こんにちは。霊視鑑定のアリスです。
不幸比べについてお話します。
不幸比べは世の中に溢れています。
自分も同じ病気にかかったが休まなかった、私の時代はこんなこと許されなかった、世の中にはもっと辛い人がいるなど、言われたことがある人も多いのではないでしょうか。
また、自分自身を他者と比べ、なんて不幸なんだろうと自己憐憫に陥っている人もいるでしょう。
まず、不幸比べは無意味で時間の無駄です。
生きていて経験する様々なことは、良いことでも悪いことでも全て自分の魂のレベルに合った物事です。それを他者と比べて嘆いたり、また励ましとして使うことは何の役にも立ちません。
自分が平気な出来事でも他者にとっては辛いことかもしれないし、自分が辛いことでも他者にとっては平気なことかもしれない。その物差しを忘れなければ、むやみに他者に期待して理解してくれないと嘆くこともありません。
この仕事をして思うのは、不幸比べにはキリがないということです。
最愛の母を亡くして嘆く人に対して、結婚相手を亡くした人は「親が死ぬのは順番として当たり前。私のほうが不幸」と言います。
結婚相手を亡くした人には、子供を亡くした人が「愛の結晶を失った私の方が不幸」と言い、子供を亡くした人には「私たちは子供を授かりたかったけど授かれなかった。授かっただけいいだろう。私の方が不幸」と言い、その人には「結婚できただけいいだろう。私は出来なかった」と嘆き、と永遠に不幸比べは続きます。
人は皆、自分を一番不幸にしたがります。
理由は、そのほうが楽だからです。感情に流されて膝を抱えていれば、何か行動をしなくても許される気がするからです。
ですが、自己憐憫は解決できる問題や乗り越えられる出来事を必要以上に大きく見せ、気力を奪います。
地上世界で起こった問題は、感情と理性を切り離して考えましょう。
また大切な人を失って悲しみにくれる時間もある程度は必要でしょう。ですが、人は本当の意味で死ぬことはありません。魂はあり、あなたの傍であなたがうつむいている姿を見ています。
いずれ必ず会えます。その時に笑いあえるように、顔を上げて自分の残された寿命を精一杯生きる、それが残された者の役目です。
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