つい(汁)のすみか5
悠太郎とめいこの祝言はにぎやかに
繰り広げられた。
お膳が配られた時だった。
めいこは箸を取って食べようとした。
そこへ和枝が
「ちょっと、ちょっとあんさん
食べはるつもりですか?」と
いう。
和枝は人の間を縫って歩いて
めいこの前に座った。
「なんなんです、このお膳は。
すぎ玉は親の仇みたいに
大きいし、」大根を丸くすぎ玉に
見立てて切って煮つけにした
ものだった。
「縁起がええと思たんで・・」
「なんなん?この雑魚は。」
魚の粕漬けである。
さんざん苦労したメニューである。
才覚が問われると
言われたメニューである。
「小さいけど、鯛とかもあるんですよ。」
お皿に乗っていたのは、二切れの魚の
かす漬けとエビであった。
だから一切れは雑魚だったのでしょうね。
「雑魚は雑魚でっしゃろ?」
「名もない魚でもおいしくできるよって。」
「!!?」
「大事なんは肩書や名前じゃなくて
おいしいかどうか
大事なことを見失わないでって
希子ちゃんへ伝えたくて。」
「嫁として認めてもらえんでも
あんさんはしあわせやったんと
いいたいんかいな。」
「認めていただければそれはそれで・・・」
他の姉たちは
ほほほほと笑っていた。
「あんさんはわてをいらだたせるために
生まれてきたようなお人だすな」
「あの・・・おいしくなかったですか?」
「ふつう!」
この会話には大吾もイクも笑った。
「すぎ玉、中まで味をしみこみさせるの
大変だったんですよ。」
めいこは大根の煮つけであるスギ玉
風がのっているお皿を持ち上げて訴えた。
「そやから、大きすぎるんや
いうてるやろ」
「大きいほうがいいかなと」
「おかしなことをいわはるなぁ。
この人は・・・」
正蔵はそんな和枝の様子を笑いながら
見ていた。
親子のわだかまりも溶けた様子である。
翌日の朝
ぐてんぐてんに酔っぱらって
二日酔いの大吾を
イクと照生が両側から支えている。
西門家の玄関先で
めいこと悠太郎は
卯野家の三人を見送った。
ゆっくりしたいけど、お店を
休んで来ているからと
東京へ帰るのだった。
「おとうちゃんいくよ。
ねーちゃん、またな。」と照生が
いう。
「うん、ありがとうございました。」
めいこはお礼を言う。
「ありがとうございました。」
悠太郎も三人の子供も
頭を下げて見送った。
角の所まで行くと
大吾が振り返った。
「めいこ、元気でやれよ」
うれしそうだった。
そして足元がふらついたので
イクと、照生が、おっと・・・
といって支えた。
「うん。」
めいこも笑顔で見送った。
「しっかり、ほら、おとうちゃん・・・」
卯野家はこうして
去って行った。
すると家の中から和枝の声がする。
「なんやの、もう・・・・・」
あわてて家の中に入ると
正蔵がやはりお酒がぬけずに倒れていた。
そのそばに和枝がいた。
「大丈夫ですか?」
泰介が和枝に手を差し出した。
和枝は、「おおきに」
といって、泰介の手を借りて
立ち上がり、草履をはいた。
「あの、お姉さん
はるばる、ありがとうございました。」と悠太郎。
「ありがとうございました。」と、めいこ
三人の子供も頭を下げた。
「あのなぁ・・・」と和枝は着物の
しわを整えながら
いった。
「これからはミセスきゃべじの
料理を手本にすればええわ」
「え????」
「あれは、うちの長患いの
年寄りにも食べやすいように
作ってあるさかい。」
「・・・!
・・・・・あ・・あの
ミセスきゃべじって
・・おねえさん???」
しれっとした顔の和枝。
「ええええええ!!!!
お姉さん!」
めいこはびっくりした。
「ミセスきゃべじって
お姉さんやったんですか?」
希子も出てきて驚いた。
「あんさんの見かけ倒しの
雑な料理でも採用されているから
わての料理でもいけるんと違うかと
おもたら案の定や。」
口をあんぐりあけて声も出ない
悠太郎とめいこ。
和枝は希子のほっぺたを
おやゆびと人差し指で
両側からつかんで
「名前を出すとあんたが気いつこうて
の採用になるかもしれんやろ?」
といい、めいこのようをむいて
「それが嫌で匿名でやっとったんや。
ま、わてのほうが
分が悪い状態で(投稿数は少ないけど)
採用数は倍ですわ。」
あっけにとられるめいこに
「ほな、バイバイ・・・」
そういって玄関を出た。
めいこは
口をぽかんとあけたまま天井を
みていた。
悠太郎は、和枝の後姿を見送り
めいこを見て
ため息をついた。
和枝の作った柿の葉寿司は
おいしいと評判だった。
「うん・・・うーーーーん」
正蔵は顔全体でおいしいと
表現しながら
「この味やな・・」
子供たちも「うーーーーん」
とうれしそうな顔をした。
静も、希子も・・・「おいしい」という。
「これ、たまらんな。」
と静が言う。
「うまいやろ、な?」と正蔵。
「き寿司が臭くないのに
酢がぴーとたってのうて(酢がきつくなくて)
柿の葉の香りがすっと溶け込みよる
ご飯はベトついてへんし・・あはははは・・」
ご機嫌である。
さすが、和枝。
正蔵の先妻の味をついでいた。
「なにが秘訣なんでしょうかね?」
希子が言う。
「なんで・・・しょうねぇ・・・・・」
テンションが低いめいこ。
「まだ怒ってるんか?
きゃべじさんのこと。」
悠太郎がきく。
「なんだか負けたような気がする」
静は何事かと聞くと
悠太郎は
和枝に知らないうちにいけずをされていた
という。
「ラジオを通してもう何年も・・・。」と悠太郎。
「姉さんのせいで投稿が採用されないように
なったんです。」
「あら~~それはまぁ・・・
信じられヘンほど手の込んだいけずやな。」
静もあきれた。
「どこまで行ってもかないませんよ・・
知恵も料理も、腕も・・・」
「けど、夢みたいな一日やったな。」と正蔵は
うれしそうに言った。
「二人の祝言を見れて
そこに和枝までいて
柿の葉寿司までついてきた~~
あははは・・・」
ホンマですねと悠太郎は言った。
ホンマに・・とめいこが言おうとしたとき
大きな音がした。
正蔵が前のめりになって倒れた。
「お父さん!!!」
みんなが正蔵に呼びかける。
「医者呼んでくる!!!」
悠太郎は立ち上がって飛び出した。
大騒ぎになった。
医者は「お大事に」といって
帰って行った。
「おじいちゃんどうなるの?」
泰介がきく。
正蔵は部屋で寝ていた。
その周りに、みんなが座って
心配そうに見ていた。
「寝ているだけや・・・。」静は
泰介の手を取っていった。
めいこは希子に言った。
「ミセスきゃべじの料理が載っている
台本を移させてほしい。きっと
お父さんの口に合うはずだから」といった。
希子は「私が写してきます」といった。
「おおきに」
ーその日から西門家の女たちは正蔵のために
ー動き出しました。
希子は台本を写し
それをめい子が料理をした。
ーそれぞれができることを。
「おかあちゃん、おじいちゃんこれ
食べるかな?」
活男が正蔵と一緒に作った
干し柿をめいこに見せた。
「持って行ってみようか?」
「うん、」
「ただ今戻りました~~~」
泰介が帰ってきた。
「おかえり。」
部屋では静が三味線を弾いて
唄っていた。
「あははは・・・」正蔵は楽しそうだった。
「おじいちゃん~~」
泰介が入ってきた。
そして「これみて」、といって
テスト用紙を見せた。
二枚とも百点満点だった。
「ええ??百点・・・・。ようやったなぁ」
と喜ぶ。
「おじいちゃん、干し柿食べる?」
と負けずに活男も正蔵にいう。
「ようできた、ようできた。ようかわいて。
ええ色しているなぁ~~」
と喜ぶ正蔵。
その様子を見てめいこはうれしくなるが
ふ久がなぜかそれをじっと見ていた。
そして、夕飯時になった。
正蔵の部屋にお膳を持っていくめいこに
ふ久はいった。
手に自分のお膳を持っていた。
「おかあちゃん・・・一緒に食べる。」
そういった。
そして正蔵の部屋にお膳を運んだ。
「ふ久が一緒に食べたいんやて・・な?」
うれしそうな正蔵。
みんなで正蔵とお膳を囲む。
「なつかしい味やな~~」
おついを食べながら正蔵は言った。
「あ、それ、おねえさんが考えた
おついです。」
「へぇ~~どおりで。ははは・・
子供たちが食べているところを見るの
楽しいな。
あははは」
するとふ久が
「おかわり」といった。
「はい」、とめいこはご飯をよそう。
「おかわりかぁ~~
じいちゃんもがんばらんとあかんなぁ
はははは・・・」
楽しく正蔵の部屋で食事をした。
その話を悠太郎にすると悠太郎は
感心した。
「みんなお父さんにほめられたくて
仕方ないんですよね。」
めいこはそういった。
「おやじもジーちゃん冥利につきると
思いますよ」
そこへ希子が帰ってきた。
「ただ今戻りました~~」
「おかえり。」
「おかえりなさい。」
希子は今日の分の写しと
料理の先生が食養生の本をかしてくれた
とめいこに渡した。
「おおきに、」
めいこは本をめくりながら
「これ・・・すごいなぁ~~~いろいろ
のっているね・・・。」
といった。
悠太郎はなにかしら、考えてしまった。
うま介の店では
室井から正蔵が倒れたことを
聞いた竹元が大声を上げていた。
「西門の御父上が倒れた!!!!」
「そうなんですよ、ゆうさんの祝言の後に。
いやぁ~~いい祝言でね~~
おかげで書きたいことがいろいろ」
室井は書く気になったらしい。
「祝言があったのか
というより、してなかったのか。」
竹元は正蔵の容態のことを聞こうと
室井に声をかけたが
原稿を書いている室井は
「え?」と聞くばかり。
桜子に聞くと「よくはないみたいです」と
答えた。
「そうか・・・・。」
西門家では。
源太が正蔵の見舞いに来て
帰るところだった。
「ほな師匠また来るわ~~」
そういって階段を下りてきた。
そしてめいこに「これ」といって
新聞で包んだ長いものを出した。
中を見るとおそらく高麗人参ではと思う。
「これ、高いのでは?」
と、めいこは驚いて源太にいった。
「ええんや。」
「でも・・・」
「ほんまにええんや。本当の父親の時は
なにもできなかったから・・・・・。」
「ほな・・・(いただいきます)」
「ほな・・(帰るわ)」
「おおきに・・・」
ーみんなができることをしている間に
ー何一つできない悠太郎は自分を不甲斐なく
ー感じておりました。
悠太郎の職場で、若手の真田が
悠太郎に話しかける。
「また、タイルの色が違いませんか?」
「せやな・・・・」上の空の悠太郎。
「あ、これ・・タイルで上だけ覆ったらええんと
違いますか?
どうせ・・・」
設計図を見ながら真田はトイの
ぼろ隠しを考え付いた。
そこに竹元がやってきて
真田の背中をステッキでたたいた。
「すみません・・・」
と真田は言いながら、退散した。
そして
悠太郎に話しかけたが
上の空だったので大声で怒鳴った。
すると
現実に戻ったのか
「あ、いらしてたんですか。」
と悠太郎が言った。
「親父さん、倒れたらしいな。
なぜか私が招かれなかった祝言の後に」
「・・・出たかったんですか?」
「だれがでたかったといった。
招かれなかったといっただけだ」
悠太郎はまた、心ここに非ずという
世界に入って行った。
「それより、
御父上を
ここに
お招きしろ・・・。」
竹元が言った。
「・・・・・・・え?」
悠太郎は、また現実世界に戻って
竹元の顔を見た。
*****************
祝言よかったですね。
和枝さんのいけずにもめげずに
さらりとかわすしなやかになっためいこ。
よかった、よかった。
大吾もイクも照生も
安心したと思います。
正蔵の具合の悪さは
家族一致団結をよけいつよく
したのではないでしょうか。
とくに、ふ久は食が細くて
食事が苦手なのに
じいちゃんと一緒に食べると
いって、お膳を持ってくる。
その発想はめいこと一緒で
みんなと食べたらよけいおいしいという
めいこの哲学を受け継いでいますね。
そして、そのふ久がじいちゃんを喜ばそうと
「おかわり」という。
ふ久のおかわりはおそらく初めてでは?
正蔵もふ久のがんばりに
自分もがんばろうと思うわけですよね。
子供たちのパワーはいいですね。
核家族で老人世帯がふえる昨今。
このように、息子夫婦と孫たちと
一緒に楽しく暮らせる
生活もいいなと思います。
子供にとってもいい環境だと
思います。
おかあちゃんが怒っても
おとうちゃんに叱られても
じーさんばーさんは孫の味方です
から・・・。
そしてふ久の才能を見出した
正蔵のように、子供の成長に
ゆっくりと付き合ってくれるじーさんばーさん。
短所もありますがいいところもあります。
さて、竹元はなにを計画しているのでしょうか。
