ふくがきた1

年の瀬をむかえるころ、卯野の母から
はがきが来た。
正月はみんなで西門家に来たいという。

一方悠太郎の職場ではちょっとしたことが
あった。

手がけていた小学校の建築が木造からコンクリート
になったのだ。

もともとコンクリート造だったのが木造になったことで
ひと悶着あって、木造で話が進んでいたものを
こんどはコンクリートに切り替えとは。

悠太郎はそんなばかなと、怒った。
悠太郎はなぜ反対をするのだろうか?
大学ではコンクリート造りをやっていたのではな
いのだろうか???

お正月たのしくなりそうですね。
と希子が笑ったので静もそうやなと
笑った。

めいこは、じっと考えていたので
どうしたのかと聞かれた。

「このさい、お父さんも呼んではいかが
かなと思って」というと
希子も静も、深刻な顔になった。

悠太郎に言うだけ言ったらどうかと
静は言う。

「無理強いはしないと約束したから・・・。」
めいこらしくない歯切れの悪さだった。

静は一計を案じた。

悠太郎の職場では小学校の件で
話し合いがあった。

もともと予算が厳しかったうえに
今回の大震災である。

話自体が凍結になる寸前だったが
計画は固まっているし新たに
コンクリート造の模範をして作ったら
どうかと竹元がいいだしたそうだ。

それを聞いた悠太郎は部屋を出て行った。

そして、竹元の部屋にいった。

悠太郎は竹元に自分の意見を言った。
この大震災でコンクリート造の大多数は
安全だったがしかし、倒壊したものもある
その被害は木造以上だった。

「建築物がなぜ倒壊したのかわからない状況で
もはんを設計しろというのはあまりにも
時期尚早ではないですか」というと

「では、やめよう」。とあっさりと返事をした。

その夜家に帰った悠太郎。

希子がお帰りなさいと言って、
今日もお勤めご苦労様でしたと
頭を下げた。

靴を脱ぐ悠太郎に、
「あ、あのお靴を磨きましょうか」

といった。

「え?」と思いつつも

「おおきに・・・」と悠太郎。

家に上がると

静が、「ご飯の前にお風呂先に入って
来はったら?」という。

「え?」

サッサと静は悠太郎が脱いだ上着を
受け取った。
「静さんが炊いてくださったんですか?」
「今日は偉い冷え込むなぁ~~~
さ、はよ、はよ・・。」

大村は竹元を呼んだ。「お時間よろしいでっか?」
竹元はとまどったが。

西門家はあったかそうな鍋料理だった。

静は上に羽織るものを悠太郎に
着せて
「さ、さ、悠太郎さん食べ。ほらほら・・」
「お酒もありますよ。」と希子も。

悠太郎はさすがに、おかしいと思って
こんな至れり尽くせりは何かあるのかと
聞いた。すると・・
静が「あのな、年の瀬からな卯野の親御さんと
弟さん、こっちに来たいと
いうてんねんけどええかな?」

悠太郎はぱあっと明るい表情になって
「そんなんええのに決まっているやないですか。」
とうれしそうに言う。

しかし、めいこは「それでね、誤解されたままになって
いることがあるじゃない?」

「誤解?」

静が
「あのひと、死んだままになってへん?」

「いただきます!」と悠太郎はそっけなく言った。

「こんな状況だとこのうちどうなっているのかと
親御さんが心配されはるから
いてはる間だけでも、きてもらったらどうやろという。」

「言わんかったらええやないですか。」

またまたそっけなく言う。

「でも、人の口から伝わったらどうですかね?」
と希子が参戦。

「そやで、室井さんとか・・・」

口が軽そうである。

「わかりました・・・・・・

ほな、その間僕がうま介の二階に寝泊まりして
あのひとにここに来てもらいましょう。
あの人がどれほどええ加減な人か
わかってもらって
なぜ娘をこんな家にやったのかと最大限
後悔してもらいましょう。」

この一言に、夕餉の場は味気ないものとなった。

その夜、悠太郎は大震災の現場で撮った
写真や新聞記事のスクラップをみて
何事か考えていた。

『まるで建物が人を殺しているようでした』

そして、レポートには”時期尚早”と書いた。

飲み屋で大村は竹元と飲んでいた。

およそ、竹元と大村の取り合わせは
めずらしいものである。

こてこての大阪のおっちゃんの
大村。
ジェントルマンを気取る竹元。

大村はコンクリートの建物のほうが
被害が少ないということはよくわかる。
でもこの落ち着かない時に
コンクリート造の模範の小学校を
あいつに作らすというのがわからない。

「たいした才能も有りませんしね」

「そんなこというてない、抜擢というても
荷が重すぎるのではないかな?」

「妙な縁であいつの母親が大火で亡くなったことを
知ることになった。それがこの仕事を志す
そもそものはじまりとか。
下宿先の店の階段が壊れていてそこで
客がけがをするのが見るのが嫌だと
その思いだけでなんの技もないのに
コンクリートの階段を作っていました。

あいつにたった一つの才能があると
すれば、それは責任感です。
あふれんばかりの当事者意識です。
くわえてあいつはその目で被害を見て
来ています。私は抜擢でも何でもなく
あいつは今必要なものを持っていると
判断したからです。」

そういって、竹元はグラスの酒を見て行った。
「安酒も、昆布を入れたら上等酒になると
私は思いますがね・・・。」

「ふふ、おもろいこといいまんなぁ。
おかわりどうでっか?」
「いただきましょう・・・。」

西門家の台所では希子が
かたづけをして、めいこが
上り口に座っておしめを
縫っていた。

「けんもほろろでしたね・・」と
希子は言った。

「まぁ、期待はしてなかったけどね。
あ、・・もう、だれかおむつ縫ってくれないかな」

めいこは、お裁縫が苦手である。

ふふふ、と希子は笑いながら
「忙しくなりますね。
お正月の準備とか
御年始回りとか
全部うちらでやらんとあかんし」

「え?それ大変なの?」

「ウン、親戚のあいさつ回りとか・・」

「おせちとかお餅とか任せておいてね」

希子はきりっとした顔でめいこを見た。
「うん?」

「だって、私ってまだ女中だし・・・・。」

「ご飯かて一緒に食べているやないですか」

「けど、うちのそとまでしゃしゃり出るのはねぇ・・・・
あつかましいっていうか」

希子はめいこをじっと見ていった。

「ちぃねーちゃん、もうそれ
ええようにつこうていませんか??」

「そんなことないわよ・・・。」
ほとんど図星であった。

ぬか漬けのお世話をしながら
めいこは思った。

「おせちの準備か・・・・。」

ーそうだよね、おうちによって入るものが
微妙に違うのよね。

「どなたかいらっしゃいませんか?」

外から声がした。
めいこが出てみると、初老の男性だった。
岩淵昇という。
西門正蔵を訪ねてきたという。
かつての部下だったというのだ。

正蔵に会えないかと聞かれたので
めいこは案内をした。

「このようなところに西門さんはいらっしゃる
のですか・・・。」
男性は路地を歩きながら、こまごまとした
下町の様子にびっくりしたようだった。

「ご家族と幸せに暮らしているとばかり
思っていました・・・。」

めいこは実はあまり詳しくは正蔵のことを聞いて
いないので、どんなお仕事を?と
聞いた。

「は?ご存じないのですか?」
憮然として男性は言った。

「嫁なもので詳しくは・・・・」

と、たじろぎながら、めいこはいった。

言われるように、ややこしい家なもので
あまり語られることがないし
正蔵も話はしなかったようだ。

「鉱山で・・・普通の仕事ですよ。」
ぶっきらぼうに言うのであった。

ちょっと暗そうないわくありげな様子だ。

悠太郎は藤井に、もう一度竹元のところへ
行ってくるといった。

「やっぱりまだ、コンクリート造は時期尚早です。」

大村が立ち上がった。
「赤門、うえがやれいうやから、やろや。」
「大村さん・・・」
「わしに気いつかわんでもええし。
ええ話やないか。
予算は出るし、赤門はコンクリートを作れるし
ぐずぐず言わんとやったらええがな。」

大村は新しい街づくりにはコンクリートが
欠かせないのであれば、悠太郎に
コンクリート造の校舎の設計をしてほしいと
いう。

「そやで、僕らもがんばって知恵絞りだすさかい
がんばろうや」

「わしはなにをしたらええのかな、棟梁」

「棟梁?」

「そや、今日から赤門が棟梁や。」

思いがけず大きな展開となった悠太郎だった。

一方めいこは、岩淵を正蔵の家に案内した。
中から正蔵が出てきた。
普段着の着物に猫を抱いて
「なんやね?」とめいこの呼びかけに応じた。
が、
岩淵を見て、驚いた。

岩淵も、正蔵を見て驚いた・・・。

「お久しぶりです」

・・・・・・・。

猫はニャーと鳴いた。

****************

お話が新しい展開をしていきます。

懐かしい卯野家の皆様とまた会うことができる
ようですね。
この時代の旧家のお正月はどうやって迎えるので
しょうか?
興味津々です。

おせちは、家庭料理なんです。
けして、高級料理ではありません。
いまどきは、レストラン、百貨店などが
自慢の腕で作ったおせちをだしていますが
買うものではありません。
我が家に伝わる、先祖代々の儀式の一つです。

そんな、たいした家ではないけどというあなた。
伝統はそれぞれ大きな家にも小さな家にも
あります。
子供のころ、お母さんが作ってくれた
卵焼きひとつとっても、母の味ではないですか。

ちょっと、お砂糖がおおくて、焦げ目があってという
お宅が多いと思います。

しかし、我が家はきれいな厚焼き玉子で
お砂糖は少ないです。
でも、子供が一番喜ぶメニューだったと思います。

おせちのメニューには
その厚焼き玉子とかまぼこも紅白できれいですよね。
そうです、もともと、お酒のアテではありますが。

数の子・・・これって、水に浸して塩抜きして
薄い皮をはぎますね。
鰹節をかけて食べます。

棒だらの煮つけ。これは某だらを
水に浸してふやかして煮つけにします。
これもお酒の肴みたいなものですが
ご飯が進みます。
竜皮巻・・・。白身の魚、生姜、きゅうり
などをいれて昆布で巻いたものです。
酢ものです。
八幡巻・・・ゴボウ、三度豆、ニンジンなどを
味付けした牛肉で巻いたもの。
黒豆、おたふくまめ・・。
エビの煮たもの。酢レンコン。こんにゃくと小芋の
たいたん。くわい。昆布巻き、田作り、三日間食卓
をにらむにらみ鯛・・・

などなど。

雑煮もそうですね・・・・。今年は作ってみますね。
子供のころ食べていたやつ。
白みそではないですよ。
おすましで作ります。

実はうちは、雑煮は作りません。
ぜんざいです。前の日からことことと
小豆を煮ます。

だから、結婚してから雑煮を作ったことが
ありません。

めいこも東京で食べていたおせちとは
きっと違うと思います。

西門家のおせちや雑煮はどんなものでしょうかね。

楽しみです。