ぜいたくはステーキだ5
めいこはそのレシピをもって婦人会へ行った。
「これではおいしくないので、できたらお焼き
にしませんか?卵入れたらもっとおいしくなります」
と提案した。
婦人会の責任者は、レシピを見て
いった。
「たまごなんかいれたら
いみがありません。
大切なんは安い材料でしっかり栄養を取ること
です。」
そういって、ぽんとレシピをめいこに戻した。
「せやけど、これ絶対まずいですよ。」
「あのなぁ西門さん。
そもそもおいしいものを食べようということ自体
ぜいたく極まりない話なんやで。」
「え?」
驚くめいこ。
「前線の兵隊さんのことを考えたら
おいしいのまずいのって言うてられますか?」
言葉に詰まるめいこだった。
台所でめいこはレシピ通り
材料をそろえて、下ごしらえをはじめた。
ふ久がそれをみていった
「なんでやるん?
そんなに嫌やったらやらんかったら
ええんと違う?」
「しゃーないやろ、約束してしまったから」
「別のものにしたらええんとちがう?」
「あかんというねんから
しゃーないやろ。」
めいこは声を荒げた。明らかに
虫の居所が悪くなっている。
「あんたの学校とはちがうの。
ご近所なんてやめとうても
やめられへんの。
おかしいな、と思うても
やらなあかんことはやらな
あかんの!!」
「けど・・・・
みんながそうしたらおかしいと思うことでも
おかしいと言えなくならへん?」
「え?」
「おかしいまんま・・・」
「し、しらんわ、そんなん・・・。」
そういってめいこは、にぼしを
すりつぶした。
ふ久は、二階へあがって行った。
めいこは、パン作りにはげんだ。
ーメリケン粉とベーキングパウダー
大豆粉と海藻の粉、魚粉を入れ
ふるいにかける。
ー砂糖と塩を溶かした水にふるった粉と
野菜の切れ端を入れてさっくりと
まぜあわせる。それをまるめたものを
蒸し器に入れて十分。
ーとうとう、できあがっちゃったね・・・・。
ーこんなん食べさせていいのかね?
「では、いきましょか?」
婦人会ではそのパンをもって学校へ
でかけた。
さて、悠太郎の職場では、
悠太郎は闇値で鉄筋を買うしか
ないという結論を出した。
上司は、官のやる仕事に闇値で
購入するのはどうかと、と反対した。
悠太郎は自分が責任を取るというが。
上司は悠太郎だけの責任では終わらない。
話を持ってきた相沢さんも同罪に
なるし、いちど竹元先生に納得して
いただければ、という。
一方めいこのところに学校から返されたと
いって、パンが帰ってきた。
それは近所の奥さんが処分できないといって
持ってきたものとめいこの家のものと
あわせてずいぶんな量になる。
学校に言わせると
あまりにもまずいので食べられない。
常日頃食べ物を粗末にしてはいけないと教えて
いる以上、学校としては処分ができない。
それで婦人会に返してきた。
めいこは、困った。
「ホンマに災難もええとこやね」といって
帰って行った。
そこへふ久が下りてきた。
静はおそるおそるパンを食べた。
そして、えずきながら水道へ走って行き
吐いた。
「これ・・・・人の食べるもんと違うで。
家畜のえさや・・・それ・・・ふう・・・・」
パンを全部新聞紙の上に出した。
めいこはパンをちぎりはじめた。
どうするのかと静がきくと
畑の肥やしにしますとめいこは答えた。
「はぁ~~ぜいたくな肥やしやなぁ」
と静は言った。
「ほんまに・・・・」
めいこはパンを見た。
すると・・・・・
『肥やしにしかならへんようにしたのは
どこのどいつや!』
と、声が聞こえてきた。
「え?」
めいこが驚くと
『わしや、わしや
お前の手の中や!!!』
と、また声がする。
『わしはな・・・・』
めいこは、驚いてパンをおいた。
『わしはな、おいしいお出汁になれたんじゃ、
この・・・ぼけ!!!』
そういえば、すり鉢でつぶした煮干しがあったと
めいこは思った。
『煮干しさん・・・
煮干し・・・・さん・・・・・』めいこは煮干しをよんだ。
静とふ久は驚いてめいこを見た。
めいこがおかしいのと違うかと思った。
『別の形で仲ようなりたかったな?おまめさん』
『はいな、こんぶさん』
別の登場食材が話を始めた。
『僕とあなたとダイコンさんとおいしい
煮物ができたのに』
『ほんまや、あほんだら』
『いうたれ、いうたれ』
「大豆さん・・・」
「こんぶさん・・・」
めいこは食材からの抗議を受けて
倒れそうになった・・・。
『ほんまやな』
『あまいパンになるはずやのに』
「怒ってはる」
『こんなんだれも食べてくれんのじゃ!』
『どうしてくれんねん!』
『普通に作ったら
おいしいご飯になれたのに・・・!!!』
パンになった食材たちの抗議である。
めいこは、我慢できなくなった。
そして食べ始めた
「あんた大丈夫か?」静がきいた
「うん、うん・・・。」
めいこの様子を見ていたふ久は
座ってパンに手を出して食べようとした。
その手をめいこはつかんだ。
「食べんでええ!!
こんなもん、あんたは食べたらあかん!!」
ふ久はめいこをみた。
そして立ち上がって静のところへ行った。
めいこはパンを口に入れる。
押し込むように食べる。
次から次へと食べる。
ー苦行、苦行・・ああ、苦行・・・
この世のものと思えないほどまずい
パンを食べ続ける中でめいこは・・・
幼い時開明軒でおとうさんのつくった
料理を食べたこと。
~おとうちゃんの料理は世界一だろ~
そして悠太郎に
ごちそうさんと言わせたこと・・
~朝も、昼も、夜も一日三回
あなたにおいしいものを食べさせ
ます。~
お正月のおせちでは
^もっと、もっとおいしいって
いわし ていきたい・・・なんて。~
~私みんなの笑った顔もっと見たい。=
正蔵がいったうまいという言葉。
ふ久がいったごちそうさん
活男がいったおかわりっ!!
「私は
みんなのごちそうさんがききたい。」
ーただただ、己の人生を振り返っておりました。
ーそしてその苦行を終えたとき
めいこは己の原点に返っておりました。
めいこは、なにもなくなった新聞紙の横で
大の字になってぶっ倒れていた。
ーどこへもっていっていいのかわからない
憤りとともに・・・
横の部屋で静と三人の子供たちが
様子を見て心配していた。
泰介は、「大丈夫かな・・なんか倒れているけど。」
「ま、ちょっと食べすぎやな。」と静。
「今日、晩御飯てどう?」と泰介。
活男は自分が作るという。
「あ、起きた!!!」と静。
静は「大丈夫か胃薬でも飲むか」と
きいたが
ふらふらのめいこはだまって
袋をもってでかける。
「買い物へ行ってきます。」
ふら、ふら、ふら・・・・と歩いていくので
道行く人は何事かとみている。
家では、ふ久がめいこがパンを食べるなと
いったことを話した。
「なんでやろ?」とふ久はいう。
すると活男は、
めいこが結婚するとき父親に言った言葉を
いった。
1年365日おいしいものを食べさせるって
いったので自分たちにもそういう気持ちなんだろうと。
なんで知っているのかと静がきくと
料理を一緒に作るときに話を聞いたといった。
肉やの女将はあれから元気がない。
大将はもう今日はしまいにしようかと
いった。
そして大将もさみしそうにした。
そこへ声がかかった。
振り返るとめいこがただならぬ元気のない
様子でそこにいた。
おどろく大将。
「大丈夫か?」と聞くが
めいこは、「お肉をください」と、小さな
元気のない声で言った。
「何をどのくらいいる?」と聞くと
めいこは、店の奥をゆびさした。
「あれを・・・・・
ください・・・・・」
大将と女将は
それぞれ・・・
店の奥を見た。
「あ、あれ????」
それは、肉の塊というか
塊の大きな棒状のものだった。
それを布で巻いて、天秤棒に
結び、前にめいこ、後ろに大将が
肩に担いで店をでた。
道行く人は大騒動となった。
「それどうすんねん?」
「婦人会でなんかするんか?」
「めいちゃん、どうすんの?」
「わしもようわからんねん・・・」
雑踏と騒音の中。
なにもいわないめいこ。
しゅくしゅくと肉をかついで
家に向かう。
通行人は驚いてみる。
「ぜいたくやな~~~~」という。
いつぞやの張り紙がある前を通る。
『ぜいたくは敵です』
とある。
そんなものに・・・目もくれず
家へと向かう。
ついに西門の台所についた。
肉をまな板の上に置く。
おどろく静と三人の子たち。
静は
「今日はお肉なの?」と聞く。
ふ久は怪訝そうにしている。
めいこは、侍のように
すらっと包丁を袋から出した。
そして
肉を厚めに
スパッと切った。
活男、川久保、希子・・・・
静、泰助・・・
そしてふ久・・・
周りが見えないのかと
おもうほど
めいこは、集中して
肉を切った・・・・。
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めいこの原点・・おいしいものを
食べること。
そして食材には
おいしく食べてあげること。
なのに、おいしいというのはぜいたくです
といわれたら、自分の人生を否定された
ようなもの。
たとえ、芋の茎でも葉っぱでも
おいしく食べたらいいと思いますがね。
なのに、パンの中に魚粉だの
大豆粉だの
いれますか???
おいしくないですよね??
栄養以前に味覚が受け付けないですよね。
これは、人間の食べるものではないと
静が言ったがそのとおりでした。
健康を損ねるような政策は
人権侵害に当たります。
また、傷害罪にも相当します。
大げさかもしれませんが。
しかし、この時代、国は
そんな政策をぶったてたのです。
ぜいたくは敵です・・・
これこそ、全体主義の、国家主義です。
ぜいたくというのは、ひとそれぞれに
ちがいますから・・・
それと、兵隊さんのことを思えばと
よく言われます。
だったら、軍隊の兵隊への
待遇をよくするしかないのです。
しかし、それはなぜか、できないのです。
全体主義の国家主義だからです。
個人という存在がありません。
武田信玄は言いました。
人は石垣人は城・・・と。
ひとつひとつの石が重なって
強固な石垣になります。
その強固な石垣があってこそ
立派な城が成り立ちます。
でも日本人は人を見ずして
国家主導を語ります。
みんなが一致団結というのは
それぞれの個性がかさなりあって
力をお互いがかけあってこそ
一致団結の素晴らしい力がでます。
その一つ一つの力をそぐようなことを
する時代に、一致団結など
ありえません。
ふ久の持論、おかしいとみんなが言えないように
なったら・・
まさしく、おかしことをおかしいと言えなくなった
時代だったのです。
めいこの原点はおいしいものを食べること
そして、宮本先生から習った
人は食べなければ生きていけないのですという
真実。
しかし、「欲しがりません、勝つまでは」という
キャッチフレーズまで出てきます。
一億総攻撃という言葉も出てきます。
お国のために死ぬことが名誉だと
いう考えも出てきます。
欲しがらないこと、死ぬことが名誉
すべて、めいこの人生の真逆な
価値観の時代でした。
