Rakuenありす ~自然農園/農薬・化学肥料不使用

Rakuenありす ~自然農園/農薬・化学肥料不使用

孵卵器で孵ったペキンバンタムとポーリッシュの雛ダンテ。
生まれて初めて育児ノイローゼを体験したヒヨコ育て。
ダンテの娘アビーは神経質で、
乱暴者で大食いいたずら坊主の南部かしわ鶏。
棲息生物の方が運営者より強い「Rakuen」日誌です。


鍼灸師
トウリーダー
クリスタルヒーラー
ライター

完全予約制:
鍼灸施術        3,000円より
クリスタルヒーリング  3,000円より
トウリーディング 90分 8,000円

ありす鍼灸治療院/朱鷺(しゅろ)
連絡先 shuro.fate@gmail.com 

2026年10月14日

 

穏やかな秋を迎えて、いろいろあって…

 

 ここ数年にない、穏やかな気候の秋を迎えている。

 だいたい9月の20日辺りを境に、盛夏から晩秋に至り、いつもブチ切れていたのだが、今年は冷暖房の要らない9月を過ごして驚いている。ただ、秋に雨が多くて日本列島はほんとうに大変だった。

 9月の初め、タヌキが飼料用トウモロコシを荒らしに来たことがあった。ヒト用の美味しいトウモロコシだと思ったらしく、一本採って食べてみたようだ。そして、お土産用にもう一本もぎとったらしい。しかし、そのあまりの不味さに半分喰い残し、採った一本はその場に捨てていきやがった。ザマーミロ!

 今年も鳥獣被害で怒り狂った年だったが、まぁ、野生動物も生きているのだし、周辺に生存しているってことは環境がそこまで悪化していない証拠。ハクビシンやサルとかだったら本当に呪い殺す勢いだが、日本古来の野生動物はある程度は仕方なかろう。日本古来であってももともとは東北にはいなかった日本鹿やイノシシは単なる害獣だがね。寒冷気候よ再び、と願うしかない。

 飼料用トウモロコシも、ヒゲはお茶になるんではないかと、ちょっと収穫してみた。

 それから、今は豆類の収穫が始まっていて、今年は良い感じに気温が下がって来ているので、あまりに暑いと青くなれずに茶色になっちゃうというブルー菜豆が、綺麗に青くなってくれた。

 あと、きゅうり農家さんからいただいたインゲン、数年前に野口のタネで買った白いんげんとパンダ豆などが良い感じに収穫となっている。

 ただ、他にも蒔いた筈の他の色の豆が消えちゃったみたいで、残念。花豆は、未ださやが青いのだけど、今後、ちゃんと豆になって収穫出来るのかよく分からない。あとは、黒千石大豆と小豆が少し。

 草取りをしていると、今年はものすごい数のまいまいの卵(ナメクジも?)を発見。収穫(?)して、鶏にやったり、道路に撒いたりして駆除しているが、こいつらもなかなかのやっかいもの。野菜の葉を食い荒らすけど、腐った葉の分解とかもしてくれるから、多少は良いんだけどね。

 今年は、ヨモギをだいぶ駆除して、紫陽花を植えたりコスモスを移植したりと畝の外側を少し整地してみた。そして、そこに食養菊なんかも植えてみた。きちんと手入れしていないからテキトーなんだけど、ピンクと黄色のコントラストは綺麗だった。

 今年は、狐被害で鶏の数が半減してしまった。さすがにちょっと悲しんだ。アビーがいなくなったことが一番残念。少しでも懐いている子が消えてしまうのは痛かった。更に現実問題として、卵の収穫が減ってしまう。雌の鶏がもう少し欲しいなと思った。9月に入ってからさっちゃんが再び抱卵態勢に入っていたので、さっちゃんにまた卵をあっためてもらおうかなとしばらく悩んでみた。しかし、雄が生まれたら正直どうしようもない。初めから、どこかで雌を何羽か買った方が良いのではないかとも考えた。

 だけど、まぁ、雄が生まれたら生まれたでそのときまた考えようと腹をくくって、さっちゃんに明らかにナミちゃんの卵であるものを一個抱かせてみた。しかし、翌日になって、一個じゃ寂しいかな、と小さめの卵(ナミちゃんの卵であることを祈って)を二個追加した。

 そして、計算通り10月1日、白っぽい雛が生まれていた。10月1日生まれなので、「はじめちゃん」と命名。残りの卵は無精卵だったかな…と思っていたら、翌日更に2羽生まれていた。あ、やっぱり時間差は正確だったのか、と自分で翌日追加しといて当たり前のことに感心した朱鷺(shuro)。

 2日に生まれたのは、灰色っぽい子とほぼ黒。灰色はナミちゃんの子であるだろうと思って、「小ナミ」黒い子はどうしようかと言ったら、りんかが、「黒部源泉水」のペットボトルを見て「クロベ」という。いやいやいや、それはないだろう、と言ったら「じゃ、いずみ」源泉水の‘泉’…。どんどん命名がどーでも良いものになっていく。まぁ、名前も出尽くしちゃったよなぁ。

 

 

 

小春日和のクロムたち。ラスティはひだまりで溶けている🐓

2026年9月8日

 

夏と終活と災害と

 

 今年の夏は気温は酷暑ではなかったのだけど、数年ぶりの湿度の夏で、それはそれで身体に堪えた。毎年、毎日、毎秒、年を取っていることや、地球上の空気感がどんどん昔と違ってきたことなど、日本人全体とか気候の変動とか、もう個人レベルではどうにもならない何かが進行しているせいであろうか。

 熊の出没、熊に寄る食害(以前、ある写真家さんがカムチャッカでヒグマに喰われて亡くなった事件を食害に遭って亡くなったと表現されていたことに、衝撃と違和感を抱いたが、果物や野菜の食害と同じく、熊に喰われて亡くなることも‘食害’ということにしたのだろうか)、熊だけではない鳥獣被害、新たな造語(?)線状降水帯発生に寄る水害、降り過ぎる雨、少雨に寄る乾燥、外来生物に寄る生態系の攪乱、北東北は今年は大きな水害はなく、乾燥も酷くなく、高温過ぎてもいなかった。ほんとうに幸いなことに。

 それでも、狐の襲来で鶏の数は半分にまで減った。

 せっかく袋を掛けていた葡萄は狸にやられて、葡萄の枝も折られる始末。

 初めて実った桃の実はカラスに一つ残らず食われた。

 一日降り続いた豪雨の翌日には蔓の豆を支えていた竹の棒が重みで折れて倒れていた。

 飼料用トウモロコシも風雨で何本か倒れたし、折れたひまわりは、バケツの水に挿していたら、入内雀が種を食べてしまった。

 鶏の狐対策に、何故か今回腰が重くて、金網の上に野菜用(鳥よけ)網を廻らせたのはすでに今の数にまで減ってしまってからだった。

 なんだか、今年はいろいろやる気を失っていた。理由は分かるような分からないような…。

 ハルくんが消えたこと。最後の夜のひどい態度がいつまでも後悔として突き刺さっている。そして、カフェちこが一日帰って来なかったときに感じた絶望が生命力を蝕んだ。

 酷い暑さでも湿度がない夏と、30度前後の気温と多湿とでどちらがマシかということを考えるのだが、前者はたぶん、身体的にはむしろ楽かも知れない。ただ、高温の夏は害虫の発生が異常だった。それだけ害虫駆除の強い薬剤を農家さんたちはたくさん使ったし、それはダイレクトに人体を蝕んで、更に野菜や果物に残留必至となる。

 そういうことを考えると、多湿の方がいろいろとマシかも知れない。ただ、身体的ダメージは格段に上がる。今回、ハルくんとの別れのこんなに強い後悔を残した原因は多湿に寄る心身ダメージのせいだった。

 これほど身体が弱ってきて、体力がないことを実感するようになると、メディアで宣伝されている‘終活’というものをぼんやりとでも意識の底に置くようになる。ただ、メディアの言ってる‘就活’は、単に生命保険への勧誘以上の内容はなく、遺族にお金を遺しましょうという意味合いだ。

 これも一理あるというか、特に一人暮らしの方の‘終活’としては一環ではあると実感する出来事が最近あった。共に暮らす家族のある人にももちろん葬式代を残すことは大事だけど、共に暮らしていれば、最期ってだいたい分かるし、準備もするし、覚悟もするものだ。だけど、身寄りがない人は当然だけど、遠くに責任ある血筋がいて、最期はそちらへ連絡が行くということが分かっている場合の方が、せめて死後処理をする費用は残すべきである。

 野良猫のように逝きたいと言った方がいたけど、野良猫じゃなくっても、家猫でも、最期を看取らせてくれない猫もいる。ハルくんのように。思えば、ハルくんの実家の猫たちも、最期は姿を消したと聞いていた。

 家猫が死期を悟って姿を消すとき、それは、ほんとうに身動きが出来なくなってからではいけない。何故なら、姿を隠す場所まで自分の足で行かなければならないからだ。ハルくんも、あのとき、その状態だったんだろう。だからこそ、最後に魚を食べたかったんだ。そう思うと今でも涙が溢れる。そこまで行くための体力が必要だったから。

 実は、あんなに欲しがる姿に朱鷺(shuro)はどこかでちらりと感じていた。これが、最期なのかも知れない、と。だからこそ、余計に自分が許せなくて、吐きそうになる。

 ことあるごとに、言葉にして思う。

「そうか、ハルくんはもういないんだ」

 もう、いない。

 何度も、何度でもその空虚感を心に留める。

‘終活’とは、場を整えることだといつか考えた。

 今でもそう思うし、それをしている最中でもある。

 8月は、災害の月だったし、それは秋雨前線が活発な現在も続いている。

 雨でトウモロコシが何本か倒れたとか、豆の支柱が折れたとか、そんなもんじゃない甚大な被害が各地で起こっている。

 今年は、とりあえずRakuenは守られた。たくさんの神様のご加護で。

 神様とは、やはり信仰のこころと、畏怖と崇敬に寄って力を増して、ご加護を授けてくださる存在なんだろうと感じている。

 

飼料用トウモロコシ一回目を収穫♡

新しく仲間に加わった植物(プルメリア)

花桃の種がたわわ♪

 

(※失敗! 今回写真が小さすぎたわ…(-_-メ))

 

 

 

 

2026年7月25日

 

風、薫る ~私信に代えて

 

 NHKは、報道はクソだけど、ドラマは質が高い。

 これは、りんかの言葉だ。

 報道は政府広報とSNSの紹介という価値のないシロモノなんで、ほんとうに民間に譲った方が良いレベルなのは周知(羞恥)の事実。

 だけど、深夜ドラマ(いや、深夜には観ない。日中の再放送でたまに観るのだが)なんかもそうだし、朝ドラもそう。すごく質が高い。見応えがある。監督さんの志もだし、レベルが高いんだろう。

 

 脈動。

 直美さんと初代夕凪、柳川文さんの週だった。

 お守りと文さんの髪飾りの布が同じだと気付いた直美が、寛太に柳川文のことを調べて欲しいと依頼する。そして、文さん本人にも直接ぶつけてみた。「わたしの母親ですか?」と。

 今日は調子が良いのでちゃんと料理をした、と手料理を振る舞う文と、食卓に就いたときに。その質問を受けた文の静止した横顔が答えだったよな、と朱鷺(shuro)は思った。

 赤ん坊を名前も付けずに捨てるような女に見えるんですね? そう答えた文。そんなひどいことをするような女に、と。

 それはつまり、自分は、そんなひどい女だから、親だと名乗る資格なんかないのだ、ということだよなぁ。

 直美さんに気がある内科医、藤井先生。彼の休みの日に往診を頼んで、文を診てもらった。本人には「ひどい胃炎」と告げたが、直美さんが「母親なんです。…母親のような人です」と聞くと、胃がんであること、すでに全身に広がっているので手術も治療法もないと教えてくれた。

 医者は、治療法のない患者には出来ることはない。だけど、看護は必要。だから頑張って、と。

 母親ではない、もう、来なくて良いと言い出した文に、嫌がられても来ます、と帰宅した直美。

 環がりんに助けを求める手紙を送り、りんが急遽休みをもらって急いで帰って来た。

 文さんにどうしてあげれば良いのか分からないと悩む直美に、りんは言った。それは、違うと思う。文さんにどうしてあげるかじゃなくて、直美さんは子どもなんだから、したいようにして良いんだよ、看護婦しなくて良いんだよ、と。

 直美は、文にほんとうの病名と余命を告げた。すっきりした。ありがとう。悩ませてしまってごめんね、と微笑む文。

 何かしたいこと、行きたい場所、会いたい人はいませんか?

 看護したまま横で一緒に眠ってしまった直美を、ふと目覚めた文が身体を起こしてじっと見つめる。その表情が「慈愛」だった。ああ、母の顏だ、と思った。赤ん坊だったときの面影を見ているのだろう、そして、成長した我が娘をこれ以上ないくらいに愛しい思いで見つめていたのだろう。後で美津が言ったように、もう他に何も要らないくらい幸せな瞬間だ。

 そして、直美の胸元に僅かに見えるお守りを見つけたとき、文は、そのお守りを買ったときを思い出した。

「ここ(浦崎八幡)に来た頃が一番幸せだった」

 直美さん、やりたいことがあります。

 寛太が二人を浦崎八幡まで連れて行ってくれた。そして、ここの神様にはお世話になったから、とお礼参りを済ませた文。

 成長した娘の姿を見ることが出来た。良い友人に出会い、思いを寄せてくれる男性の存在を知り、周囲にたくさん素敵な人たちがいる。娘に手料理を食べさせ、最後に一緒にささやかな遠出をした。

「わたしなんかと違う。あなたは大丈夫」

 そんな言葉を遺して、文は恐らく思い残すことなく旅立った。最後まで母だと名乗ることはなかったが、母子としての心の交流、お互いの想いの交錯、愛憎も感謝も謝罪もほとばしるように激しく二人を取り巻いていた。空気の密度がすさまじかった。

 帰宅して、環の寝顔を見て、「どうしてでしょう、寝ているときが一番かわいい気がします」と言った直美。「それは簡単。親だから」と美津。

 直美が環の二人目の母なら、美津は直美の二人目の母なんだと言った。だから、直美の寝顔も可愛いもんだと。一人目のお母さんはもっとだったでしょう、赤ん坊だった直美の寝顔を見て、成長した娘と過ごせた時間はかけがえのないものだっただろう、と。

 よく、頑張りました。

 泣きじゃくる直美を抱いて、美津は言った。

「狭い部屋に二人、直美さんの名前を呼びながら過ごした時間は人生のこれ以上ないご褒美だったと思いますよ」と、卯三郎が、文から託されていた遺品(全財産)を直美に渡すときに言った。

 

 りんと直美の、家族として、友人としての関係性が、とても良いな、と思った。

 そして、直美を取り巻く男性たち。藤井先生、寛太、軍人さん(名前忘れた)。きっと、直美は軍人さんと一緒になるのが一番幸せだと思う。明るい方へ引っ張ってくれるから。

 

 そして、感想というより批評だけど、文さんの雰囲気が出てきたときからすごく独特で、女郎上がりの直美の母だという設定が分かってからは、ものすごくしっくりきた。遊郭で人気者だっただろうというしなやかさ、恋愛事情に鋭くて、他人との距離の取り方が絶妙で、それが冷たいわけでもなく、情のある整い方をしている。

 直美の芯が情熱的なのに、表面的に冷めた振りをして、傷つかないために初めから壁を作る生き方が血なんだと思えた。

 意地っ張りなところが似ていると卯三郎が言っていたが、まさにその通り。二人は母子なんだと納得出来る。そういう細やかな設定がそもそもすごいなぁ、と感嘆する。

 ドラマの質が高いよ。NHKさん、報道は諦めて、ドラマにもっと予算使ったら良いんじゃない? NHKのニュースなんて誰も観てないし信じてないよ。

 

 そして、この週の流れを眺めながら、ハルくんとの別れを思った。

 ハルくんは、何を思って逝っただろうか、なんて考えている時点で、朱鷺(shuro)は、未だこの別れをまったく整理出来ていないし、腑に落ちていないし、別れの刹那、凍り付いた狭間に堕ちたままだということ。思い出として何か語れもしないし、渦中として悲しみ苦しみを言葉にすることも出来ない。

 静止したまま、ずっと時間だけが過ぎている。

 だから、ごめんなさい。

 メッセージへの返信が出来ずにいます。

 

2026年7月19日

 

花火のような君へ

 

 花火のようとは。

 華やかで艶やかで夏の夜空を盛大に飾る至上の美。

 存在そのものが明るく華やぐようで、そこにいるヒト達を笑顔にして、元気にして、笑わせてくれる存在。

 そして、君が去ったあとは、夏祭りの花火が終わったときのような名残惜しさと寂しさと、光があったからこその闇の存在に我に返ってしまう。

 それでも、朱鷺(shuro)が作ったものを何でも喜んで食べてくれる君の存在は、心から嬉しくて有り難くて、感謝しています。

 

 ハルくんの不在を一緒に悲しんでくれてありがとう。

 泣いてくれてありがとう。

 

 ハルくんが消えた日、クチナシの花が咲きました。近所の方から挿し木したらしいものを鉢ごといただき、何の植物なのかさっぱり分からないまま数年経過。今年初めて花を付けました。

 クチナシの花ってほんとうに良い香り。どこか清らかな、こころ洗われるような香りがしました。

 そして、先日ユリの花も咲きました。昨年は異常な暑さと乾燥で、害虫が大発生し、蕾が虫に喰われて咲かなかったユリ。今年はたくさん花を付けてくれました。

 ハルくんがいなくなっても日常は続いて、今日は、鶏が一羽更に狐に狩られたりして。かしわjuniorのきーちゃんの忘れ形見の最後の子がいなくなってました。

 狐に喰わせるために育てているんじゃないぞ、と思うのと同時に、強烈な虚しさを感じました。

 Rakuenは確かに朱鷺(shuro)の個人的な道楽みたいなものだけど、誰も共感も共有もしてくれない現実にこころが次第に疲弊して。

 見送ることにだいぶ疲れ果てた気がします。

 

 今年は…

 来年は…

 と、Rakuen生活を楽しんで、今年は豆の種類を増やしたよ。

 紫色と白色のインゲンを蒔いて、花が咲いて、この梅雨空で豆が華麗に実ったよ。

 

 ハルくんがいなくなっても続くRakuen。

 朱鷺(shuro)がいなくなっても、Rakuenはそこに在るのだろうか。

(これ、たぶんハルくんの毛)

 

 いつまでも悲しんでいたら、亡くなったヒトは喜ばないよ、とか、復讐なんかしたら悲しむよ、とか言うけど、亡くなった魂はもう喜びもしないし、悲しみもしないよ。

 何かに執着して留まり続けている霊でない限り、特に動物たちの魂は清らかで軽いから、きっとあっという間に天国へ旅立ったんだと思う。

 「死」とは、執着から解放されるかどうか。

 手放して、軽くなって、飛行機の離陸の瞬間を味わうように、フッと重力から解放されたい。

 

 

2026年7月18日

 

優しい思い出であれ

 ~追悼・ハルくん

 

 7月14日。ハルくんが消えた。

 前の晩、妙に焼き魚を食べたいとねだった姿が強烈に心の中に残ったままの、後悔のような痛みを引きずった朝。いつもなら、カフェちこと一緒にミッチもハルくんも「そろそろご飯の時間かね」と勢ぞろいする時間。その日は、カフェちこしかいなかった。

 そのとき、ちくりとしたイヤな予感はした。もっと言えば、前の晩に、いつもならそうでもないハルくんが、焼き魚の匂いに反応して、しつこくねだって鳴く姿が妙に心に引っ掛かっていて、いつも、「しょっぱいからダメだよ」とあげないのだけど、その夜は、老い先短いであろうハルくんが、こんなに食べたがっているのなら、あげても良いのではないかと心の奥底でひっそり思ってしまってた。

 通常なら、多少塩抜きして与えていたかも知れない。その夜、通常ではなかったのは、朱鷺(shuro)が、本気で疲れ果てていたということ。気力も体力も思考力も恐ろしく低下していた状態だった。自分の食事すら面倒なくらいで、結局、焼いた魚をその夜は食べずじまいだったので、どの程度しょっぱかったのかすらよく分かっていなかった。

「あさって、ゆっくり(猫と鶏用の)魚を焼いてあげるから」

 と、欲しがるハルくんをなだめて終了してしまった。

 しかも、その日の朝に与えた餌が皿に残っていて、廃棄するか他の猫が食べるのか…という面倒くさい状況で、それに対しても文句を言ってしまった気がする。

 それが、最後だった。

 翌朝、ハルくんは消えた。一日姿が見えなかった時点で、命は諦めた。そもそも、すでにもう骨と皮だけのように痩せ細っていて、歩く際もよろよろとし、椅子の上に飛び乗ることすら難しそうだったのだ。

 ミッチよりも若いハルくんが、突然そんな状態になってしまったのは、昨年の年末辺りからだった。それまで、毎日のように…いや、数日おきくらいに、ネズミを狩ってきて玄関先で食べるくらい元気だったのに、突然のことで、いったいどうしたのか分からなかった。毒でも食べたのか? ネズミや蛇に噛まれでもしたのだろうか。

 それでも、一時期、ほとんど食欲のなかったハルくんは、ここ数か月少しずつ食べられるようになり、ハルくんが食べるフードを常備する程度には回復していた、と思っていた。

 ハルくんは、それまでにいたどんな猫たちより、良い子だった。優しい子だった。きょうだいでもらってきたロイチャの仔猫の面倒をみてくれるくらい優しいお兄ちゃんだったし、新入り猫を受け入れてくれるのはいつでもハルくんだった。

 やんちゃだった頃のハルくんのことを思い出すと、優しい気持ちになる。

 何かを植えようとしてしゃがんで畝に穴を掘っていた朱鷺(shuro)の隣に来て、「穴を掘るんだね」と隣を掘り始めたことがあった。それは、ほんとうに「分かっていて」やっている行動のようで驚いた。

 ロイチャの仔猫たちが、外でいつまでも遊んでいるので、「ハルくん、連れて来てちょうだい」と言ったら、ほんとうに仔猫たちのところまで行って呼んで来てくれたこともあった。

 まだ水を抜いていない風呂桶の中にはまって溺れそうになったこともあったのに、お風呂に入っているりんかのところへ行って、半分だけ閉まっていた蓋の上に飛び乗り、その勢いで蓋がずれ、腰までお風呂に浸かったこともある。

 家に憑いた悪霊に怯えて鳴いた夜もあった。

 いつかこの日が来るであろうことを、突然ではあっても、少しずつ家族に知らせていたハルくん。

 だけど、前の晩、あれほど食欲のあったハルくんが、夜中に突然死を悟って出て行ったなんてほんとうだろうか? むしろ、狐にやられたのではないかという気もする。

 いずれにしても、後悔ばかりが残る別れだった。

 ねむちが交通事故で死んでしまったとき、その遺体を抱いて号泣した朱鷺(shuro)。

 ハルくんがそれを知っていたかなんて分からない。

 だけど、どこまでも優しいハルくんは、朱鷺(shuro)がそんな風に泣かずに済むように、ひっそりと姿を消してしまったのかも知れないと思った。

 ああ、ハルくん。

 ぽっかりと空いた穴。ぼんやりしてしまうような無気力な日常に埋もれて、ただただハルくんの形の穴が暗く大きく重くなっていく前に、今、ようやく泣くことが出来たよ。

 ハルくん。

 ハルくん。

 ハルくん。

 君は、まっすぐ天国へ行ったんだろうね。

 君のような清らかな可愛い魂は他に知らないよ。生涯、もう君みたいな猫には出会うことはないだろう。

 ハルくん。

 優しい思い出をありがとう。

 朱鷺(shuro)は、自分との関係性が一番重傷で、いつでも一番自分を憎んでいるけど、君の優しさに触れて生きた時間はかけがえのないものだったよ。

 君との優しい思い出まで後悔と懺悔だけで汚してしまわぬように、いつかまた会える世界を夢見て生きていくよ。

 

 

2026年7月12日

 

Rakuen便り 7月前半

 

 ようやくまとまった雨が降った。今日は一日中雨。すごい雨だ。外の鉢植えの植物たちは、久々の雨に喜んでいるようだ。

 今年は梅を三回漬けている。同じ梅を三回漬けにしているとかではなくって、もちろん梅の実は都度新たなものを漬けている。まず、首都圏にいる家族が、朱鷺(shuro)に梅干を作って欲しいと、6月の中頃にメルカリで買った青梅を送ってくれたため、6月に1度目を漬けた。これが早速失敗した。最初の仮漬けの時点で梅の実がカビてしまった。え~っ、青梅もカビることってあるんだ?

 6月27日漬け汁がせっかく出ていたのに、汁は廃棄、そして、梅の実は洗って熱湯消毒して、カビをふき取って天日干しをしてみた。

 数日干して、29日、市販の赤シソの葉を入れて本漬けして今に至る。見た目、なんとか梅干しになっている。

 メルカリ梅を本漬けした同じ日、家の梅の木から収穫した青梅を仮漬けした。この梅、ちょっと収穫するのが早かったみたいで、実は収穫後数日待って漬けたもの。しかし、こっちも仮漬けの時点でカビてしまった。しかも、あまり漬け汁があがってこなくて、梅の実がぺったりと柔らかくならない。と、なんだかもやもやする結果になった。

 それでちょっと納得いかず、7月8日、町内の産直を何か所かまわり、青梅を買い漁った。4k分くらい? 占めて1768円分。

 同日、仮漬け。天日干しした家の梅は、本漬けにしてみた。そして、昨日から仮漬け梅は保冷庫。またカビるとイヤなので。

 さて、3回目の梅干しはうまくいくのだろうか。ちなみに、赤シソは、知り合いから買ったものが結局足りず、Rakuenに生えているものをチマチマ収穫しては塩もみして保管している。3回目の子たちが本漬けになるまでに適量たまってくれることを祈る。

 7月に入って、今までやらなかったことをした。

 なんと! 紫陽花を買った。そんな大したことか? うん、あのね、紫陽花って、土を選ぶとか気難しいとか散々噂を聞いていて、欲しいな~と密かに思っていたのだけど、ずっと恐れをなして躊躇していたのだ。

 しかし、ホームセンターで1408円のものが、300円にまで値が落ちていたのだ。こ…っ、これはっ! 朱鷺(shuro)に買えってことだね? と思わず心が躍ってしまった。全部で7鉢あった。3本分くらいで良いかなぁとか、5本にしようかとかいろいろ考えた挙句、全部買った。2100円分。

 以前、別のホームセンターで、ギンモクセイとモクレンが3つ並んで売られていた際、それぞれ一鉢ずつ抱きかかえて立ち上がった途端、残された一鉢が「えええっ?」と言った気がした。それで、結局、その子も「Rakuenに来るかい?」と連れて来てしまって、今はRakuenで元気にしている。いや、嘘です。ギンモクセイの一本は、風がやたらと当たる場所に植えてしまったため、上の葉を落としてしまっている。けど、根元は生きていて葉が付いているので、今後、大きく丈夫に成長してくれることを願っている。

 さて、紫陽花だ。

 ネットで定植の方法を調べた。腐葉土が必要とのことで、買いに行った。そして、翌日植えた。根元から新しい芽が出ていたり、とりあえず元気だ。

活着するまでは水を切らさないようにということだったので、毎日夕方に根元に水をやっていた。(沢から汲んできた湧き水を)。

 7月に入ってすぐ、風呂場の屋根の壊れた部分に巣を作っていた雀の雛が巣立ち(2回目と言う噂)、賑やかなのが終わってホッとしていたら、カフェちこが雀を何度か獲ってきて、せっかく増やしたのに、猫が更に数の調整をしているのか…という気分。

 昨年から大玉トマトをカラスが荒らして、ヒトがさっぱり食べられないので、トマトの周囲にテグスを巡らせたらそれ以来、被害はなくなった。それから、トマトの枝を取って水に挿していたら、根っこが生えたので、それを空いた畝に植えるということを数回。

 テグスで守っていた梅の実が2個完熟して落ちていたので、昨日は、それを植木鉢に埋めてみた。梅の木を増やしたい。

 毎日草刈りと草取りに追われていて、ネズミが喰うのでジャガイモも早めに収穫した。

 そして、10日はお稲荷さんのお祭り。

 今年は品数が充実していたヨ♪

 ミニトマト。きゅうりの合わせ酢、茄子とオクラの揚げ浸し、ジャガイモのフライ、ゴルゴンゾーラチーズとトマト入り(卵にはケールも刻んで混ぜた)オムレツ、散らし寿司、稲荷寿司。

 今日は比較的涼しいが、昨日までの数日間は地獄の暑さだった。気温がすごく高いのではなくて、湿度が高くて、黙っていても汗がぼたぼた滴るような暑さだった。しんどかった…。

 

(近所の人が竹を機械で刈り倒していたので、それを竹串としてもらった♪)

(ジャガイモを食い荒らす虫。こいつは、ウリ科の苗も食いちぎって殺してしまう→虫は鶏が美味しくいただきました)

(熊騒動の顛末? 家の周囲の田んぼに熊の足跡があった。幼獣と言われていたが、ほんとうに小さかった)

(狐におしりを食いつかれて未だに痛々しいクロム)

(豆の花たち♪)

(激しい雨を眺めるハルくん=^_^=)

 

2026年6月22日

 

朱鷺(shuro)の存在価値のない日々

 

 雨が降ると、外で作業が出来ない。まったく出来ないわけではないから、一応見回って、必要なことはやっているが(きゅうりの誘引とか、葡萄の支柱の手直しとか、写真を撮るとか、植えた苗たちの成長具合を見てほくそ笑むとか、ポップコーンやひよこ豆の発芽率が悪くて悲しむとか)、そもそも、雨でドロドロ状態になっている土をいじってもあまり意味はない。自分が汚れるだけで、後日やり直さなきゃならないことが多い。

 何より、田植えをしてからほぼ毎日、用水路から水を汲んできて陸稲に水やりをする、ということが必要なくなって、なんだか、存在価値がないわ~…という気分になっている。

 なので、空いた時間に裁縫をしたり(穴の空いた作業着の繕い物)、飯米の精米とか(これも湿度があるときには向かないので、当座の分だけ)、掃除とか…程度。

 確かに雨は欲しかったよ? 毎日陸稲に水やりは大変だったし、熊は出るし、タヌキも出るし。

 でも、こんなにずーっと降らなくて良いのに。

 降らないときは水不足。降れば水害。

 気温も、結局肌寒いところまで涼しくなっちゃって、実は、風邪をひいた。今のことじゃなくて、先週だけど。夕方から夜にかけて、ちょっと寒いなぁという日が続いたのだが、その前が暑かったので、もう長袖のものはだいぶ整理してしまっていた。せっかく洗濯してしまい込んでいたので、もう引っ張り出すのが面倒くさかった。そして、ばっちり風邪をひいた。

 久しぶりに熱が上がった感があったが、予定されていた仕事はこなし、予定されていたイベントスタッフもこなした。

 そして、夏風邪はなかなか治らない。

 

 そういえば、つい先日、再び鶏が狐に襲われた。家の前に人はいたし、朱鷺(shuro)もRakuenにいたのだが、相変わらず白昼堂々。それまでずっと外で遊ばせてやれなかったので、クロム達をちょっと外に出していたときだった。

 結局は、クロムの尾羽がむしられて終わったのだが、メルハは怯えてしばらく出てこなかったので、他の子たちを小屋に入れて、メルハの帰りを待って扉を開けていた。

 しかし、鶏って3歩あるくと物事を忘れるっていうのは本当なのだと感心してしまった。

 最初は運動場にすら出て来なくて、ほとんどの子が卵を産む方へ入っていたのに、その内、ケツが赤むけ状態のくせにクロムまで外に出て来て遊んでいる。

「バカなの?」

 なかなか出てこないメルハ。喉元過ぎれば熱さを忘れて、外に出てくるバカども。

 しばらく放っておいたら、いつの間にかメルハが合流していたので、ようやく皆追い立てて小屋の扉を閉めた。

 

水稲6月9日

水稲6月22日

陸稲

収穫物

ハウス南側のクレマチス🌸

 

 

 

 

2026年6月21日

 

野生動物との共存

 

 ニンゲン同士の共存も難しい生き物なのに、他生物とお互いに共存共栄なんて大変だねぇ。

 温暖化に寄って北上してきた日本鹿。それまで普通に生息していたカモシカ(天然記念物)の生存をおびやかしているという噂もさることながら、道路に飛び出して走行中の車に体当たりし、車を破壊するということをやらかし、春に植えた野菜苗を軒並み喰いつくし、田んぼの水稲苗を食い荒らし、果樹園に張り巡らされた電柵を飛び越えたり、なぎ倒したりする。

 ニンゲン側から言ったら迷惑この上ない。さっさと南にお帰りいただきたい。Stop! 温暖化!!

 それから、外来獣のハクビシン。やって来た国がそもそも気に入らない。かの国のニンゲンも日本に立ち入らないでいただきたいくらいだ。

 幸い、ハクビシンに関してはRakuenでは直接的な被害はない。こいつらが出没するようになったら、鶏がすべてやられるだろうから。

 狐は、困ったもんだが、なんだか、狐やタヌキは憎めない。もともと隣人だったからであろうか。

 そして、最たる加害者、ツキノワグマ。

 熊と共存なんて、そもそも可能なのか?

 これまではしっかりと棲み分けが出来ていて、お互いに不可侵だったからそれぞれがそれぞれ生きてきたというだけだ。ニンゲンが多少山菜取りや登山で山に入っても、遭遇しなければ問題なかった。相手もニンゲンに会いたくなかったからだ。

 しかし、今はもう違う。熊が人里に下りるのは、食べ物を探しているから。そして、明確にニンゲンも食料認定されているのだろうと思う。

 そうなった以上、もう「共存」なんて言っていられない。弱肉強食の世界に突入だ。

 ニンゲンが今後も生き残っていきたいのなら、鹿も熊も、せめて個体数管理するしかないだろう。とはいえ、それも簡単ではない。猟銃免許を持っている方々の高齢化、新たに免許取得者の養成にも時間が掛かり、技術・勘・才能が必要。

 生き残っていく、ということに関しては、すでに危機だよな。どんどん狂っていく気候に加えて、上限が見えない物価急上昇が進行中。見えないのは、出口。行き先。先細る道。閉塞感。

 未来でオーダーしたことが現在目の前に届いているなら、この現実も自分で招いたんだろ、という理屈になるように感じるけど、そうじゃないと思う。金融も生き物だとか、市場が意志を持っているだとか言われるように、風の時代に入って、世界という軸はベツモノなんだろう。時間の流れも、それ自体は独立したもので、その流れの中に「目」がそれぞれあって、浮いたり沈んだり泳いだり溺れたりしているんじゃないかな。

 いや、朱鷺(shuro)も明確なイメージがあるわけじゃない。ただ、ニンゲン…う~ん、日本人? 全体の集合無意識はあるだろうし、人類としての集合体もあるのかも。それから、それぞれの種の集合無意識も。群れで暮らす小さな生物は、そもそも個のレベルの意識自体が薄いんだと思う。例えば、移動する蟻の群れが、橋のない道(川?)を渡るために、蟻自身たちで橋を構成して、仲間を向こう側に渡すという自己犠牲をスゲーと思ったことがあるのだが、彼らにはそもそも「個」「自分」という意識がないんじゃないかな、と。群れが一つの生き物であり、群れを維持することが生きることであるなら、自己犠牲なんて概念そのものが発生しないんだろう、とか。

 樹木も種類に寄って集合無意識があると聞いたことがある。

 何が言いたいのか。

 なんだっけ?

 時間の流れとか、時代とか、世界とか、宇宙とか。そういう混沌の中に「目」として存在して、自分の望むドラマを見つめ続けながら、肉体が老いて死んでいく世界を「生きている」。

 無意識界同士は、現実世界と同じように交差したり触れ合ったりすることがあるんじゃないだろうか。むしろ、無意識世界の方が交わっているのかも知れない。

 ニンゲンの無意識と他の種、熊や鹿や狐、虫や植物や猫や鶏。

 肉体のある現実世界に投影される種(たね)・芽を、無意識界で、すでに約束しているのかな。とか、ちょっと思ったりする。ニンゲンは、「そんなこと望んでない」と口で言ってること、意識の上ではそう信じていることが、無意識下では嘘だったりする。

 言葉は基本的に信じない。行動と結果がすべて、といつかどこかで聞いた。うつみんが言ってたんだったかな?

 だから、現実に起こっている目の前の世界は、望まれて現れている無意識下の願望だったりするのだろうか、と。

 野生動物との共存を難しくしているのも、温暖化が起こっているのも、病を得るのも、苦しむのも、ニンゲンの集合無意識がそれを選択しているからなのだろうか、なんてな。

 

2026年6月20日

 

友人(達)とのLINEメッセージにて

 ~伝えきれなかったこと~

 

『おはようございます

ニュースで見た

とうとう(近所)辺りでも熊が出た情報が…ここ数年は狐やタヌキの被害も増えてるところに熊まで

暫く前に飼い猫が熊に襲われたって言うニュースがあったので猫さん達も心配

鶏さん達もこれ以上被害に遭わなければ良いけれど生き物同士の共存は中々難しいね』

 

『なんでこんな地球にも人にも優しくない世界になっちゃってるんでしょう。』

 

 それぞれ鳥獣被害についてと、香害(化学物質汚染)についての会話の一部なのだけど。

 だけど、なんだか根っこは同じ気がしている。

 まぁ、そもそも鳥獣被害と言い張っているのは俺だけであって、今問題にされているのは「熊被害」。首都圏在住の幼馴染がニュースで見たと言うほど、全国ニュースになった騒動。

 それは日曜日の夕方のことで、朱鷺(shuro)が、外で何らかの作業をしているとき、警察署の車が何やら放送しながら走っていた。最初は遠くてよく聞こえなかったのだが、多少近くを通ったとき、どうも、「付近でクマの目撃情報があった」「家の中に入って安全を確保して欲しい」「外に出ないでください」という内容らしかった。その後、役場の環境課の広報車も似たようなことを放送しながら走っているのを聞いた。

 ただ、「付近」とはどこなのかが分からない。後で知ったのだが、どうも川沿い、線路の向こう側の地元の幼稚園、小学校の近くだったらしい。

 放送が聞こえた近所の人々はさーっと家の中に消えて行った。朱鷺(shuro)もせっかくちょっとだけ外に出した鶏(クロムグループ)を「ほらほら、中に入って。熊が出たんだってさ」と小屋の中に入れ、ダンテ達もハウスの中に入れて扉を閉めた。

 そして、朱鷺(shuro)は、と言えば、陸稲の田んぼに用水路から水を汲んできてかける、ということを数回やったのち、家に入った。

 ということがあったのだ。

 そして、夜中過ぎにも熊が目撃されたと警察の車が付近を巡回しているのを聞いた。

 いよいよ身近に迫った熊騒動。

 根本的な解決策が何も浮かばない。そもそも、熊が人里に下りてくるのは、山に食べ物がないからだ。それは、どんぐりの凶作だったり、他にも熊の食べ物だった何かがほとんど無くなっているからであろう。我が町では、熊との共存をはかろうと、だいぶ前から山にどんぐりの苗木を植えるという活動をしている。それにも関わらずどんぐりがないのは、ヒトが熊の食料を荒しているとか、彼らの生活圏を侵しているとかではなく、温暖化などの気候変動に寄る「凶作」が主因と思われる。

 それから、化学物質汚染。これも、個人レベルがどうこう出来る問題ではない。ただ単に洗剤メーカー、花王、ライオン、P&Gが化学物質添加された洗剤や柔軟剤の製造販売を止めてくれることしか解決はない。

 熊の個体数管理、化学物質過敏症被害の訴え、出来るのはそういうことしかない。

 

 そして、もう一つ。

 

「なんか、最近は、朱鷺(shuro)は「治療」に興味を失ってます。患者さんが来れば施術はしますが、病って、魂に宿るものなのかな、と考えるようになったら、解決出来るのは本来自分自身だけなんだろうな、とか。」

『言わんとする事は分かります。でも、鍼灸は効果が直ぐに出るので、患者さんの助けになってると思いますよ』

 

 これも、実は根っこは同じ。

 治療を望んで来院される患者さんは、もちろん治療します。それで当面の苦痛から解放されるなら、それは朱鷺(shuro)自身の喜びでもあるし。

 「興味を失った」のは、単に、自分自身に対する治療は、ということだったんだけど、なんだか言葉にするのがちょっと憚られて、それ以上の会話をしなかった。

 「人生」って、「目」なんだ。「見ている目」「眺めている目」。死は、その見ている自分が消えるということ。自分自身の人生をすら「ただ見ている」ような気がして、起こる現象も得る怪我も病も、そうなるべくしてそこに至っている。未来で過去にオーダーしたことが現在目の前に届いている。

 時間は未来から過去に向かって流れていて、触れられるのは今この瞬間だけ。

 

 鳥獣被害も、病も、未来から流れてきている。(たくさんの人々の無意識下で熊被害というものが何かの象徴として現れているんではなかろうか)。

 

 だから、出来ることって、今、目の前にあることに集中することだけ。右往左往してみたり、必死になってみたり、疲れ果てて少し休んでみたり。

 何を選択して、どのように行動するか、それはヒトそれぞれで、役割があって、ポジションがあって、使命があるんだと思う。

 

 

 

2026年6月7日

 

Rakuen便り ~後悔・苦痛・鬱・期待

 

 5月28日。たぶん、ネージュとjunior一羽が狐にやられ、そして翌日には戻って来なかったダッキーの羽が畝に散らばっていた。

 昨年、シロちゃん、きーちゃんに続いて、結局、7羽。

 現在、鶏はクロム達の方が雄一羽と雌(天ちゃん、ギン、メルハ、ラスティ、十六夜)が5羽、ダンテの方はダンテとトニー、ジェーンが雄。さっちゃんナミちゃん、マロン、ブラン、juniorの雌5羽。

 28日は、完全に朱鷺(shuro)が油断していた。しばらく狐が現れなかったので大丈夫かと思ってしまった。しかし、現れなかったのは単に朱鷺(shuro)が作業してRakuenに入り浸っていたからだったのだ。

「メスが10羽だけになっちゃったから(しかも、抱卵に入っているし)、卵の数減るよ」と言ったら、

「なんでそんなに獲られるの」と時雨に突っ込まれ、だいぶ意気消沈した。まったくその通りです。悪いのは朱鷺(shuro)でゴザイマス…

 だけど、やって来た狐は、イチゴの畝の下にあったネズミの巣も掘り返してネズミ退治もして行ってくれたようだ。

 5月26日には、知り合い(実は患者さん)から水稲の苗をいただいた。もう植え終わって余ったもの、そして、田植え機械から下ろした半端な苗なので、確実に処分決定品だというので。

 陸稲をやってみたいと思ったのだが、聞くと、陸稲は専用の品種があるそうで、完全な陸稲状態では無理らしい。それでも、捨てるよりは、と引き取ってきた。

 そして、プラスチックの容器を探して、とりあえずそれに土を入れ、堆肥場から堆肥をすき込んでみた。実際の田んぼでも、段階があって、時間を置くので、水を入れて数日我慢し、30日に田植えをしてみた。それから、陸稲にも挑戦。用水路から何度か水を汲んできて、土を完全に湿らせてから植え、苗と苗の間を草マルチで出来るだけ乾燥を防いでみた。

 それでも、苗は相当余った。

 6月5日にも陸稲の田植え。

 最終的に残った苗を捨てないための場所を作ってみた。数日後に植える予定。植えると言うか、とりあえずまとめて置いておくというのか…。

 水稲用の飯米なのだが、収穫出来れば嬉しい。これは、新たなことなのでちょっと楽しみ。

 6月に入って1日と2日は30度超の真夏日だったのだがその後、台風がかすめて行ってから、最高気温は20度代前半から、18度や19度の日もある。なので、寒さ対策にも草マルチは一役買っていると思っている。

 それから、今年は豆の種類を増やそうと思っている。

 Rakuenは豆栽培で行くのだ! 販売は豆と薬草に特化。なので、野菜収穫は絶望的にダメダメだ。自家消費も儘ならない。趣味の域を出られないというか、そもそも、農家をしたいんじゃなくて、Rakuenを作りたいんだよね、たぶん。環境に出来るだけ負荷をかけずに豆や果物を育てて収穫して、穏やかに生きたい。

 ブドウ畑で死にたいと言ったブドウ農家さんがいたそうだが、朱鷺(shuro)は…Rakuenで死にたいかと言われればそれは違うかなぁ。

 変な話、普段の生活圏では逝きたくない。愛したRakuenを朱鷺(shuro)の死で穢したくない。だって、Rakuenは食べ物を作る大地であり、生き物が集う空間であり、神聖な場所だから。

 6月5日、きゅうり苗を農家さんからいただいたので、それも植えてみた。

 今年は大玉トマト苗をホームセンターで買ったし、中玉とプチトマトはもらった苗を植えたので、うまくいけばトマトは豊富。もう実が付いていてすごい。だけど、まずは鳥よけの糸を張らないといけない。釣り糸か、テグスを。

 梅の木の周囲にはテグスを張った。

 そういえば豆を蒔いたところに鳥避けの紐を張ってみたら、翌日にはその紐が切られていた。タヌキの仕業だ。なんで、紐を切るのかなぁ! バカたれか!

 5月22日には、いなきび、ひよこ豆、インゲン2種、黒千石大豆を播種。23日にはパンダ豆とつるあり(白)インゲン。

 5月20日に蒔いた飼料用トウモロコシとひまわりは芽を出したが、同日蒔いたポップコーンは発芽率がものすごく悪く、本日、ポップコーンを再度同じ圃場に追加播種してみた。もしかして、昨年収穫したポップコーンが完熟していないものだったのかも知れない。今日は、見た目が黄色に透き通っているものを選んで蒔いてみた。

 それから、ひよこ豆も発芽率が悪く、ほぼ生えなかった。わずかに数本程度。

 今年は、シロツメクサの花、それからノイバラの花を収穫してみた。どちらも胃腸を整えるというか、消化器系等に効果があるらしい。ただ、ノイバラの花は、強力な下剤みたいにだいぶキツイ作用があるらしく、使用には注意が必要とのこと。

 飼料用麦が小麦に先立って黄色くなっていたので、収穫。

 最後に、特筆すべきこととして、今年は、何故か恐ろしいほどヨウシュヤマゴボウがRakuen中に生えている。これは、根がゴボウのように太くなって、木みたいに大きくなるやっかいな植物で、「なんでやねん!」と駆除に苦労していた。

 しかし、このヨウシュヤマゴボウは、全草毒だとりんかに聞いた。つまり? ネズミ避けになる?

 現実的には、最近、野鳥がものすごくやって来るようになったから、そいつらが実を食べてあちこちに広めたんだろうけど(実を食っても大丈夫な鳥がいるんだろう)、家のお稲荷様が、朱鷺(shuro)が毎年ネズミ被害で怒り狂っているから、毒の植物をあちこちに広めてくれたのだろうか…とも感じている。

 まぁ、それでも、邪魔な場所に見つけたら駆除するしかないのだが。

 

(ハウスの出入り口でくつろぐさっちゃん。朱鷺(shuro)はものすごくそうっと避けて出入りしました…)

(朱鷺(shuro)がいても、もうあんまり気にしなくなった雀たち)