!!!」
そこへ、あの怒鳴り込んできた夫婦の
奥さんが来た。(名前がわからないのよね
婦人会のボス)
「あんなぁ・・・。」
「は・・・はい・・・」
めいこは緊張した。
「慰問袋作るさかい
食べ物なんにするか
考えとって。」
「はい・・」
「ほな・・・」
彼女は去って行った。
さっきの軽めの奥さんが
事情を説明する。
昨日、めいこがお肉を焼いたとき
婦人会のたすきをかけていたので
婦人会がやってくれたことだと
思っている人が多かったという。
それで、あっちこっちから
お礼を言われて、ご機嫌なのらしい。
「なるほど・・・」
「ほな・・・」
と去って行った。
「ごちそうさん!」
そこへまたご近所の旦那さんが来た。
昨日のお礼やと言って
砂糖をくれた。
「また頼むわな。ごちそうさん。えへへへ」
と去って行った。
ぽかんとするめいこ。
「私のこと・・・・・・・」
そこへさっきから門で
かたまって話をしているご婦人方が
近づいてきた
「ごちそうさん!」
「ゆんべはごちそうさん~~!!」
そういって、去っていった・・・。
挨拶をして見送るめいこ。
ーそうなんです。めいこはこの事件を機に
ごちそうさんというあだ名をつけられることに
なったのです。
「ごちそうさんか・・・・。ふふふ」
鉄筋のことで社長の家にいった
悠太郎。
書類を見て社長は怒った。
「ふざけとるんか!!」
「いえ・・。」
「この間と一緒やないか。」
「ふざけていません。
今日は社長の御慈悲に
すがりに参りました。」
「はぁ?」
悠太郎は社長に大阪をどんな街だと
思っているのかと聞いた。
社長は商売人の街やがなという。
大阪はお上が面倒を見てくれなかった
ので中央公会堂の建設も
大阪城の再建も市民による貢献で
なりたったといった。それはこの町の文化である。
「社長が大事にしている始末の心とともに
どうか、今一度浪速のあきんどの心を
みせてはくれませんか?
お願いします。
お願いします!!!」
悠太郎は頭を下げた。
社長はあっけにとられた。
うま介の店でタンポポコーヒーを
飲む竹元。
「なかなかいい苦味じゃないか。」
「タンポポに麦を炒って苦みを入れました。」
と桜子が解説した。
悠太郎は設計図を見ながら
「鉄筋が80%確保できたので
あとは・・・」と計画変更を申し出た。
「ああ、いい苦味だ~~~~~」
と珈琲を味わっているのに
悠太郎が仕事の話をどんどんするので
「馬鹿者!いちいちきくなうっとうしい!
自分で判断できんのか???」
「ほな判断させてもらいます。」
竹元は悠太郎に座れといった。
そして猫娘はどうしていると聞いた。
ふ久のことである。
「あ、学校に戻りました。」
「やっていけているのか?」
料理におけるエネルギー効率の
研究をしたいと申し出たので
復帰がかなったそうだ。
(竹元は何か叫んでいるがよくわからない)
そのふ久だが。
学校から帰ってきたら
台所が煙たかった。
何をしているのかというと
静とめいこと活男が
肉の燻製を作っているのだ。
源太から手紙が来てお肉を
食べたいというのだった。
それで燻製を作って送ろうと
いうのだった。
フライパンの上に肉を置いて煙を出して
乾燥させようとしているが・・・
ふ久は缶を使うように言った。
それで大きな缶をフライパンの上に置いた。
煙が逃げずに効率よくできるというのだ。
みんな、ほーーっと感心した。
「すごいなぁ~~~~」
ふ久は、はじめて役に立ったのだった。
ーつかのま、平和を取り戻したような西門家で
ございました。
ーしかし、この後・・・マッチ、木炭、粉ミルクと
食品、生活必需品が配給制に切り替わり
昭和16年、ついに米まで配給制となったので
ございます。
・・・・長い列に並んで配給のコメを手に入れる
めいこは、ため息をついた。
***********
よかったね。めいこ。
お肉のこと、高いお肉をたくさん買って
よかったね。
お財布は大変だったと思うけど。
おいしいものを食べるとみんな
幸せになって、話も通じるということ
ですね。
食べることの大事さがよくわかり
ます。
ちょっと前は高級なグルメブームでしたが
いまや、地方のB級グルメがめずらしくて
番組にもなっているほど。おいしいものって
高い安いではないのですね。
「ぜいたくは素敵だ」といった静さん。
ステーキと素敵をかけているのは
さすが大阪です。
それにしてもおいしそうな
お肉です。
あの肉・・・・・・ほんまもんを使っているのかな?
さくっと切るところなんか
偽物だったらああは切れないでしょう?
ふ久は自分の居場所を見つけた。
母の生き方から料理に関するエネルギーの
有効な使い方を研究するようになった。
そして、燻製のことでみんなから褒められた。
川久保の後押しがあったのかもしれないが。
なにげに、ますおさんをする川久保は
良心のような存在でもある。
自分の本来の生き方を取り戻しためいこ。
しかし、昭和16年。
物資を軍隊優先に使うので
食料もエネルギーも足りなくなって
工場も男手が出征するので
足りなくなって作れなくなって
悠太郎の地下鉄もどうなるのかな。
戦争のつらさはまだまだこれから。
農家に嫁いだ
和枝に助けてほしいけど
和枝はめいこを助けるでしょうかね?
