純は里やに退職願を出した。
帰り道、里やを見上げながら複雑な気持ちに
なっていた。
ふいに、里やにやってきた愛は
「それでいいんですか?
純さんにあってると思いますけど・・」
というが、
純は「もういい、また明日から別のホテルを
探すから」と
いって立ち尽くす愛の横を通り抜けて
いった。
愛は里やを見上げた。
「純さん・・・」
「とめても無駄だから・・」
「違います。純さん。」
愛が手を伸ばして指差す方向に
あの開かずの間の部屋があって
明かりに照らされて
住人が首吊り自殺をはかろうと
している影がみえた。
純と愛は驚いて里やに飛び込んだ。
里さんは驚いて「どうしたの?」といった。
愛は「大変なんです」という。
「あんたやめたんじゃなかったの?」
純と愛は開かずの間の前に行き
ドアをたたいたが開かない。
愛は純と一緒にドアにぶつかって
ドアを蹴倒して中に入っていった。
世捨て人は首をつろうとしていたが
二人に止められた。
世捨て人はひどくむせていた。
「大丈夫ですか?
世捨て人さん
大丈夫ですか?」
純は力の限り叫んだ。
里は「救急車をよぼうか?」という。
純はお願いしますというが
「大丈夫や」
と世捨て人は言った。
そして介抱をする純と愛を振り払った。
「どうしてこんなことするんですか
わけを教えてください。世捨て人さん」
「天野や・・・」
「え?」
「俺の名前や
天野岩雄~~!!!」
「天野さんどうして死のうとしたんですか?」
「決まっているやろ
生きる希望がないからや」
「どうしてですか?」
「そんなんお前らにいう必要はない」
「・・わかりました
じゃ、うちのだんなに教えてもらいます。」
「なにをいうてんねん・・」
純は愛をひっぱって
天野の前に座らせた。
愛は、語り始めた。
「おれは子供の頃から貧乏だったから
バイトをしながら勉強して奨学金をもらって
大学まで出た。
有名商社に入って、学生時代にあこがれていた
ひとと結婚して娘がいる。
だが、俺の人生はそこまでだった。
会社では信頼していた上司にミスを押し付けられ
家庭では親友に嫁を取られた。
俺は激情して親友や上司に暴力を振るった。
おかげで刑務所に入った。
出てきてから俺は酒におぼれた
何度も死のうと思った。
だが、娘が結婚すると聞いて立ち直ろうと
決心した。仕事も探した、デモ俺みたいなやつを
雇ってくれるところはどこにもなかった。
俺はまた自分に負けて酒に手を出した
そんな俺を見て娘は言った
もう二度とあなたと会うことはない。
だから俺は生きていても仕方ないんだ・・」
天野は驚いて息が荒くなっていた。
「あたっているの?」
と里さんが聞いた。
「いったいどういうこと?」と驚く里さん。
「うちの旦那人の本性が見えるんです」
「あ、ちがうんです。
実はここに遺書があって・・・それに・・」
といって遺書を出すと
天野はそれをひったくった。
「死ぬなんてだめですよ」
純が言うと
天野は
「なんでや?」
と怒った。
「それは・・・おかみさん・・
なんか言ってあげてくださいよ」
「ウン・・ドラマチックな人生だね」
「え?それだけ?」
「だめ?思ったことだけど」
里さんは励ますことはできないと言う。
純は、話し始めた。
「お話を聞くと天野さんはとても頑張りやさんでは
ないですか。
ここに閉じこもっていたのだって
お酒をたってもう一度やり直そうとおもったのでしょ?
それから何とか娘さんに会おうとしていたからでしょ
だったら私応援しますから
あきらめないで・・・
頑張ればきっといいことありますよ。。。ね?」
「お前みたいな人間がいっちゃんはら立つ」
天野はがんばったらいいことあるというのはぬくぬく
と育った人間の言うことで、人生なにもいいことなどないと
怒鳴った。
「わたしはただ、天野さんのために・・」
「人のためと書いてなんと読む?」
「え??
人為?」
愛は、「偽りです。」と手のひらに
書いて見せた。
天野は「偽(いつわり)とよむんや」
という。
「お前みたいなうそ臭い人間は見ているだけで不愉快や
出て行け、お前も出て行け」
と天野は純と愛を追い出した。
「もう、こっから一歩も出ずに
一生だれともあわへんのや」
といってドアを元に戻した。
三人は下に下りるとセクシーが
士郎を抱いていた。
「大丈夫ですか?里さん
警察とか呼ばなくて」
「ごめん心配かけて」
「そんなんじゃないんです。
またこの子になにかあったら
大変だから・・・」
そういって、セクシーは階段を上っていった。
「あの子はここに住み込みで働いて
いるからさ。」
と、里さんはいった。
純は
里さんに
「私もこれで・・・お世話になりました。
失礼します。いこう、愛君」という。
「天野さんはどうするんですか?」
「そんなこと言われても」
「逃げないで下さい」
「だって、偽りっていわれたんだよ
わたし・・・」
と振り向くと
愛の前に里さんが純のすぐ後ろにいた。
「あ、じゃまだった?」
といってどいた。
「私の言っていることはうそ臭いって
言われたんだよ、天野さんに
それに、私はここをやめた人間なの」
「だったら破って良いけど」
里さんは退職願をもって言った。
「お願いします」と愛は言った
「やめてください」と純。
「え?どっち??」
「女将さんはいいんですか?このままで?」と愛。
「私は、宿泊料もらっているからなにも
いえないし」
「ほら、女将さんもこういってるし」
「何で簡単に諦めるんですか
助けたい人がいるのに」
「だってまた私が何かやったら後悔するし」
「何もしないほうが後悔します」
「無理だよ
私にはあの人を救うのは無理なんだよ」
愛は純の両腕をつかんでいった。
「待田純の辞書に無理と言う言葉はないのです。
どうして無理だ、助けられないと言う前に
どうしたら助けられるのかと思ってくれないの
ですか?
いつだってむりだと言わない人が歴史を変えてきたの
です。
マザーテレサはこういっています。
愛の反対は、憎しみではなく無関心だって。」
「ふう。。なんで今日はムキになっているわけ?」
「水野君に負けないよう名言集を読みあさったのと
それと・・・」
「それと?」
「純さんに出会ってなかったら僕も天野さんと同じく
生きる希望を持つことが出来なかったからです。
純さんに出会わなかったら僕も天野さんみたいに
なっていたかもしれないからです。」
純は暗闇にひっそりと生きている天野を思って
以前の愛と重なった。
「あの。。。これはもう破ってもいいのかな?」
里がまた退職願を持ってきた。
純は、一呼吸おいて「お願いします」と言った。
里は喜んで破った。
純はもういちど天野の部屋の前にいった。
ドアをたたいて話をした。
「天野さん、いいですか?
私やっぱり諦めないことにしました。
うそ臭いとか偽りとかいわれても
かまいません。
わたし、やっぱり間違っていると思います
そこに閉じこもって誰とも会わないなんて
私は天野さんにそこから出てきてもらって
それから
生きる希望を持ってほしいんです。」
「・・・・・・」
無言が続いた。
反応はないと思って諦めた・・・
そのとき、立て付けのわるいドアが
開いた。
「わかった・・・」
「本当ですか?」
「なあ・・・
教えてくれ
生きる希望ちゅうやつを」
「・・・」
「それが涌いてきたら
出てきたるわ・・・」
そういって天野は戸を閉めた。
純は後ろにいる愛を見て
お互いうなずいた。
「わかりました。
教えてあげます。生きる希望と言うやつを」
おじい、こうなったら受けてたってやろうじゃない。
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純は里やでは
うるさいだの、無駄だの、迷惑だの、合ってないだのと
散々いわれてついに、うそ臭いだの、偽りだの・・・まで
言われて、一生懸命になるほど詐欺師のように言われて
きました。
やめたくなりますよ。
しかし、運命なのか、天野とかかわることになったことから
これであかんかったら本当に詐欺師扱いですよね。
歴史を変える人は、「無理」と言わない人と愛はいいました。
これは深い・・・と思います。
生きる希望・・・・それはなに???
私も知りたい・・。
