贅沢はすテーキだ4

西門家の朝餉。

泰介がごはんをみてめいこに聞く。

「おかあちゃん、これなに?
おかあちゃん?」

めいこはだまって考え込み
落ち込んでいた。

活男が気を利かせて説明する。
「そうめんをきつねいろになるまで
いためて、ご飯の上に載せて
塩をいれてたいたんや。」

すると静が「今日もなんや、貧乏くさいなぁ」
と笑いながらいった。

それでも、いつもなら応戦するめいこ
だが。おとなしい。

静は「なんやあんた今日は一席ぶたへんの?」
と聞く。

「ぶつ?何をですか?」

「お母ちゃん大丈夫?」と泰介。

「・・・なにが?・・・・・」めいこはわからない。

面倒くさそうに見ている悠太郎。

あさの出勤時となった。
玄関先で川久保と希子、悠太郎が立っている。
川久保は
「やっぱり親しい人が出征して
気落ちをしているんでしょうかね」

という。

希子は、「うん・・源太さんええ人ですもんね。」
という。

すると川久保が「君にとっても?」と聞く。

希子は笑いながら川久保と並んで行こうとした。
悠太郎は「どういうことや」、と気になったのか聞く。

ふたりとも「え?」と言って悠太郎に振り向いた。

希子は源太のことを憧れていたことをいう。

悠太郎は、驚いた。

「昔の話よ」

というと

悠太郎は、「昔の話が一番たちが悪い
んですよ。」とため息をつきながら言う。

川久保は、「えっと・・・あきよさん?」
希子が、「あきよさん、やったかなぁ?」

と、また笑いながら歩き出した。

悠太郎はあわてて、「ゆうたか?」
と言いながら二人を追いかけた。

台所で
糠床の手入れをしているめいこ。

ーそうだよね、ちょっと言いにくいよね。
源ちゃんも心配だけどイチゴがなくなったことが
やたらと気にかかるなんてね。
呆れられるのに
きまっているものね。

「けどなんかな・・・ぁ」

ー嫌な予感がするんだね。

「回覧板…」と静がもってきた。

それには、砂糖が配給制になったとあった。

めいこは、驚いた。
砂糖が自由に買えなくなる。
「お砂糖に統制がかかるのですか?」

めいこにとっては一大事である。案の定
市場に行くと列を作って砂糖を買いだめしようと
している。

めいこは並ぼうとしたが、はじき出された。

市役所の悠太郎の職場では鉄筋を
確保していて倒れそうな会社
を探していた。

そこへいい情報がきた。
オリンピックを見込んで仕事を拡張
したが、中止になったので
事業が立ち上がらなくなった会社が
ある・・・と。どうやら鉄筋の資材を
購入した後らしい。

「その会社を詳しく調べてくれ。」
悠太郎は指示を出した。

うま介の店ではめいこが落ち込んでいた。

室井は「どうしたの?メイちゃん」と心配した。

「桜子・・・」とめいこがつぶやく。

「ん?」桜子は答えた。

「どうなるのだろうね?この国は?

だって砂糖が自由に変えなくなったのよ
イチゴだっていつの間にか消えてたのよ。
すごく怖いことじゃないの?これ・・・・。」

桜子は、「どうどう・・・ほら、飴玉・・・」
めいこに飴玉を食べさせた。

めいこは、少し落ち着いた。しかし涙ぐんでいる。

桜子は「泣くほどのことじゃないわ。まだあるところには
あるらしいし。」といった。

うま介は「配給もそれなりの量はあるらしいし」という。

「わたしね、ずっとお砂糖に助けられてきた気がするの。
辛いときには甘いものがいつも・・・私を助けてくれた・・・。」

あのとき・・悠太郎に振られた時も
パフェをドカ食いした。

大阪に来てだれも味方をしてくれなかった時も
あまい、お菓子がめいこを慰めてくれた。

ここで焼き氷を作ったときも・・・

「源ちゃんも
イチゴも
お砂糖も
私の大事なものがどんどん知らないうちに
取り上げられていく気がして・・・。」

室井は考えていた・・・。

めいこが帰った後のことだった。

「泣くことはないわな・・・」とうま介。

桜子はいった。
「めいこの人生はあれがすべてなのよ。
食べて食べさせる以外なにもないんだもの
すっからかんだもの・・・。」

桜子はふと、室井が小説のプロットをかいているのを
みた・・・・。

帰り道でめいこは張り紙を見た。

『日本人ならぜいたくはできない筈だ』
と書いてあった。

市場の奥さんが言っていたことを思い出した。

「イチゴ作るなら別のものを作ろうと
いう考えてになっているみたいやわな~~
イチゴは手間かかるしおなか膨れヘンし・・。
ぜいたくやて。」

めいこはぜいたくの言葉を手で隠して
その代りに贅沢の場所にイチゴを置いてみた。

ー日本人ならイチゴはできない筈だ。

なんてしっくりこないよね。
日本人ならイチゴは食べられないはずだ。

あったら食べるよね・・・。

そこへ婦人会の人が来た。

「これ貼って・・・」

ポスターには
『ぜいたくは敵だーー』とあった。

「ぜいたくは敵になったんですか。」

めいこは驚いた。

「今更なにゆーてんの!」

と奥さんは言った。

「お砂糖もぜいたくやから規制されたんですか?」

「あたりまえや。お砂糖は味を良くするだけで
骨を弱くするし体には害しかないって
知らはらヘンの?

百害あって一利なしぜいたくの極みや。」

「でも、お砂糖を食べると元気が出るやないですか。
なにも、そう・・・」

悪いことばかりではと言いかけためいこを
奥さんたちは制した。

「お国がそう発表したんや。砂糖は害やて。
この間そう発表したんや。
ええからはよ、貼って。」

浮かぬ顔のめいこ。

「みなさん、いきますよ~~~」と奥さんたちは
去って行った。

めいこは、ポスターを見た。

『ぜいたくは敵だーー』

納得いかないめいこだった。

さて、悠太郎は件の会社を訪問した。
社長は、書類を見ている。

悠太郎はお皿を見て
「見事な金つぎですね」といった。

「それね、わての趣味ですわ
割れた皿でもそれによって別の
景色が見えてくる・・・
それがええんですわ。」

それまでそんな話だったが
いきなり書類をたたきつけた。

「話になりまヘンな。」
公定価格では納得いかないという。

職員は「これは官の仕事だから予算を
自由にできない」という。
社長は「冗談はやめてくれるか」と
いった。

官といっても悠太郎たちはビジネスの正式な
ルートではなく裏からはいって
きたということを社長は見抜いていた。

「公定で行くんやったら、それこそ
軍に買い取ってもらいますわ。

帰り!」

そういわれた。

婦人会の会場でのことだった。
ざわざわとしている中で
ある婦人がめいこに言った。
「お砂糖かえた?」
「いいえ、まだ。どこか売ってますか?」

「この辺やったらね・・・・」

という間に、話が進んで
レジメが配られた。

小学校では食糧事情が悪くて
弁当を持ってこられない子供たちが
いて、弁当泥棒まで出ているという。

それで、興亜建国のパンをつくることになった
だれか作ってほしいとのことだった。
これひとつで栄養が取れて
節米にもなるというので、婦人会では
北天満小学校に300個寄付することになった
というのだ。

それで結局引き受けためいこ。

静はあきれた。
「人がいいですね、おねえさんは・・」川久保が言った。
泰介は「小さいことを言うけど
材料はどうするのか」と聞く。

めいこは、「おかしいよね、普及というなら
普通材料をだすべきやね。」

材料は個人負担なのである。

興亜建国パンの作り方の紙を見ていた
活男がきいた。

「おかあちゃん、ホンマにこれ数字はおうてるの?」

めいこは、レシピを見ていた活男のもとに
いった。

「これ、印刷間違ってない?」

めいこは怪訝そうな顔をした。

「見てなかったん?」

「配られたとたん
会合がお開きになったという。」

めいこはちゃんと見ていない。

改めてみるとおかしな感じだった。

「魚粉?」

川久保が「飼料ですね」という。

海藻の粉
大豆の粉

野菜の切れ端・・・・・

静はどんな味か皆目
わからへんなという。

めいこは頭を振った。

「あきまへん!!!!

この・・・パンは

あきまへんっ!!!!」

めいこは恐怖を感じたようだった。

**************

わけのわからないパンを作ることになった
めいこ。

どんなパンができるのか、めいこには
想像ができたらしい。

それはとんでもないものだった。
国はそんなものでも食べていろと
いうのだ。

本能的にめいこはこの状況は
恐ろしいと思ったのだった。

源太が出征するときまでは
お国のために一致団結とか
いっていたのに、源太がいなくなり
イチゴがなくなり

砂糖が自由に手に入らなくなっていく。

国民が食べることを取り上げられ
それで国が成り立つのかと
めいこは考えたにちがいない。

そして、この興亜建国パンである。

魚粉という飼料をつかい、大豆の粉を使い
海藻の粉を使う・・・野菜の切れ端も。

こんなものはパンではないというのだ。
宮本先生「人は食べなければ死んでしまうのです」
といった。

死は戦場だけではなかった。
日々の生活にもその影がしのびよっていた。