「かあさんがよなべをして手袋あんでくれた」
名曲「母さんの歌」である。
「こがらしふいちゃ、つめたかろうてせっせとあんだだよ。
ふるさとの冬はさみしい、いろりのにおいがした。」
*****この歌を検証してみた。******
雪国の母が、都会で働く子供のために、手袋を編んで送ってくれた。
手に通してみると、手編みの手袋は暖かくて、ささくれだった心は
暖かい気持ちに満たされた。
このところ母のことを忘れていた。今頃雪に埋もれているだろうな。母は相変わらず、働いて働いて、朝から晩まで働いて、休む事も、遊ぶ事もなく働いているだろうな。そうやって毎日毎日、働く母の姿を見て自分は育ってきた。だったらこの程度の辛い事でへこんでいられない.。
そう・・・この主人公は思ったことだろう。いえ・・・・主人公ばかりではない、だれしも自分の母のことのように、この母を思いながら歌を歌った人が多いのだろう。
「夜なべをして」、徹夜である。
農作業や頼まれものの手作業を終えてからのわが子への思いやりを手袋にして母は、眠りを忘れて編んだ。
わが子が寒い思いをしていては、かわいそうだ。そう・・・母は思って、あまり毛糸をみつけて編んだ。カッコがいいとか、綺麗だとかそんな手袋ではなかったが・・・きちんと詰って並んだ網目は、手にぴたりと合った。
夜が白々と明けて、母は、いつものように、朝餉の支度をしたはずだ。
そして毎日の仕事の連続。小さなあくびも出たことだろう。
母の思いは、そんな辛さは、なんともないのだ。
それが母だから。
「母さんは、麻いとつむぐ、一日紡ぐ。
おとうは土間でわらうち仕事。おまえもがんばれよ。」
そう、父も母もそうして働いて働いて、一年をすごした。
都会に出でてきた主人公には、都会の華やかな豊かな物質文明にそまりそうになり、自分を見失いそうになりながら、手袋の暖かさに、自分は自分だ、と気づく。
「ふるさとの冬は長い、せめてラジオ聞かせたい。」
ラジオを聞かせたい・・・・・この主人公は、お金を貯めてラジオを買って送ったのではないかと、思った。
昔のなつかしい日本の風景をみた思いだった。
